魔物の義肢がある世界での一対多数の戦闘シーン
初投稿です。
よろしくお願いします!
少年は集団に向かって、ゆっくりと歩き始める。
夜の公園は200人近くの人間がいるとは思えないほど、場は静かだった。
「…ッごく」
誰かが唾を飲む音が聞こえた。
集団の人間たちは、その音がどこから聞こえてきたか分からなかった。それは自分だったかもしれないし、隣のやつかもしれない。もっと離れたやつだった可能性もある。
それでもその犯人を探すことなく、目の前の少年を見据える。
そう我々は1対192の数的有利な戦いをしているはずだ。
ここに向かう道中では、いかにその少年を嬲り、惨めに懇願させ、今夜の宴の肴にするか話し合っていたはずだ。
それが相対した瞬間に、少年がこちらを敵と認識した瞬間に、少年の重圧で誰もが口を閉ざした。
「…ッごく」
再び唾を飲む音が聞こえた。
それを合図に少年はこちらに向かって、走り始めた。
「くるぞッ」
「あいつの生命義肢は、身体能力向上系だ!正面からは取っ組み合うな!」
リーダーが情報屋から貰った少年の能力を叫ぶ。
集団の人間たちは叫ぶ。自らを鼓舞するために、少年の強大な雰囲気に負けてはならないと、自分たちに言い聞かせるために。
「「「「「「「…………ぅぅううおおおおおおおおお!!!」」」」」」」
眉間に皺がより、目を大きく開かせた。咆哮と共に唾が飛ぶ。
俺たちは強い、強いんだ。”ナルキッソス”のミノタウロスにも、”鵺”の冬虫夏草にも俺たちは数で勝ってきた!今回も同じことだ!
集団の人間は自らを鼓舞した。
自らの誇りと過去の戦いを思い出し、少年に向かってこちらも走り出す。
少年と集団の人間が走る速度を落とさずに接触する。
集団の先頭は、【ロッキートビバッタの靭帯】を持つ男だった。この組織における一番槍。一番に戦場に到達し、最速で敵を蹴り上げる者。
しかし少年の顔面を狙った前蹴りは、額に捉えられて男を後方まで吹き飛ばした。
男は数人を巻き込んで、吹っ飛ぶ。
その隙に少年は集団の中程まで食い込み、呆けていた【ヒアリの広背筋】を持つ女の横っ腹を蹴り飛ばす。
蹴り飛ばされた仲間に驚いている【テッポウウオの頬】を持つ男の顎を殴った。そして気絶した男の肩を使って、跳躍する。
空中にいた【アサギマダラガの翅】を持つ女に着地し、地面に落とす。
そのまま彼女の足首を掴み、周囲の人間を吹き飛ばす。後ろから殴りかかってきた【クロアリの拳】を避け、前にいた【ツチハンミョウの脊髄】を持つ女に当て同士討ちさせる。
そのまま横にいた女に肘鉄を当てる。しかし飛んでいかない。
女は【クロカタゾウムシの中胸腹板】でガードして、その背後には複数の男たちによって支えられていた。
「いいぞッ!そのまま抑えてろ!」
「コガネ隊ッ!いけ!」
少年に向かって蜘蛛糸が吐き出される。
仲間もろとも固めるつもりだ。
少年は深く、息を吸って吐いた。
「ッガアアアアアアァァァ」
吐き出された糸を空気の塊で押し戻し、幾人かを巻き込んで固まる。
その間にも少年は押さえつけていた女の顎を殴り、押し出されてきた女の体を遠くに投げる。
そして体勢をを崩されて、転んでいた男たちの脇腹を蹴る。
地面が揺れる。
【オケラの両爪】が地中から少年の真下にきた。少年はジャンプして回避し、ついでとばかりに左右から来ていた男たちの顔を蹴る。
そして着地と一緒に、【オケラの両爪】の頭に踵おとしを決めた。
「ッふうッ」
【イエバエの複眼】を持つ女が、鉄パイプで殴りかかってきていた。
少年は空気の塊を吐き出し、動きを止めた。そして後ろ蹴りを放つ。
「腹減ったな」
少年が独り言をこばす。そして集団の精神的中心を仕留めて終わろうと、リーダーの女がいた場所を睨む。
しかしそこにリーダーの女はいなかった。反対方向を確認しようとした瞬間、背中を蹴られた。
体の軽い少年は、大きく吹っ飛んだ。そして偶然にも最初の立ち位置で着地する。
「チッ!浅かったか」
【ハンミョウの長脚】を持つリーダーの女は悪態をつく。そして少年を睨む。
「さすが姉御!」
「よし姉御に続け!」
「”こおろぎ”の底力を見せてやれ!」
集団が色めき立つ。
戦闘が始まってから、集団側で入れた初の攻撃だ。
それから集団は陣形を整えた。甲虫の生命義肢を持つ者を先頭にして、複数人でそれを支える。この混沌としたアラヤの地に、長く住んできた”こおろぎ”の伝統的な戦い方。敵を見て、数と種類で対策を立てる。”こおろぎ”内でも反抗期が集まった彼らでも抗えなく変えられない、積み重ねられ先鋭された”こおろぎ”の戦闘方法。
「姉御のフィールドをつくれ!」
「甲虫部隊、意地の見せ所だぞ!」
少年の目に苛立ちが灯る。
周囲の温度が上がり、少年の周辺に陽炎が立ち込める。
そして少年は、息を大きく吸い込み始めた。
「空気弾がくるぞ!」
「衝撃に備えろ!」
少年は大きく身体を反らし、反動をつけて吐き出す。
「ッッッヴヴヴヴア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”アアアアアアアァァァァァァァ」
木々は揺れて葉を落とし、電灯は支柱を震わせ硝子を割った。
公園内に落ちていた空き缶や吸い殻、サンドイッチの包装紙などのゴミがなくなり、少年から扇型に地面がひび割れを起こした。
少年の放った咆哮は、”こおろぎ”たちの洗練された陣形とは打って変わった根源的な魔法だった。
ただ大量の魔力を、音に乗せて前に放出する。人類発祥地近くの洞窟壁画や荒野の地上絵、高山遺跡群の修練場に見られる人類最初期の魔法だった。
「よくやった。よくやったわ甲虫部隊!」
先頭に立ち、皆を守った甲虫の生命義肢持ちが倒れる。リーダーの女は心の底から称賛した。
彼らの戦いはこれで終わりだが、背後に守った者たちが少年を倒してくれると信じて意識を失う。
集団を大事に思う”こおろぎ”の伝統を果たした甲虫部隊に、皆が心の底から感謝した。
「やつの必殺は封じた!ここから反撃だ!」
「甲虫部隊の思いを無駄にするな!」
「やるぞ!できるぞ!アラヤの頂点に俺たちが立つぞ!」
集団が活気付いた。
勝利の道筋が見えた。少年は今ので消耗した。また肉弾戦の始まりだ。しかしそれもリーダーの女を中心とした、堅城鉄壁と奇襲攻撃を混ぜた戦いをすれば良い。甲虫部隊には劣るが【テントウムシの外郭】や【チャバネゴキブリの上翅】、【コクワガタの大顎】でカバーできる。
集団が舞台を再編している最中に、少年の独り言が聞こえた。
「思ったより減らなかったな。もう一回やるか」
理解と絶望が伝播する前に、咆哮が集団を包んだ。
2度目の咆哮が終わり、土煙が消え去った頃に立っているのは少年だけだった。
少年が辺りを見渡していると、死屍累々の中を1人の少女が歩いてきた。
「にい。終わった?ご飯できたよ。帰ろ」
「ああ」
「ナディアが言ってた。こいつらで最後。さすが小鬼の王。ちょーかっこいい」
「なあ、それダサくないか?なんか中ボス感が半端ない」
「しょうがない。アラヤの不良は。小鬼って呼ばれる。その頂点だから。小鬼の王」
少女はやれやれと首を振る。ださいとは思っているらしい。
半年前にこのアラヤに来た兄妹が、聞き馴染めなかったアラヤ文化のひとつだ。
「…アラヤに来て半年でか。今日の晩御飯はなんだ?」
「カニ。ナディアがお祝いだって。他にも七面鳥や豚の丸焼き。大国屋のワンタンもあった。実はちょっと食べてきた。ぜんぶちょーうまい」
「いいね、豪勢だ。帰ろうか、ネーナ。みんなが暴れる前に」
「うん。帰ろ。私たちの家に」
少年と少女は手を繋いで帰る。妹のひんやりとした手が、戦闘後の体を冷やす。
そして少年は思い返す。両親がいなくなってからの半年を振り返る。
街の不良を薙ぎ倒し、まとめ上げた。ダサイが小鬼の王とも呼ばれ、名声も手に入れた。飯には困らないし、仲間もいる。
これからどうするか。何を成すか。
「まあ、ひとまず飯だな」
そう言いながらも、少年は半年前のことを思い出していた。