愛してくれと頼んでない
「リリー・カサブランカ伯爵令嬢!
いや、リリー・トーミウォーカー公爵令息夫人!
体調不良と嘘をつき公爵邸への入居を先送りにしておいて、堂々と舞踏会に出席するなど!
面の皮の厚い、恥知らずめ!
お前のような悪女を愛することはない!
3年の白い結婚を貫いた暁には直ちに離縁し、そして!!
その後は、このサリー・マクガレン男爵令嬢と婚姻を結び直す!」
理想の王子様を、ちょっぴり残念にしたような金髪蒼眼のマイケル・トーミウォーカー公爵令息22歳は、隣にいる小柄なピンク・ブロンドの肩を抱いてリリーを指差した。
場所は王宮の大広間。
今日は建国記念パーティー。
突然、始まった断罪劇に出席者と、そのパートナーたちが固唾を飲んで見守っている。
基本的に離婚はタブーとされているが3年以上、子が授からないか白い結婚を続けた場合は婚姻を解消できる。
「恥知らずは、あなたでしょう。
私が、いつ『愛してくれ』と頼みました?」
「は?
俺のような美貌と身分と財力を兼ね備えた優良物件と結婚できたのだから、愛されたいに決まってるだろう?」
「きっと真実の愛で結ばれている私たちが妬ましくて、強がっているのですわ。
結婚式も披露宴もなし。
その上、愛されないなんて惨めすぎるもの!」
「はん、なるほど。
素直じゃない女を屈服させるのも悪くないな。
おい『愛してください』と頭を下げるなら、俺たちが公爵邸で使っている後継夫婦の寝室へ呼んでやってもいい」
「いやだ、マイケル様ったら!
お飾りの妻と3pなんて!」
「サリー、3pじゃない。
コイツが下僕として、一方的に俺たちに奉仕するんだ」
「いやだぁ♡ ワルイヒト♡」
「先程から黙って聞いていれば……俺の妻を侮辱しないでいただきたい」
リリーの隣にいた黒髪の貴公子ジョンソン・エンドジョー子爵25歳が、毅然と言い放った。
2VS2で向かい合っている。
「妻だと?!
なるほど再婚後の話しか。
ならば持参金は、不貞の慰謝料としていただくことにしよう。
証人も大勢いることだしな。
ハッハッハッハ」
「あなたの妻はリリーです。
私の夫は、このジョンソン・エンドジョー子爵だけです。
私はエンドジョー子爵夫人です」
「は?
何を訳のわからないことを……重婚は犯罪だぞ?
しかも我らの婚姻は王命だ。
お前1人が首をはねられるなら構わないが、連座でこちらに咎が及んだら、どうしてくれる?!
口を慎め!」
「陛下からの通達書には『カサブランカ一門のリリーをマイケル・トーミウォーカーの妻に』とありました。
『カサブランカ伯爵の娘リリー』なら私ですが『カサブランカ一門のリリー』ならば2人いたのです」
「へ? ま、まさか……」
マイケルの顔が、どんどん青ざめていく。
「トーミウォーカー公爵令息が結婚したのは、3人の息子と7人の孫と2人の曾孫がいる68歳の未亡人リリーです」
「ぐ、がはっ、ば、バカな!」
驚きのあまり後退るマイケル。
「ま、マイケル様、大丈夫よ!
どちらにせよ、お飾りには変わりないんだから」
しかしマイケルの顔色は戻らない。
リリーも追撃を止めない。
「あなたは長男ですが、妾腹で相続順位が低い。
だから父上である現公爵に『家督を継ぎたければ伯爵位以上の令嬢(当主の娘)を娶ること』と条件を出された。
しかし学生時代から、そちらのマクガレン男爵令嬢との仲は有名。
人目を憚らず様々な所でゴニョゴニョ。
そんなところへ嫁ぎたい高位貴族令嬢はいない。
婚約の打診を悉く断られ、後がなくなったトーミウォーカー公爵令息は、友人である第2王子殿下に泣きつき、伯爵位でも力の弱い我が家に婚姻を強制することに成功した。
正確には"成功した“と思い込んでいた」
「ぐぅ」
マイケルはすでに立ってるのが、やっとの状態だ。
「だ、大丈夫よ、マイケル様。
しっかりして!
伯爵位以上なら条件クリアじゃない!」
「68歳のリリーは50年前、爵位のない分家から平民に嫁いだので、身分は平民です」
死後離婚しても元の婚家の身分が、そのまま当人の身分となる。
一門と言っても血縁・縁戚すべてが貴族ではない。
「あああああっ!」
マイケルは頭を抱えて膝をついた。
「ま、まま待って!
詐欺じゃない、そんなの! 無効よ!」
それを聞いたマイケルが持ち直す。
「そうだ!
こんな婚姻、認められない!」
「認めるのは、あなた達ではなく教会なので。
教会が受理した以上は、陛下にも覆せません。
ああ、婚姻届を筆記鑑定しても無駄です。
私の目の前でサインして貰いましたから」
「っ! そんな! バカな!」
「現公爵に後継の条件を変えてくれるよう、頼んでみては?
何かと引き換えに、そちらのマクガレン男爵令嬢との再婚を許していただくのです。
子供ができてしまえば、孫可愛さに許してもらえるかもしれませんよ?
2代(マイケル→マイケルとサリーの子)続けて後ろ楯のない(母親の身分が低い)公爵家当主など、簡単に追い落とされるでしょうけど」
「あああああ、くそっ!
こんなはずじゃ!
お前のせいだ!」
逆上したマイケルがリリーに殴りかかるも、ジョンソンに簡単に腕を捻りあげられる。
ジョンソンは護衛騎士だったので、日々の鍛練をサボってきたマイケルなど赤子も同然である。
「があ、くそ、離せ!
俺は公爵家の人間だぞっ!」
「今は公爵家の人間かもしれませんが、カサブランカ家とエンドジョー家から抗議文と慰謝料請求を送るので、そうなれば廃嫡されるのではありませんか?
弟君が家督を継ぐのに邪魔だもの」
「な、何が慰謝料請求だ!
実際に殴ってないではないか!」
「殴ろうとした分も請求しますが、不貞に対してです。
勿論マクガレン男爵家にも送ります」
「ふ、不貞?!
なに言ってるの?
そっちだって男連れじゃない!」
「ですから私は、エンドジョー子爵夫人です。
夫にエスコートしてもらって、何が悪いんですか?
不貞の慰謝料を求めるのは、トーミウォーカー公爵令息夫人です。
68歳のトーミウォーカー公爵令息夫人は、足が悪く何年もベッドに寝たきりですので不倫などできません。
だから"お互い様"にはならない」
「そ、そんな!」
「真実の愛で結ばれたお2人は、公爵邸にある後継夫婦用の寝室を使ってるんでしたね。
でも、正妻のリリーを奉仕に呼ぶのは、止めてくださいね。
すぐ骨折してしまいますので。
ああ、離縁の際は持参金を2倍にして還していただくことにしましょう。
証人も大勢いることですし。
オホホホホホ」
⬜end
評価ありがとうございます!
御礼に後日談を書きます。
この断罪返しはセンセーショナルなスキャンダルとして新聞でも報じられ、国を跨いで有名になりました。
廃嫡されたマイケルは無事(?)離縁はしたものの、どこへ行っても「曾お祖父ちゃん」と呼ばれることとなりました。
サリーはマイケルの父公爵に睨まれ、修道院に送られました。