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7.天使が殺意を抱く時

「大学を辞めただって……?」

 ファビアンの現況に、ラウルは信じられないといった様子で眉を顰めた。


「うん。色々とあってね」

 微笑んではいるが、ファビアンはうつむいている。

 でも、どうして? と思わずラウルは尋ねずにはいられなかった。 


 これからは商人の感に頼るのではなく、物事を論理的に考えて仕事をしなければ生き残れないと思っている。だから、自分はそれを大学で学びたい。

 将来の夢をファビアンはそう語っていたはずなのに……と。


 すると、ファビアンは少しため息を吐き、間を置いて次の言葉を呟いた。

「君は人を殺したいと思ったことはあるかい?」

「……?!」


 ラウルは目を見開き、ファビアンからそんな言葉が出たことに言葉を失った。


 自分は毎晩人の生き血を啜っている。


 その犠牲者は犯罪者だったり、病気で苦しんでいるものだったり、絶望して死にたがっている者、気に食わないと思った者達なんだから、別にその犠牲者が生きていたころも、死んだあとのことも全く気にも留めたことがない。


 だから、別に殺したいとかそう思う以前に、殺すことに対して全く何も感じないのだが。


 しかし、まさかのファビアンからそのような言葉が出たことには、さすがのラウルもかなりの衝撃を受けたようだ。


「それは、僕だって頭に来ることはあるから……」

 ラウルは事実を述べることは避け、自分の中で思った人間らしい言葉を返したのと同時に、嫌な予想が彼の脳裏をよぎった。

「ねぇ、もしかしてなんだけど……君は誰かを殺したの?」


 ラウルは顔を顰めながらそう尋ねると、ファビアンは少し笑いながらまさか! と言った。

 それに対してラウルは、自分は平気で残忍なことが出来ても、彼はそうでないと知って良かったと本心から安堵を覚えた。

 殺意を覚えるのと、それを実行するのでは全く大きな違いがある。


「そうじゃないよ」

 そうは言うものの、ファビアンの目には憎悪の感情が見えていた。

「本当はこんなことは思ってはいけないはずなのに。だけど、神父の前で懺悔しても、どうしても僕の中では吞み込めるものではなかった」

「ファビアン……」

 

 ラウルが彼の名を呼んだ後、少しの沈黙が流れた。

 しかし、その沈黙を破ったのはラウルの方だった。


「もし、君がその事を僕に話して楽になれるのなら、僕は喜んで君の話を聞くよ」

「……」

「君が話す内容に、僕は批判するつもりは一切ないし」


 話すことを躊躇っているファビアンにラウルはそう声を掛けた。


 すると―――


「ありがとう。では、どうか僕のことを責めないで話を聞いてほしい。正直、そんなことをされたら、もう心が完全に壊れてしまいそうなんだ」


 大きく深呼吸して川の揺らめきを見つめながら、ファビアンは自分の身に起こった話を語り始めた。


◆◆◆


 ファビアンから愛の告白を受け、彼の卒業を待ち、一緒にこの館を出ていくことを決意したジュリエットは今日も仕事に精を出していた。


「なんだか機嫌が良さそうですね。何かいいことでもあったのかしら?」

 一緒に女主人の寝台のシーツを取り換えている女中頭にそう尋ねられると、ジュリエットは目を瞬かせて、その事を悟られないように気のせいです! と答えた。


「……そう。でも機嫌よく仕事をこなしてくれる分には、こちらとしても助かります。次は、そこに置いてある奥様の服を補修してもらえるかしら。今ならアイロン部屋が空いていますから」

 バスケットの中に入っている服を女中頭は指さした。


「かしこまりました」

 言いつけに従い、ジュリエットは糸や針などの縫製道具を探しに行った後、その服を手に取ってアイロン室に向った。


 彼女は部屋に着くと作業台に服を置き、部屋の片隅にあった簡素な椅子を持ってくるとそれに腰かけた。

 言われた箇所を確認してみれば、確かに何かに引っかけてしまったのか少し破れてしまっている。


 服を裏返した後、糸を収納している箱を開け、なるべく生地の色に近い糸の色を選び、慎重に針で布地の糸を掬っていく。


 ほつれないように糸を結んだ後、最後にアイロンがけをして仕事は完了と思っていたところ、突然ノックもされずアイロン部屋の扉が開けられた。


 ジュリエットは一瞬驚き、女中頭から何か次の仕事を言われるのと思ったが、彼女の目の前に現れたのは女中頭ではなく、なんとディミトリだった。


「ディミトリ様。どうなさったのです?」

 彼女がそう尋ねると、彼は手に持った自分のシャツを彼女に差し出し、ボタンが取れてしまったからつけてほしいと頼んできた。


 確かによく見れば、シャツの前立て中央辺りのボタンが取れてしまっている。


 普段、彼は自分に用を頼むことはないのに何故自分に頼むのだろう。

 女中頭にちょうど自分がここで針仕事をやってるから依頼してください、とでも言われたのだろうか。


 不思議に思いながらも

「ええ、承知しましたわ。今、ちょうど奥様の分が終わったところですから、すぐに取り掛かりますね」

と、ジュリエットは笑顔でシャツを彼から受け取った。


 すると、ディミトリはその場から去ろうとせず、アイロン室のドアに閂を掛けた。


◆◆◆


「きゃあああああ!!」


 廊下を歩いていたファビアンは、女性の悲鳴を耳で捉えた。

 どうしたんだと驚いていると、目の前の扉が勢いよく開け放たれ、慌てて逃げ去っていくディミトリの姿があった。


 ファビアンは嫌な予感がして、開けっ放しになった扉の部屋の中を見てみると―――


 なんとそこには、顔に大きなやけどを負い、服が少しはだけている状態で床に倒れこんでいるジュリエットがいた。

 彼女の傍にはアイロンが落ちている。


「ジュリエット!」

 彼は彼女の名前を大きく叫ぶと、誰か誰か! 急いで冷やすものを持ってきてくれ! とさらに大きく叫んだ。



 ファビアンは彼女を自室へ連れて行き、医師を呼んで診察してもらったところ、幸い、ジュリエットは致命傷までは至らなかったが、顔の左頬下と首、手の甲に深くやけどを追ってしまい、跡が残る可能性がある事を伝えられた。


「では、お大事に」

 お気の毒にと言った表情で、軟膏と痛み止めの薬を渡すと医師と助手は部屋を出て行った。


 部屋の長椅子に座り、包帯が巻かれているジュリエットとファビアンの間には重い空気が流れていた。


「傷も痛むだろう。部屋まで送るから、しばらく仕事は休むことにしよう」

 そう言って彼がジュリエットを部屋の外まで連れ出すと、彼女は部屋には一人で戻るので送らなくていいと言った。

「お気遣いありがとうございます。でも、今日はどうか一人にさせてください」


 ジュリエットはファビアンとは目を合わせようとせず、彼に頭を下げると自室に戻って行った。



 ……なぜこの様なことを……


 ファビアンはなるべく冷静でいる事を努めなければと思いつつ、ディミトリの元に向かった。


「君が何をしたのか、大体は想像がつく。彼女にちゃんと謝って欲しい」

 ファビアンは静かな声で、ティールームで呑気に茶菓子を食べ、コーヒーを飲んでいるディミトリに声をかけた。


 しかし、ディミトリは彼のことを一瞬見ただけで、皿に乗っている菓子に手を伸ばした。

「ふん。俺は彼女にただ、シャツのボタンを直して欲しいって頼んだだけだが? それにあの火傷をしたのは、彼女が勝手に転んで負っただけだ」

 彼は自分は知らないと言った様子で、手に取った菓子を口に頬張った。


 彼の言っている事は嘘だ。

 それなら、ジュリエットの服は乱れていたはずはないし、彼が部屋を飛び出す必要も無かった。

 どこまで自己保身に走るんだろう。


 ファビアンは自分のことを意に介さないと言った兄弟に対して、それでも辛抱強く彼に謝罪をしろと迫った。


 すると―――


「傷つけたという証拠もないのに、この子に言いがかりをつけるのはよしてちょうだい」

 一体、何を言ってるの? と鼻で笑いながら登場したのは、ディミトリの母であるイレーヌだった。


「大体、この子がそんな下働きの人間に関心なんて向けるはずが無いでしょう。第一、あなたはこの子があの娘の顔にアイロンを押し当ててるところでも見たの?」

 イレーヌはそんな酷い事する訳ないわよね、とでも良いたげにディミトリの肩に手を置いた。


「はい。お母様のいう通りです。俺がわざわざあんな娘になんて……ありえない。ふん、あの娘と道端でキスしていたこいつと違って」

 片眉をあげながら、小馬鹿にするようにディミトリは笑った。


「なっ……!?」

 ファビアンはジュリエットとの逢瀬を、よりによってディミトリに見られていたのかと驚いた。


「まあ、いやだ。手を出してたのはファビアンの方だったの? なんてはしたない……でも、それなら怒っても仕方ないわよねぇ」


 だって大事な恋人の顔が傷ついてしまったら、本人が悪くても他の人に当たり散らすのも仕方ないわ、と彼女はわざとらしく言った。


 ファビアンはそのことはともかく、この親子はしらを切り通すのかと怒りに震えたが、それでも冷静さを失わないように努めた。


「じゃあ、彼女がはだけていた理由は何なんだ? 過去の行いを鑑みると……君がそうしたようにしか思えないんだが」


 するとディミトリは、大きく笑いコーヒーを口に含んでこう言った。

「あれ? あれのことか?! 黙っていようと思っていたけど、言わないと納得しなさそうだしなぁ。いいぜ、教えてやるよ。俺が彼女にボタン付けを依頼しに行ったら……彼女はアイロン室でお前の名前を呼びながら自分を慰めようとしていたんだ。だから、俺は驚いて部屋から出てきたんだよ」


 それであの娘もびっくりして、ひっくり返りアイロンが当たってしまったわけだ、と。


「まぁ! なんてことでしょう。やはり下賤な娘はふしだらで恐ろしい。お顔はそこそこ可愛らしかったから、せっかくうちで雇ってあげたというのに」


 でも、唯一の利点だったお顔があんなになってしまったし、これからはお客様の前にも出せなくなるわねぇ……

 そうだわ、可哀想だから洗濯係か皿洗い係にさせましょう。でも、今はそんなポジションは空いていたかしら?

 イレーヌは暗に、彼女を首にするようなことをほのめかした。


 彼女をひどく侮辱され、そのことに我慢の限界をついに迎えたファビアンは、手が震えるのを感じながら嘲笑っている彼らを見ないように大きくため息を吐いた。


「わかりました。あくまでも継母上たちはしらを切り通そうとするんですね。……では、僕ももう遠慮しません。今すぐ荷物をまとめて、この家から出ていってください。これは家長としての命令です」


 ファビアンは目線を戻すと彼らの目を見つめ、静かにだがはっきりとそう言った。

 しかし、ディミトリとイレーヌはお互いに見つめ合うと、ファビアンは何を言っているんだと言いたげに大笑いを始めた。


「ほほほほ……何を言い出すかと思ったら。出ていけですって? よくもそんなことを私たちに言えること! 状況がよくわかっていないのはあなたの方なのよ」

 そう言ったイレーヌは、ディミトリに部屋からあるものを取って来なさいと命令を出した。


「はい、お母様こちらですね」

 命令を受け、部屋からそれを取ってきたディミトリは、見てみろよと封筒に入ったそれをファビアンに手渡した。


 彼が中身を確認すると―――


 中にはなんと、父であるトリュフォー氏の名前が書かれた遺言書が入っていた。


 しかもその内容は、この家の所有権も財産も全てファビアンではなく、イレーヌとディミトリに配分するというものだった。


 どういうことだ?! とファビアンは信じられないと言った様子で、目を見開き額を片手で押さえている。


「日付をごらんなさい。弁護士に託されていたものよりも、そちらの方が新しいでしょう。この前、あの人の部屋の片づけていた時に見つけたのよ」

「嘘だ。こんなの……嘘に決まっている!」


 嘘! 嘘ですって?! と、イレーヌはまたわざとらしく声を大きく上げると、ほほほと笑い声を上げた。


「その封筒に同封されているものをごらんなさい。どうせ、あなたが嘘だと言い出すに決まっているから、ちゃんと公的機関で筆跡鑑定もしてもらったのよ。そして、それがその証明書よ」


 確かにファビアンが確認すれば、この遺言状は本物だと証明する証明書が添付されていた。


「いいこと。ちょうど今、弁護士にこちらを託そうと思って出かけようと思っていたところなの。だから、出ていくのはあなたの方なのよファビアン! ……でも、あなたは一応、私たちを長年この館に居させてくれたし、その恩を無下にするほど私は冷酷ではないわ。あなたが大学を出るまではこの館に住まわせてあげます」


 イレーヌがそう言うと、何とお母様は優しいのだろうとディミトリは彼女のことを褒め称えた。


「それに、この子があの娘に手を出すなんて本当にありえないのよ。だって、この子はつい最近、ほかの商家の令嬢と婚約が決まったところなのだから」

 ねぇ、そうよね。と彼女は可愛い息子に向って微笑んだ。


「そうだとも。俺はその令嬢と婚約したんだ。だから、あんな底辺の娘なんて相手にするはずがないんだよ。お前と違ってな!」

 ディミトリは茫然としている彼に向って、吐き捨てるようにそう言った。


◆◆◆


「相変わらずの……どクズだね」

 大人しかった人間だった頃はそんな発言をすることはなかったが、生まれ変わったラウルは思わず口汚くディミトリのことをそう罵った。


 だが、ファビアンはそれを気にすることなく、この話はまだ少し続きがあると言った。


「僕はなんとかその時食いしばった。ここで、彼らを殴ったりでもしてしまったら、それこそ僕も彼女も追い出されるだけだったからね。でも、その選択は間違っていた」



 ファビアンはその時の感情よりも、これから先の未来の事をとる事にしたのだ。


 自分は来年大学を卒業する。そして、どのみちこの館を出て行くのだから、もう少しの辛抱だ。

 彼女もきっとわかってくれるはず……と思っていた。


 しかし、それから少し経つと、ジュリエットの気配を感じられない日が増えたような気がした。

 女中頭にその事を尋ねると、彼女はとても残念そうに彼にこう告げた。


「ジュリエットなら……申し上げにくいのですが、三日ほど前にこの館を出ていきました。ファビアン様が大学にいってらっしゃる間に。辞めさせられたのではなく、自ら辞めると奥様にお伝えしたそうです」


 ファビアンは驚き、そんなの嘘だ! と言って、すぐさま彼女のいた部屋に向かったが、その部屋は完全にも抜けの空だった。


 彼は女中頭に、彼女の居場所はどこだ?! と尋ねたが、ジュリエットは行き先は聞かないでくれの一点張りで教えてくれなかったと伝えた。


 ……どうして、僕の元から去ってしまったんだ……


 彼が呆然とした表情でいると、女中頭は伝えにくそうに彼女が残した言伝があると口を開いた。


「実は、ジュリエットからファビアン様との事はお聞きしました。そして、自分はもう人前に出れる姿ではなくなってしまったと。それに元々ファビアン様とは身分が違いすぎる。そんな自分だから、一緒にいればファビアン様自身の評判も下がってしまう。だからどうか、自分の事は忘れて別の女性と幸せになって欲しいと……」


 ……そんな。自分は彼女の姿が変わってしまっても想いは変わらないのに……


 その事を女中頭から伝えられると、ファビアンは絶望に打ちしがれ、それ以上何も考えられずに全てのことが嫌になってしまったそうだ。


 そして、イレーヌとディミトリの笑っている顔を見たら、事を起こしそうで自分を抑える自信がないと、大学を辞めて館も出る決意をしたのだという。


「卒業後、世話になる予定だった商会の長に話したら、生活の面倒は見るから、大学には通って良いと言われたんだけどね。でも、それは流石に申し訳なさすぎるから、もう働く事にして居候させてもらってるんだ」


 こんなことになるなら、僕も学業のことは諦めて、彼女を連れてあの館をさっさと出るべきだったんだ。

 また、今こうやって出歩いているのは、ジュリエットとの別れ以降、眠れなくなる日があり気晴らしに夜の散歩をしていたからだと彼は言った。


「僕は今まで、辛い事があったらそれは神の与えた試練だと思っていた。どんなに自分に酷い仕打ちをする人がいたとしても、その人に寛容であればいつかわかってくれるはずだと……でも、そうでも無い人も残念ながらいるんだね」


 結局のところ、僕はただの世間知らずな男というだけだった。とても愚かなね。

 ファビアンは静かにそう言うと、夜空を見上げて悲しそうに微笑んだ。


 するとーーー


「ふっふふふ……」

 ラウルはなぜか肩をふるわせている。

 そして、急に大きく笑い始めた。

「ふふふふ。そうか。そうなんだ! 流石だよ。あぁ、可笑しい! あははは! 最高だね!」


 ファビアンは微笑むのをやめ、えっ……と呟き、驚いた顔でラウルの方へ視線を送った。


「ははは! ……あぁ、笑ってしまう。でも、ファビアン。君に対してではないんだ」

 僕が笑っているのは、君の事を決してバカにしているからはないよ、とラウルは首を横に振った。


「さっきも言ったけど、相変わらずの、どクズなんだもの。ディミトリは」

 実に素晴らしい。期待を裏切らない男だ! とラウルはディミトリのことを褒め称えた。


「ちょっと、僕もさっきまで自信を失いかけて泣いてたけど……君の話を聞いてたらどうやら自信を取り戻せそうだ!」


 ラウルはベンチから勢いよく腰を上げると、両手をあげて何か楽しいものでも見つけたというように、とても喜ぶ素振りを見せた。


「ファビアン。君は今、絶望の中にいるかもしれないけど、実は君。凄くツイてるんだよ! さっき、人を殺したいかって聞いてたけど……僕が代わりにそれをやってあげると言ったらどうする?」

 ラウルは片手を胸に当てながら、ファビアンに向かって妖しい笑みを浮かべている。


 殺すだって?! 何をラウルを言っているのだろう。もしかして酔っ払っているのだろうか。

 ファビアンはそんなの無理だ、と首を横に振ってラウルに返した。


「まあ、普通はそうだろうね。でも、今の時期、彼らに相応しい舞台があった事を僕は思い出したんだ。それに……僕個人としても、ディミトリがのうのうと生きてるのはやっぱり許せない」


 なんと言ったって、彼は僕だけではなく、君の事も傷つけたのだから。ちょうど僕が今パリに戻って来たのも運命なのかもしれない。返せなかったお返しを今、利子をつけて返させてもらおうと思う。

 ラウルがそう言うと、ファビアンは少し呆れた様な顔をしたが、彼に向かって微笑んだ。


「何を考えているのかわからないけど、僕としては君に犯罪を犯して欲しくないけどね」

「うん、その点については大丈夫だよ。上手くやるから。むしろ、どうせ人に言えない事をやってるのはあっちも同じだ。僕は僕らしくやらせてもらう」


 あちこち旅をしているせいだろうか。

 ファビアンはラウルは偉く自信家になったもんだ、と思いながら彼に向かって再び微笑んだ。

「そうか。魔法とか、ジプシーの呪いとかで彼らを吹き飛ばしてくれるのかな。それならわからなさそうだものね。じゃあお願いしようかな」


 そう言ったあと、ファビアンはなんとなく一瞬だけ視線を地に落とした。


 しかしーーー


「なんてね。僕のくだらない妄想に付き合ってくれてありがとう。あれ? ラウル……?」

 彼が目線を戻すと、まるで今までそこに何も無かったかのように、ラウルは音も立てずにその場から消え去っていた。

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