表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/19

5.君を守るために

 人によってはもう就寝が近いという時間帯。


 部屋で書き物をしていたキースは、突然背中に氷を当てられたようなゾクリとした感覚に襲われた。


 いや、むしろこの感じは、自分の中に通っている糸をピンと張りつめさせられるような感覚か。さらに感じる独特の重い空気。


 だが、そんなことはどうだっていい!


 この気色悪い感覚はーーー


 吸血鬼がこの屋敷に近づいている証拠なのだから。しかも貧弱な者ではなく、なかなか手強そうな気配だ。


 キースは身を隠すためのローブを纏い、部屋に置かれた特殊加工された遠距離射撃用の銃と、いつも持ち歩いている至近距離用の護身用の銃を素早く手に取り、屋根裏部屋から屋根に上り、深呼吸をして感覚を整えた。


 まさか今日に限ってやってくるなんて!


 曇りや雨ではなく、白い月が煌々と輝いて対象をわかりやすくしてくれそうのはまだ救いだが……この屋敷の主人であるアーロン様やザラキエル様が居ないのだから、対処できるのは自分しかいない。


 彼らならば、こんな屋根に登ってどうこうしなくても、直接対峙して追い払うどころか、たちまち灰に変えてしまうというのに……


 その留守を守るのだから、失敗は決して許されない。

 狙いを外して位置を気づかれたら、屋敷の皆が餌食になることは明らかだ。


 自分は訓練を受けて、実戦で倒した経験もあるが、この屋敷で遭遇するのは初めての事だ。


 長く住んでいる村もそうだが、この屋敷にも吸血鬼を寄せ付けないためのハーブを植えている。

 大抵のものはその香りを感じ取った途端、恐れ慄いてすぐにでも逃げ帰って行くはずで、遭遇するはずがないと言われているのに。


 それでもここまで来ているという事は、この付近に何かしらの目的があって意地でも来ようとしているのか。

 もしくは今感じている気配よりも想定以上、いわゆる貴族と呼ばれる部類の強い個体が立ち寄ろうとしているのか。


 そうであれば、全力を出さなければならない。正直、自分も命を落とす危険があると思うと恐怖を感じないわけではないが……


 彼がそう思っている最中に、吸血鬼の存在を感じ取ったのだろう。自分と同じ密命を持つ使用人たちが屋根に上がってくるのが見えた。


 そうだ。村ならまだしも、ここには仲間がいるのだ。彼らがいてくれるのは心強いと、キースは一瞬の安堵を覚えた。



 彼らは言葉を交わさず、目を合わせ指先の動きだけで合図を出して四方に別れると、キースも位置について銃にあしらわれた小さな対物レンズを覗き込んだ。


 遠くの物体を拡大してくれるそれと己の感覚を頼りに、必死に吸血鬼がいそうな場所を探し続けるが……どこにも見つからない。


 すると、同じ方向に配置していた仲間の一人がようやくそれらしきものを見つけたらしく、指先で方角を指し示すとキースも銃の照準を合わせてそれを確認した。


 確かに、うっすらとだが、対物レンズにそれらしき黒い物体が映り込んでいる。

 

 なんとか確認できる範囲限度ぎりぎりのところにいるため、それが男なのか女なのかまではわからない。

 だが、神経を研ぎ澄ますと、目に見えているそれは明らかに人ではないのがわかる。


 対象の様子を伺っていると、どうもその場から動こうとしない。

 もしかしたら、彼らを苦しめるハーブの効果が出始めているのか?……それなら動かないでいてくれる今が最大のチャンスだ。


 その場にいた全員が目をあわせて頷くと、最も腕の良い狙撃手が手をあげて、自分が殺ると宣言した。


 彼は深く息を吸った後、しっかりと狙撃用の銃を構えて、獲物を確実に捉えて引き金を引いた。


 静寂の闇に銃声が響き渡る。


 だが、命を賭けて戦う彼らに不運が襲った。

 なんと引き金を引いた直後に、突然風が吹いて弾道をそれさせたのだ。


 そのため、銀の弾丸が身体のどこかを貫けば、すぐにでも赤い炎をあげて燃え尽きるはずなのに、目の前の敵にはそれが起こらなかった。


 まずい……!

 レンズを通して、状況を確認していたキースは、すぐにでも援護射撃を行おうと銃の引き金を引こうとした。


 しかし、奇妙な事に目の前の怪物は、彼らの位置を確認するようなそぶりを見せず、スッとその場から消え去ってしまった。


 見失ったのか?! こちらに気づいて別の方向から来るのか?! その場にいた全員が恐怖を感じ、極度の緊張が走った。


「くっ……!」

 思わずラウルは声を出し、神経を張りつめながら、逃がしたものが四方八方から襲ってこないかと探った。


 だが、時間が経つにつれて、なぜか先ほどまで感じていた重苦しい空気が急に抜けていった。


 慎重に周りの仲間の様子を確認すると、どうやら皆も同じで、空気が澄んでいるから吸血鬼は自分たちの存在に気が付かず、去っていったんじゃないかという顔をしている。


 それでも注意深く気配を伺っていると、数分後には吸血鬼が現れるときの独特の空気は完全に消え、もう大丈夫そうだと誰かが声を上げた。


 キースは安堵して、大きなため息をついた。

 戦友たちの間でも無事であって良かったというように、笑みがこぼれている。


 助かったとはいえ、実に心臓に悪い出来事だった。

 神経が高ぶっていたせいで、今になってどっと疲労感が押し寄せてきている。


 皆が屋根裏部屋に繋がる窓から屋敷内に戻っていく中、キースは緊張していた体をほぐすため、そこに留まり腕を回そうとした。


 すると―――


「おーい!! そんなところで何やってんだよ。しかも何それ? もしかして銃!?」

 緊張感のない大声を上げて、屋根の上にいるキースに対して、向かいの窓から声をかける金髪の男がいた。


 ここは都会なのに。それでも狼が出たのか? それなら俺も狼狩りに参加したい! とかなんとか言っている。


 なんて呑気なんだろう。

 キースはそうじゃないよ……と言いたげに、先ほどよりも大きくため息を吐いた。


 ああ。しかも、今君は一番無防備でいてほしくないんだ。

 皆、君を守るために命がけでどれほど緊張していたことか。

 なんで旦那様は本当のことを彼に話してくれないんだろう。身を守らなければと自覚を持ってほしいのに。


 でも君の場合は、良い意味でも悪い意味でも好奇心旺盛だから、自ら本当に存在してるのかって危険を顧みずに確認したがるか……その方が危険だな。


 むしろ、先ほどの戦闘中の現場を彼に見られなくて本当によかった。神よ、感謝します。


 そう思いながら、キースは疲れている自分に構わず大声で話しかけてくる、彼の主人で吸血鬼達から最も守らなければならない人物・エルに向って苦笑いを浮かべた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ