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エピローグ:僕達の支援者

 繁華街のとあるレストランの小間にて。


「おう、久しぶり!」

「おお、久しぶりじゃないかアルテュール!」


 アルテュールと呼ばれた男がその小間に入っていくと、円卓には自分と同い年の若い男が5人すでに着席していた。

 宴はすでに始まっており、テーブルには酒の入ったグラスと、チーズや炙った肉などが置かれていた。


「いやぁ、懐かしいな!」

 彼は久しぶりに友人に会えた事を喜び、皆、きっと同じような気持ちだと思っていた。


 しかし、奇妙な事に、他の友人達は久しぶりに会ったと言うのに、さほど思い出話で盛り上がっているわけでもなさそうだった。

 何と言うか、つい最近会ったことがあるような……そのような口ぶりで話しているのである。


「あれ? もしかして、みんな直近で会ってたりするの?」

 アルテュールはそのように質問を投げかけた。

 事実なら、自分だけ知らなかったのは少々悲しいのだが、と彼は口にしない代わりに肩を竦めた。


 すると、バンジャマンが、あぁ、君はそう言えばあそこにいなかったもんな! と声を上げた。

「そうなんだよ。実は最近、イヴォンが死んで葬式があったんだ」


「イヴォンが死んだって? 彼は病弱だったとか、軍隊に入隊しているわけでもなかっただろう?」

 なんで、どうしてだと、思いもよらない訃報に驚いたアルテュールはバンジャマンに尋ねた。


「僕が聞いた死因は事故死っていう話だけど……あれはどうみても自殺だった」

 バンジャマンによると、イヴォンは素行がよくないからと言う理由で、自分たちも聞いたことがなかったが、実は存在していた弟の方に最近家督が譲られることになったらしい。

 それで、ショックを受けて飲んだくれた末に事故にあった、と遺族は説明していたそうだ。


 だが、医学の道を行くバンジャマンが彼の遺体を見たところ、あれは事故ではなく明らかに首を吊ったものだとすぐに分かったそうだ。

「そりゃ、自殺だなんて大っぴらにはできないもんな。ああ言うしかないだろうな」


「まぁ、あいつは学校にいたときも、自分は歴史ある貴族だからって気位が山みたいに高かったもんなぁ。それを台無しにされたのだから、深く傷つくのは想像に難くない」

 アルテュールが呟くようにそう感想を述べると

「でも、そこまで仲がいいわけではなかった自分たちですら葬式に出たというのに、仲の良かったディミトリやその他の連中がいなかったのが意外だったな」

とセザールが言った。


「あれ? 知らなかったのか? ディミトリについてはちょっと前に事件を起こして逮捕されたんだよ」

 なかなかの情報通であるバンジャマンがそれについて教えると、そうなのか?! そう言えば、あいつがいなくなったのも、なんかやらかして退学処分になったからだったなあ、とセザールとアルテュールは同時に声を上げた。


「それもなかなか刺激的な内容の事件で。それに、ほかの連中が来ていなかったのは、実はあいつらは一見仲が良さそうでも、陰では結構悪く言い合ってたみたいだぞ」

 死んでも会いたくないってなかなかだよな、とバンジャマンは軽く笑いながらそう付け加えた。


「うわぁ、なんだか女みたいなやつらだな」

 セザールはそう言って笑い、テーブルに置かれていた飲み物に口をつけた。


「あぁ。だから、ディミトリがいなくなったあとは、いつも群れていたのにバラけてただろう。変なところでディミトリも統率力があったんだろうなぁ。イヴォンは貴族以外は見下していたけど、あいつとは妙に馬が合っていたっぽいし」

 バンジャマンは、でもあれは馬があうっていうよりも、なんか崇拝している感じに近い、いやむしろ愛してるって感じだったか、と言うと一同は一斉に大笑いした。



「ところでさ、今回の集まりは何のために呼ばれたんだろう?」

 アルテュールが皆に向ってそう尋ねると、一同は幹事であるコンフィードの方を見つめた。


「せっかく呼ぶならクラスの奴ら全員呼べばよかったのに。というか、何でこの人選なんだ?」

 彼が続いてそう言うと、コンフィードは何やらごにょごにょ言っている。


 実は、彼らはとても仲の良かった者同士かと言えば、そうでもなかったのだ。

 もちろん仲が悪いという訳ではない。雑談程度はするが、かといって普段から飲んだりするような仲ではなかった。


「ええと、それは……」

 そうコンフィードが説明しようとした瞬間だった。

「あぁ、それは僕が君たちを呼ぶように彼に依頼したんだよ」


 突然、見知らぬ金髪の男が小間の入口に立ち、その縁に手を掛けながらそう言った。

 男は自分たちと同じくらいの年のように彼らは見てとれた。


 しかし、彼ら全員が顔を顰めて同時にこう思った。この男は一体誰だ、と。


 目の前にしている男は背が高く、顔立ちも端正だった。

 同級生に居ればすぐわかりそうなのに、その場にいた誰しもが彼の事をわからなかった。

 ただし、コンフィードを除いて。


「いやぁ、名乗るほどのものじゃないよ」

 男はくすっと笑い、彼らの思ったことに答えるように返答したため、一同はすぐに顰めていた顔から驚きの表情へと変えた。


「でも、僕は君たちの顔と名前をしっかり憶えているよ。時計回りの順から言わしてもらうと、アルテュール、バンジャマン、セザール、ドナシアン、ウスターシュ、そしてコンフィード君」

 彼は指をさしながら、正確に各々の名前と顔をいい当てたため、一同はどうして? なんで知っているんだ? とさらにどよめいた。


「なんだよ。僕たちの名前を知っているのなら、君の名前だって教えてくれたっていいじゃないか」

 一番先に言い当てられたアルテュールは、笑みを浮かべながら、わからないのも君に失礼だろうと言った。


 彼の提案に対して、男はこう答えた。

「いいや。僕の事なんてどうでもいいんだよ。それより重要なのは、君たちを呼んだのは他でもない。イヴォンのように僕に協力してもらうためだ」

 彼はそう言った瞬間、間髪を入れず指先をぱちんと鳴らした。


 すると、小間を照らしていた蝋燭の明かりが一気に消え去り、その中は暗闇へと包まれた。


「!?」

 何が一体起きたというのだろう。イヴォンのように協力してもらうため? 一体どういうことだ?

 アルテュールは眉の中央にシワを寄せながら、そう思ってあたりをキョロキョロと見まわした。


 だが、突然、彼は何者かが自分の左肩に手を置き、もう片方の手で右側の方にぐいっと頭を寄せているのを感じた。

 何をするんだ! そう言う間もなく、着ているシャツの首が開けられたかと思うと、次に針で刺されたような鋭い痛みがするのを彼は感じていた。


 次第に力がどんどん抜けていく。何が起きているのかさっぱりわからぬまま、彼は目を閉じた。



 ぱちん。また指が鳴る音がすると、消えていた小間の中の蝋燭にパッと明かりが灯った。

 いきなり暗かったところから、明るい光景に変わったため、コンフィードは瞼を瞬かせて目を馴らした。


 すると―――


 目の前の円卓には、自分を除く全参加者が、突っ伏していたり、椅子にもたれかかってうつむいていたり、目を開けたまま動かずに宙を見上げていたりしていた。


 その光景に、コンフィードは口をOの字に開け、一瞬大きく叫んだ。


 だが、彼の横で衣擦れの音がする。何かが動いている。彼は恐る恐る、その動いている何かに視線を合わせた。

 

 彼は再び口を大きく開け叫んだ。


 なんと、自分のすぐ隣には、赤く染め上げた口元をナプキンで上品に拭っている金髪の男が佇んでいたのだ。その赤いものは……明らかに血だ。


「あぁ、驚かせてしまった? 悪いね。でも、急いでやったから上品に食事をとることが出来なかったんだ」

 どうか僕の無礼を許してほしい。男はコンフィードに謝罪したが、謝られた当の本人はひぃひぃと声を上げることしかできなかった。


「言っておくけど、この前、君にもこれを施したんだよ? だから、そんなに怖がる必要はないのに。それとも、僕たちのような生き物は、神話のように詩的に薔薇の花を食べているとでも思ったのかな?」


 しかも、住まいは、血のように赤い深紅の薔薇が咲き誇っている霧深い森の奥。

 個人的にはすごく素敵な場所だと思う。もし、そのようなところがあるならば、ぜひ行ってみたいけどね、と彼は微笑みながらそう付け加えた。


「み、み、みんな死んでしまったのか?」

 コンフィードは彼の言っていることが聞こえていないのか、そう聞き返していた。


「いいや、言ったじゃないか。君と同じだって。君のように傀儡にするために、血を多少抜いたんだ。今は気絶しているだけだよ」

 死んでいるわけじゃないから起こせば目を覚ます、と彼は返答した。


「さぁ、それよりもここからが本題だ」

 男は口元を拭っていたナプキンを円卓の上に置くと、気絶している彼らに向って演説し始めた。


 いいか諸君。

 これから君たちは、神に見放され、夜を彷徨う恵まれない子供たちのために立ち上げた、聖ニコラウス財団という名の財団に毎月一定額送金してもらう。

 そして、君たちはまだ独身なので、これから結婚することになるだろう。


 それは大いに構わない。

 だが、女性を選ぶときは見目の美しさではなく、努めて家庭的で真面目な女性を選び、結婚したら、その女性と家族を死ぬまで愛しぬくんだ。


 そんな女性は退屈? 面白くない? 気が合わない? そんなの気のせいだ!


 いいかい、君たちはこの堕落した時代であっても絶対に愛人など作らず、聖職者かと思うほど生真面目で、愛妻家の夫になりきるんだ。


 けれども、もし、気の迷いが生じて愛人を作ったら、すぐにでも僕が飛んでくることになる。

 そうなれば、今度は君たちと愛人の命、財産もろとも僕に奪い去られると覚悟するんだ!

 つまり、何もかも捨て去って、愛人と死の国で添い遂げる覚悟があるのなら愛人を作ってもいい。


 え? 逆に妻が浮気したらだって? それくらいは多少目を瞑ってあげなよ。

 君の他にも大事な妻を愛してくれる人がいるなんて、実に素晴らしいじゃないか。なんならその間男も含めて愛してあげたらいいと思う。


 でも、女性の場合はその浮気が本気になりやすいからね。

 もし、間男が君たちの財産を脅かすような存在になろうとしているのであれば、その時は僕を呼んでもらって構わない。

 

 男の演説を聞いていた最中、コンフィードは首を傾げた。そしてまだ途中であるのに関わらず、口をはさんだ。

「これは一体何のために? なんでそんな真面目な人間になるようにお願いしているんだ?」

 

 中断させられた男は調子を崩されたため、はぁと軽くため息を吐いたが、彼に向ってこう説明をした。

「僕たちが優雅な旅行を続けるためにだよ。愛人に毎月送金するってプランも考えたけれど、それだと後々揉めて面倒なことになりそうだからね。でも、真面目な人間が真面目そうな団体に寄付を行っているのであれば、よほどがめつい人間が傍にいるでもない限り、文句は言われないだろう?」


 なるほど! と言って、コンフィードは首を縦に振って笑顔で納得すると、男に向って続きをどうぞ、と言った。

 男は調子を戻すためか、軽く咳ばらいをして演説の続きを始めた。


「あと自分は財産を自由にできない、相続権がないという場合もあるかもしれない。そういう場合は、遠慮なくこのコンフィード君に伝えてくれ。彼が連絡係となり、連絡を受けた僕がすぐに駆け付けてその問題を解決してみせよう」

 彼がそう言うと、コンフィードはそんな話は聞いていない! と首を横に振った。


「あぁ、この役割は今思いついたからね。でも、君は僕には逆らえないはずだ。だって、僕は君の主人なんだから。そして君は僕の奴隷なんだよ?」

「奴隷だって?! 僕はそんなものになったつもりはない!」

「そう。それじゃあ、君は用なしだ。ここには新たな傀儡がいるしね。君の代わりを彼らのうちの誰かに任せればいいだけだ」


 そう言って男はコンフィードの襟首を掴み、白く光る牙を見せつけると、彼は冗談です! 冗談です! と言って叫んだ。

「よろしい。一応ね、君を選んだ理由は、クラスでリーダー的役割を果たしていたからなんだ。実際、こうやって君が声を掛けたら、彼らは集まってくれた。だから、君を奴隷にしようと思ったんだよ。やはり人徳のある君にして良かった。君は選ばれしものなんだ」


 選ばれしもの。

 その言葉にコンフィードは気を良くしたのか、彼に向って急に目を輝かせると、承知いたしましたご主人のラウル様とうやうやしく答えた。

 忠実な僕になったコンフィードに向い、ラウルは満足したように笑みを浮かべた。


「では、今日のところは僕はこれで失礼するとしよう。君は彼らのことを起こしてあげるといい。あと、今日来れなかった面子への連絡もよろしく。また別日で集まれる日のセッティングもお忘れなく」

 ラウルがコンフィードにそう依頼すると、彼はまたしても、かしこまりましたご主人様と言って頭を下げた。



 さて、上手くいった。これなら彼女もきっと満足して納得してくれるはずだ。

  

 ラウルはそう思いながら、機嫌よくレストランを出ると、彼の耳にある音楽の音色が届いた。

 この旋律は、バッハの2台のチェンバロのための協奏曲 第一番と同じではなかろうか。


 どうやら、近くの館で行われている音楽会でこの演奏を行っているようだ。

 彼はタイトルの通り、チェンバロ主体のものしか聞いたことがなかった。

 しかし、演奏者たちはそれの代わりに、ヴァイオリンとオーボエを使って演奏しているようだ。


 曲は穏やかなアダージョから、テンポの速いアレグロへと変わった。

 彼らはあえて一音づつ刻むように演奏しており、まるで曲全体が跳ね上がるような仕上がりとなっている。

 

 チェンバロを主体として演奏しているものを聞いたときは、優美で華麗なのだが、どこか冷たく堅苦しさもあるように感じたが、今聞こえてくる彼らの演奏は同じメロディでありながら、とても楽しそうな雰囲気だ。


 特にオーボエの音色が、寒い部屋の中で蝋燭に明かりを灯した時のような、じんわりとした温かさを感じさせる。


「へぇ。こういう解釈の仕方もあるのか」

 人によっては癖があると好まないかも知れない。

 しかし、彼はこの演奏者たちの演奏が気に入ったようで、その曲の特徴的なメロディをいつの間にか口ずさんでいた。


 そうだ、新たな支援者も得た事だし、ベアトリスも音楽が嫌いなわけではないことがわかった。

 次はウィーンや、プラハ、あるいはドレスデンに向かってみても良いかもしれない。

 もしくは海を渡り、ロンドンのコヴェントガーデンに行ってみるのもどうだろう。


 彼はそう思いながら、自分の提案に喜ぶベアトリスの顔を想像して、同じく用事を済ませたであろう彼女の元へ迎えに向かった。

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