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13-2.邪悪なる者の目的

「ちょっと、あとどれくらいで着きそうなの?!」

 馬車の中から、伯爵夫人が御者に向かってまだ着かないの? 早くして! と急かしている。


「そんなに慌てなくても良いだろうに。褒賞品は急いだ所で逃げない……」

「あなた! そんなことありませんよ! 早めに会場について、誰よりも先に下調べをしなければ負けてしまうわ! ああ、もうとにかく急いで!」


 その伯爵は、遅くなったのは自分の化粧が原因じゃないかと心の中でため息を着いた。

 幸い、娘の方は彼の味方をしているようで、切羽詰まっている母親とは対照的に、お父様も大変ねと言った顔をしている。


 実はこの伯爵一家、彼らは今日、メリディエス家主催の狩猟の会に呼ばれた招待客の一員なのだ。


 そして、この伯爵夫人が急げ、急げと言っているのは狩りで成果を上げたもの達に用意された褒賞品が原因だった。


 今回用意されたのはーーー


 真珠やダイヤモンドはもちろん希少価値の高い宝石、上質なヴァランシエンヌレースに、紳士達が愛して止まないボタン、華麗で繊細なセーヴル焼の磁器、そして東洋の日本という島国からはるばる取り寄せた、王妃でさえも虜にされてしまう美しい漆器などがあった。


 そのため、実際に狩りを行う夫よりも、夫人の方がいつもより食いついたらしく、急かされた夫は自分が有利に立つため、予定の時間よりも早めて現地を視察するためにやってきたと言うわけだ。


 しかし、それはこの一家だけではなく他の家も同様で、彼らが到着した時には招待客の半数がすでに集まっているという状況だった。



 馬車から降り立ったクリスティーヌは、前準備で早めに屋敷を出たというのに、すでに招待客が集まっている件もそうだが、その気合いの入れようにかなり驚いていた。


「あまり、客人を外で長く待たせるのもよくない。すぐに館の扉を開けよう」


 アーロンは使用人に鍵を渡して、玄関扉に向うように指示したのだが、招待客の一人から彼は声を掛けられてそちらに行ってしまったため、クリスティーヌとザラキエルは馬車の近くで解錠されるのを待つ事にした。


 すると、他の馬車よりもより一層華美な馬車が一台到着した。途端にザラキエルの顔が強張る。


 中から現れたのは、白鳥の羽を飾った華麗な三角帽と、金銀の刺繍が施された立派な上着を身にまとった男性で、黒く濃いまつ毛は目にアイラインを引いたかのように見せ、顔の彫は深く、細身で引き締まった体形のためか、同年代の人々よりも目尻に深いしわが刻まれていた。

 

 とはいえ、しわのせいで彼は老人のように見えるという訳ではなく、背丈もかなりあるため、むしろ貫禄があると言った方がふさわしかった。


 彼は後ろに、彼よりも多少地味だがそれでも華麗な衣服を身に纏った、ほかの夫人や娘たちがハッと息を飲むような美男子たち数名を従えながら、ザラキエルたちの方へと近づいた。


「久しぶりだな、ザラキエル。そちらのお綺麗な女性は?」

 彼は少し不機嫌そうに、目を見開くように視線を上下させ、隣に立っているクリスティーヌのことを見つめた。


 ザラキエルはうんざりしているというような顔をしながら、彼女はユリエルの妻だと伝えた。

 すると途端に、男はなんだそうだったのか! と破顔した。


「私はてっきり、君がうんと年下の恋人を連れてきたのかと思った。そうか。ユリエル君との結婚式で見かけた以来だったからわからなかった。ならば安心した。でなければ私は今日、嫉妬と憎悪に塗れながらこの回に参加していただろう」


 男はやにわにザラキエルに近づき、その手で彼の頬を撫でようとしたため、ザラキエルは素早く男の手首をつかんで押さえつけた。


「昔はもっと分別があったというのに。嘆かわしい。最近は出世して恥じらいもなくなったのか」


 さらに、ザラキエルはここには不慣れな女性がいるのだから、なおさらそう言うことはやめろ。

 後でお前の相手にはなってやる。だが、ぐうの音も出させぬほど今回も叩き潰してやると、彼の手をひねりながら、冷徹な視線を彼に送った。

 

「旦那様! 鍵を開けました」


 戻ってきた使用人からそのように伝えられたので、ザラキエルは男性の手を放し、それ以上関心を向けることはないとでも言うように冷たくプイッと後ろを向いて、アーロンは対応にまだ時間がかかりそうだから先に入ろうか、とクリスティーヌに声を掛けた。


 だが、このやり取りを見ていた新入りの従僕が彼に向って楯突いた。

 たかが商人のくせして、将軍閣下に対して何たる無礼。謝りたまえ! と。


 そんな彼に向って、ザラキエルは振り返ると 

「青年。君が威勢がいいのは実に素晴らしい。彼に気に入られたのもよくわかる。だが、我々の関係性を理解できないのはまだまだ勉強不足だ。いや、躾が足りないといったところか」

そう言って微笑み、あとはそっちでどうにかしろ、とでも言いたげに将軍に向って目で合図してその場を去った。


「あのような振舞いを許していいのですか? まったく、失礼すぎる男だ」

 青年は信じられません、と言って首を横に振った。


 しかし、彼の敬愛する将軍はいつものことだから気にするな、とむしろご機嫌な模様だ。

「彼は私にとって特別な男なのだ。まあ、それはともかく、今日は相手をしてくれると言ってたから実に楽しみだ」


 将軍は館へ向かうザラキエルの後姿を見ながら、私は彼らの秘密を知っている。そして彼は私の主人であり自分はその下僕なのだと、心の中で呟いた。



 玄関の扉が開けられて、他の招待客とともにザラキエルとクリスティーヌは中へ入った。

 ところが、妙な事にまだ暖炉に火を入れていないはずなのに、なぜか館内は少し暖かかい。


 使用人の一人が館の中央部にある暖炉に火を入れようとしたところ、しばらく使っていなかったはずなのに、明らかに直前まで使っていた形跡があるため首を傾げた。


 さらに、招待客たちが休めるようにザラキエルは大きなホールを開けようとしたのだが、なぜか扉は押しても引いても開かない。


「ここの扉は鍵が掛かるようになったのか?」

 彼が鍵を持った使用人にそう尋ねると、使用人はそもそもこのホールは鍵が掛かるようにはなっていませんと答えた。


 それはおかしい。

 ザラキエルは念のため、取手を握りもう一度扉を揺らしてみたが、やはり開かないので内側から何かで止められているようだった。


 すると、先ほどの将軍が

「では力仕事ならうちの男達に任せよう」

と言って、彼らにその扉に向かって体当たりする様に命じた。


 彼らは命じられた通り、掛け声を掛けながら同時に扉に向かって体当たりを何度かした。


 すると、扉は何か床にものが落ちる音と共に、バン! と大きな音響かせ、ようやく開いた。

 

 しかし、突然目の前に現れた光景に、その場にいた皆が瞬く間に凍りついた。


 だが、すぐにその呪縛を解き放つかのように、扉を開けた将軍の従僕達は、嘘だろ! 何だこれは! と声をあげた。


 ザラキエルも将軍も、その他の男達は開いた口が塞がらず、むしろなぜこんな事が起こっている? となんとか現状を把握しようといった様子だ。


 最も不幸だったのは、その場に居合わせてしまった貴婦人や商人の妻や娘達だった。

 彼女達に至っては悲鳴を上げ、その場で失神したり、泣き出したり、比較的近くで見てしまったクリスティーヌにおいては漏れなく悲鳴をあげながら、その場に座り込んで両手で顔を覆うという有様だった。


 果たして彼らの見てしまった光景というのはーーー


 部屋の床の中央には黒い塗料で大きな円が描かれており、その中には逆五芒星と縁には謎の文字のような物が描かれている。

 さらに、円をぐるりと囲むように燃え尽きた蝋燭が置かれて、左右には山羊の頭蓋骨が置かれていた。


 それだけではない。

 最も異様だったのは、この魔法陣の中央に男女が横たわっていたのである。


 しかも男は丸裸な上、口には轡、首には首輪、さらに下半身を拘束する怪しげなものを身につけており、女も同じく裸のようだが、顔には仮面、背中には毛皮の外套がかけられており、手元には太く立派な鞭が置かれていたのだ。 

 加えて、二本のパイプと阿片と思しきものが入った小瓶も。

 

 男達は、気分を悪くしてしまっている女性達をすぐにここから避難させた。


 ザラキエルと、いつの間にか駆けつけていたアーロンだけがその場に残り、この男と女は何者なんだと叩き起こすことにした。

 

 しゃがみ込んだザラキエルは、男の首輪を掴んで上体を起こして頬を何度か軽く叩き、アーロンはあまり見たくないと言った様子で、目を反らせながら毛皮の上から女の肩を摩った。


 すると、二人は小さく呻き声をあげて瞼を動かし、まどろみながらゆっくり目を開けると、突然目の前に現れた知らない男達に驚き、さらにお互いの姿に何だその格好はと叫び声をあげた。


「お前たちはこの館にどうやって入ってきた。答えるんだ」

 ザラキエルは騒いでる男に向かって表情を変えることなくそう尋ねた。

 でないと吐くまでその落ちている鞭でお前の背中を痛みつけてやるが、という言葉も加えて。


 その言葉に恐れをなし、男の方はブルブルと震えるだけだったが、女の方が代わりに自分は貴族の男と逢瀬を楽しんでいただけだ、なぜ、こんな格好をしているのかはわからない! と金切り声を上げて叫んだ。


 とは言え、この部屋は内側から締められていた状態だったため、彼らの言うことはとてもでないが二人は信じられる気にはならなかった。


 また、信じられなかった理由はもう一つある。


 実は今年、あまりの変態行為でバスティーユ牢獄に某侯爵が収監されたのだが、秘密裏に彼の真似事をはかる連中が巷におり、この男女もよりスリルと興奮を求めて勝手にここに入ってきたのではないか、と推測されたためだ。


 そうこうしているうちに、他の商人仲間達が様子を伺いに彼らの元に戻ってきた。


 そして、そのうちの一人が男の顔をじっくり見た後、あっ! 思い出したと声をあげ、この侵入者達はトリュフォー商会の人間じゃないか! と叫んだのだ。


 途端にアーロンの顔から表情が消える。

 愛息子に対しての過去のやらかしに加え、この事態。

 

 床には不気味な魔法陣が書かれているので清掃しなければならず、どうやってこじ開けたのかわからないが、不法侵入であることは変わりないため鍵の変更も必要になった。


 さらに、他の部屋もどうなっているか確認しに行った別の商人が戻ってきたところ、遠方から来た招待客が宿泊するための寝室も使用された跡があったと伝えた。


 とてもではないが、今日は狩りが催行できない、中止せざるを得ないのは誰が考えても明らかだった。


 そのため、今回は招待客を揃えるのが特に大変だったのにせっかくの機会を潰された、とアーロンはもちろん他の商人達も大いに怒り、満場一致で彼らの弁明は無視して警察に引き渡す事になったのだ。


◆◆◆


「まあ、そういう訳で戻ってきたという訳だ」

「なるほど。薬物にまで手を出していたとは。本当にどうしようもない方達ですね。前もかなりのものでしたが、今回もまた父上は相当お怒りになられていると思いますよ」


 話を聞いたラファエルは、過去を知らないエルにトリュフォー家の次男がかつてラウルに対して酷いいじめを行っていた事を伝えた。


 エルは、いじめるような人間だからそこまでの変態じみた事をやるのか、あるいは元から変態だったからラウルにそんな酷い事をしたのか、どっちにしろまあクズ、いや、変態どクズ野郎だなと返した。


「クリスティーヌもあんな気分悪くしてるんだから、相当酷かったんだろうなぁ」


 エルが片手に顎を乗せながらそう言うと、ザラキエルは

「あぁ。また言葉にするのも憚る。絵で見せた方が伝わりやすいし私も気持ちが楽だ」

と皮肉めいた笑みを浮かべながらそう返すと、彼は少しのあいだ席をたち、手に紙と鉛筆を携えて戻ってきた。


 そして、長椅子に座って素早いスピードで鉛筆を走らせると、この様な状況だったと出来上がった絵をエル達に見せた。


 彼の才能を余すことなく仕上げた無駄に高い画力の作品に、ラファエルはこれは……酷いと顔を顰め、ミカエルは絵の題材、スガラムルディの魔女伝説の新解釈として使えるかもしれないじゃないかと皮肉をいい、エルにおいては腹を抱えて長椅子に倒れ込みながら笑い声を上げた。


「すごい! 想像以上に変態だった! 俺はむしろ実物を見てみたかった。だめだ腹が捩れる、ははは!」


 あぁ、笑いが止まらない。

 やっぱり俺もあの場に行けば良かった。

 それで、そいつの前でラウルのふりをして

『君たちは一体何をやっていたの? 今度は君が丸裸になってるなんて信じられないよ。こんな事をして恥ずかしくないの? 今はどんな気分? ねぇ、僕にはこんな下品な事をする理由がさっぱりわからないから教えて? ねぇ?』

って煽ってやりたかった!


 あぁ、でも、ラウルのことだからなぁ。

 本当にその場にいたら、女の人達と一緒に顔を青くしてぶっ倒れてそうだな。 

 あいつは俺と違って、品行方正だし優しい性格をしてるから。


 きっと、笑ってる俺に対しても

『エル。確かに彼らのやった事は馬鹿げていると思う。でも、こんな事をしてしまったのは、彼らが心を病んでいたのかも知れないよ。そうであるなら、いくらなんでも僕は笑ってはいけないと思う』

って相手に憐れむような目を向けながら、真面目にそう嗜めるんだろうな。


 エルはホールに飾られていた、読書中のラウルの肖像画に向かって微笑みながらそう言った。

 

「まあ、こんなものを残しててもどうしようもない」

 ザラキエルはそう言って、絵を持って立ち上がり暖炉の前に行き、忌々しそうに丸めて暖炉の方へ投げ入れていると、甘い香を漂わせながらジャンヌがホール横を通り掛かった。


 彼女の手には、香りからしてショコラの入ったポットと、カップが乗った盆が携えられていた。


 それを見たエルは、笑うのを止めてクリスティーヌのところにそれを持って行くのか? と彼女に尋ねた。

「ええ。ご気分を落ち着かせようと思いまして」

「そう。それなら俺が代わりに持って行くよ。貸してくれる?」

 エルは長椅子から離れて彼女から盆を受け取ると、クリスティーヌの部屋へと向かっていった。



 ちゃんと彼が立ち去って行くのを確認したあと、ザラキエルは長椅子に座っている二人に向かって、先ほどの話には含んで無いことがあると伝えた。


 彼は人差し指と中指を立てると、自身の首筋をトントンとそれで軽く叩いた。

 またしてもミカエルとラファエルは顔を顰める。


「真新しいアザだった。あれはつい最近、いや、きっと前の晩くらいにつけられたものだ。私とあの人で、誰にやられたんだと言うことはもちろん聞いた。だが、二人とも襲われた自覚がなく、貴族の男女と会っていたと言い張るだけだった」


 では、どのような男女だったのか教えろと言っても、二人ともまるで頭の中に黒い霧が掛かっているようで、よくよく考えたらそれも本当に男女だったのかもわからない、そもそも何で会っていたのかもわからなくなってきたと。


 それに変態男はラウルの事をいじめた張本人だ。

 まさかと思い、過去の件で逆恨みをして殺した(やった)のかと聞いた。もちろん、最悪の事を考えてあの人のいない所で。

 だが、それに関してはそんな事はしてないと顔を青くしながら男は言ったし、紛れもなく本心からだったから、あの子が行方不明になっているのはその線は無さそうだ。

 これについては私も安心した。

 

「しかし、結局それ以上、彼らの口から何も割り出す事はできなかった。ただ、少し前に、キースから怪しい奴がこの屋敷の近くを彷徨いていたと聞いた件が、何だかこれに関連しているような気がしてならないのだが……」


 ザラキエルのその報告に、ミカエルは本当に誰がやったのだろうと大きくため息をついた。

「お前とあの方で割り出せないなんてとんでもないな。だが、そんな怪しい儀式をしている親子なんだから、確かに快楽を求め過ぎて隙をつかれたのもあるのかもしれない。しかし、もしやったのが貴族(あいつら)なら食事の趣味が悪すぎる。生かしておくなんて中途半端な事もしないはずだ。ましてや、目立たせるような真似なんて……」


 一方で、ラファエルは目的が気になるようだ。

「あまり考えたくありませんが、割り出せないとなると相手は相当の……ですが、相手が誰であれ、本当に操られていただけだとしたら、何の目的でトリュフォー家の人間に不法侵入の上に怪しげな行為をさせたのでしょう。ただの我々に対する嫌がらせだとしても、あの場には敵対する商会もいた。彼らが悪魔(吸血鬼)と結託してそのように差し向けても、自分達だって被害を被る訳ですし」


 答えの出ない問題に、三人はうーんと唸るだけだった。

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