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プロローグ:僕の復讐

 外はすでに薄暗くなっている夕刻。

「息子よ。本日限りでお前とは勘当する」


 突然、屋敷の広間に呼ばれた彼は、白い鬘を被った父親から威厳たっぷりに放たれたその言葉を聞き、眉を顰めた。


 周りを見渡せば、銅像のように冷たく無表情なままの彼の母や祖母に二人の妹達、そして叔父や叔母達、従兄弟達が自分を取り囲んでいる。


「いやいや、お父様! 一体、急に何を馬鹿げた事を言ってるんですか」

 彼は冗談は辞めてください、と父親に向かって軽く笑いながらそう答えた。


 つい最近まで、家督を継ぐのだからそろそろお前も花嫁をもらわねば。もちろん、お前が目星をつけている伯爵令嬢にまず話を持って行こうと思っている。

 そう父親は彼に提案してくれていたと言うのに。


 そうだ、きっとその令嬢の家からいい返事が貰えたから、自分を驚かそうとしているのだ。

 一族をかき集めてこんな宣言するなんて、演劇やら小説でもあるまいし、決まり文句である婚約破棄すると宣言するならともかく、一族からの追放だって? そんなのはありえない!


 我が父は昔から少々いたずら好きな部分がある。だから、これもそうに決まっている、彼は自分は試されているのだと思っていた。


 第一、なぜ自分が勘当されなければならないというのだろう。

 自分は犯罪に手を染めて逮捕されたわけでもないし、生活するのに資質が著しく不自由というわけでもない。

 さらにいえば、高熱を出したから子をなす能力が低い或いは全くない可能性がある、乗馬の事故でその機能を失ってしまったとかでもない。


 だから、勘当される筋合いなど全くないのだ。

 いや、むしろ我が家には直系の男子は自分しかいない。そんな自分を排除するなど、愚かの極みでしかないというのに。

 よって、この家に自分は絶対に必要な人間のはずではないかと。


 しかし、彼の思いは簡単に打ち砕かれた。


「息子よ。悪いが我々は本気なのだ。お前はもはやこの一族には不要なのだよ。君たち、入りたまえ!」

 そう言って父親は手をパンパンと打ち鳴らすと、広間の扉が開けられ、この家の顧問弁護士と見た事のない背の高い金髪の男が一緒に入ってきた。


 金髪の男は年頃は自分と同じくらいか少し下くらいだろうか。深い青い目をしており、顔立ちも悪くない……というよりかなりの美形だった。


 顧問弁護士はともかく、この金髪男は一体誰なんだ、何のためにここに呼ばれているのだと彼が顔を顰めていると、彼の母がその金髪の男に駆け寄り

「あぁ、私の愛する天使ちゃん!」

と言って、抱きしめると愛おしそうに彼の頬に向かって何度も口付けをした。


 父親だけではなく、母親までもこの行動。

 ますます意味がわからないと言う顔をしていると、彼の父親が口を開いた。

「お前には教えていなかったが……実はこの子はお前の双子の兄弟なのだよ。幼い頃は病弱だったため、空気が綺麗な田舎の方で里親に育ててもらっていたのだが、もうすっかりこんなに大きくなって。この見た目もそうだが、頭も賢いし、お前より遥かに遥かに素質がある。だから、これからはこの子に家督を継がせることにしたのだ!」


 父親の理由を聞いて、男はもちろん納得をしなかった。

 馬鹿げている! いや、狂っている! そう思わなざるを得なかった。むしろ、この状況にそうだったのかと素直に従える人間などいるのだろうか。


 話が飛躍しすぎているし、何よりも両親の見た目もそうだが、側に立っている親戚を見回しても、この目の前にしている金髪男の見た目に近いものなど誰一人居ないというのに。

 

「お父様。冗談が酷すぎやしませんか? 僕を驚かそうとしているんでしょうけど、もう僕も大人なんですよ? こんなお芝居を間に受けて泣くとでもお思いになられましたか? きっとこの男だって、見た目がいいだけの売れない役者かなにか……」


 彼がそこまで言うと、弁護士がどうぞこちらをご覧くださいと言って彼にある書類を手渡してみせた。

 男はそれに目を通すと、確かに家督と財産権は自分ではなく別の名前が書かれ、指名されている。もちろん、父親の署名もしっかり入っていた。

 そして、彼は永久にこの家の相続権がなくなると言うことも。


 男は途端に手がふるふると震え始め、何だこれは……と呟いた。どう見てもこの書類は偽物ではなさそうだった。

 

「僕には継がせないだって?! どうしてそんな酷い話になるというのですか! あれほどまでに次の当主は僕だと言ってたじゃないですか! あんなに僕のことを愛していると言ってくださったじゃないですか! そのために色々と大変な思いだってしてきたというのに。何故? 何故? 何故、急に現れたこのようなよくわからない男に継がせるだなんて!」

 そして、男はふざけるな! と大きく叫んで書類を勢いよく床に叩きつけた。


 父親は叩きつけたられた書類を拾い上げ、ついてしまった埃を手で払うと、弁護士に書類を手戻した。

「ふん。息子よ。お前のそう言う激昂しやすいところも相応しくないと思った原因なのだ。この子を見てみなさい。お前が怒っている姿を見ても動じること無いではないか!」


 そう言われた男は、忌々しそうに金髪の男を思い切り睨みつけた。

 だが、金髪の男は動じていないというよりも、この状況がおかしくて堪らないというように、笑いを堪えていると言った方が相応しかった。


 その態度に、男は頭に血を上らせた。そして、父親ではなく金髪の男に向かって怒鳴りつけた。

「この詐欺師! ペテン師! どうやってお父様やお母様に取り入ったんだ! 僕に双子の兄弟がいたなんて、噂でも聞いたことがないというのに! さては、お父様やお母様に怪しい薬でも盛ったか!」


 怒鳴りつけられてもなお、金髪の男は怯える事はなく……寧ろ、我慢できなくなったとでも言うように、笑い声を漏らした。

「……薬だって? それなら、ここにいる父様や母様以外の人達は何なんだろう。先ほどから、ずっと黙っているだけじゃないか。誰一人、君の味方になってくれる人はいやしない。彼らにも君の言う薬を盛ったとでも?」


 さらに金髪の男は、そんな都合のいい薬って一体何のことだろう。僕にはまったくどういったものか想像がつかない。君こそ、そういった類のものに手を出した事でもあるのかな? と煽った。


「この野郎……!」

 煽られた男はさらに怒りを募らせたものの、金髪の男の言う通り、両親以外はずっと黙って置物のように動かないままだ。

 堪らず男は小さい頃から良くしてもらっていた、叔父と叔母の方へ行き、こんな馬鹿げた茶番劇はやめてもらうように父親へ言ってくれないかと頼んだ。


 しかし、二人とも彼とは目を合わさせようとはしなかった。代わりに、何だこの汚い物はとでも言うように顔を顰めるだけだった。

 他の親戚に目線を送っても、誰も彼と合わしてくれるものなどいない。


「そんな……」

 男は悲痛な声を上げて、彼らは本気なのだと悟った。叔父や叔母は父と違い、こういったいたずらは好まない性格なのだから。

 もし、これが芝居だったとしたら、いい加減に可哀想だからやめてあげようと父親を諭していたはずだ。


 また、一番の年長者であり、世継ぎとして大変可愛がってくれた祖母でさえも、彼に向かって何か言うことは無かった。


 呆然と佇んでいるだけの男に対して、金髪の男は僕からのプレゼントとして君のために旅の準備を整えたので、ぜひ受け取って欲しいと声を掛けた。


 男はまた頭に血が昇るのを感じた。

 この男の目的はわかっている。彼が提案しているのは、家督を継げなくなった者への心を癒すための旅行という、優しさの気持ちからでは決してない。

 そんな一時的なものではなく、本当にこの家から追い出し、永久追放するためのものなのだ。


 男は当然だが素直にそれを受け入れようとはせず、どこまで自分を馬鹿にするのかとますます怒りに燃えた。


「このクソ野郎! お前の言うとおりになんて従うものか!」

 彼は金髪の男に向かって叫ぶと、そもそもこんな男が現れなければ良かったのだ。こいつさえいなければ、自分はそのまま家督を継げたというのに、と憎悪に駆られて彼の首を絞めようと飛び掛かろうとした。


 すると、今まで動く素振りを見せなかった叔父や男の従兄弟達が、無表情のまま素早く彼の元に立ちはだかった。

 一人は彼の後ろで手を押さえつけ、二人は彼の肩を両手で掴んでその場から動かないようにした。

 まるで何かに操られているかのように。


「やっぱり、君は首を絞めるのが好きみたいだね。あぁ……本当、相変わらず過ぎて我慢したくても笑ってしまう」

 金髪の男がそう言うと、隣にいた彼の父親がこくこくと頷いた。

「息子よ。お前に家督を譲らないと決めた理由はもう一つある。それは、かつてこの子をいじめていたではないか。よく思い出してみなさい」


 いじめていただと?! そんなの全く身に覚えがない。父は何か勘違いを起こしている、いや、この金髪の男に吹聴されたのだと男は首を横に振った。

「僕はそんな事はやっていない! 第一、この男は自分と今初めて会ったばかりだというのに!」


「へぇ。やっぱり覚えていないんだ。じゃあ、いい事を教えてあげよう。昔、僕が使っていた名前なんだけど……」

 そう言って金髪の男は男の耳元に口を近づけると、彼が知っているであろう名前を囁いた。


 その途端に、男は顔を強張らせた。

 男はその名前については確かに知っていた。

 だが、そうであるなら、こんな馬鹿馬鹿しい話はあってはならない。彼が双子の兄弟なんて絶対にあり得ないのだ。


 なぜなら、彼は自分よりも幾つか年下のはずだし、第一この男は別の家の出身、資産についてはうちよりも倍以上あるはずだが、身分的には賤しい商家の出であったはずだ。

 我々は歴史ある高貴な貴族だと言うのに!


 当時の彼の事を思い出せば、だいぶ今とは異なり、先ほどまではわからなかったが、目の色と形を思い出せば確かに合点はいった。

 この目の前にしている金髪の男は、かつて自分の通っていた学舎にやってきた、あの時の少年だったと。


 やはり、父や母、他の親族はこの男に騙されている! この男は我が一族の一員などでは決してない! と彼は叫んだ。


「みんな、お願いだから正気に戻ってくれ! この男はこの家の者ではないのだ! だってこの男は……」

 彼がそう言いかけた瞬間、金髪の男は口元に人差し指を立てると、不思議な事にまるで口を何かで塞がれたように彼は何も話せなくなってしまった。

 動かそうとしても、全く開くことが出来ない。


「さあ、おしゃべりはここまでにしよう。大丈夫。親族総出で君の旅立ちを見送ってあげるから。しかも君が一番好きな方法でね」

 金髪の男はにっこりと彼に向かって微笑んだ。


 そして、彼の妹たちに手で場所を示す合図を送ると、彼女達は金髪の男達が入室してきた扉とは異なる別の扉の前へと駆け寄り、何やら楽しそうな様子で甲高い笑い声を上げながら、その扉を開いた。


 その扉の先にはーーー


 天井に太い梁がある、薄暗い小間が続いていた。

 ダマスク柄の壁には一族の華麗なる歴史を示すように、この家が興された当主の代からの肖像画が飾られている。


 しかし、その光景にいつもとは異なるものがある事に男は目を見開いた。


 小さく微かに揺らめいているそれ。

 罪人のために使われるそれ。

 そして、広場で役目を果たすときに観衆はその瞬間を早くしろ、早くしろと叫び、熱狂的にさせるそれ。


 梁には一本のロープが垂らされており、その先端は輪で括られていた。そして、その下にはスツールが置かれている。

 永久にこの世界へは戻ってこれない、冥界への旅立ちの準備がなされていたのだ。


 この後、自分が何をされるかわかった男は、言葉が出せない代わりに首を横に大きく振り、さらに自分を押さえつけている親族達を振り払おうと必死に抵抗した。

 

「どう? なかなか趣きがあるだろう。君はこれが好きなんだろうなと思って用意したんだ。だって、僕の首を何度か締めてきて、いつの日だったかは失神ギリギリまで締め上げたじゃないか」


 金髪の男が言った事に、本当に思い当たる節があったのだろう。男は一瞬動きをとめ、急に顔を青ざめさせた。


 しかし、すぐにまたしても身を捩らせ、足をばたつかせて必死に抵抗した。

 あの時はただのおふざけに過ぎなかったのに! ただの子供の遊びだったじゃないか! その証拠として、現に自分はこの男を殺してはいないではないか! と、声にできずとも叫んだ。


 だが、目の前にいるこの金髪の男は、本気で自分を仕留めようとしている。

 男は必死に逃れようとしているのに関わらず、親族の男達は相変わらず無言のままで彼を取り押さえていたが、着実に"死刑台"へと近づいていた。


 彼を連行している背後には、金髪の男の他に彼の両親や他の親族達の列が続き、まるで一種の儀式めいたものに見せていた。


 そして、彼をとうとうその刑具の下まで連れて行くと、他の男の親族も加わり、一斉に彼の身体を持ち上げて輪の中に首を通させた。

 誰一人として笑う事も、怒る事も、哀しむ事も、楽しむ事もせず、ただ無表情のままに。


 それに対して、男は最後の抵抗だと言わんばかりに、顔を真っ赤にして目には涙を浮かべ、嫌だ、嫌だ、と言うように首を大きく振った。

 どうして自分が今死なねばならないのだ! なぜ殺されなければならないのか! 今更ながら、復讐されるほど自分は悪い行いをしたのだろうか。あれは単なる遊びだったじゃないか! と。


 ふと、目に入った自分の一族とは全く関係のない弁護士の方を見てみれば、彼らの行動を止める素振りは見せず、むしろ早く終わって欲しいとでも言いたげに、ふわぁとあくびをしている始末だった。


 何とか抵抗しようとしている男が抱えた疑問に対して、金髪の男はこう答えた。


「あぁ、本当はこんな事しなくても、僕の牙で簡単に終わらせる事もできるのだけど。まあ、あの時のお礼を倍にして返しておきたくてね。せっかくの機会だし。それじゃあね。良い旅立ちを、兄弟」


 金髪の男は口角の両端をあげ、邪悪な笑みを浮かべると、彼のそばに立っていた男の妹達の両腰に手を当てた。

 だが、金髪の男は何か思い出したようで、小さく、あっという声をあげて、彼の両親に向かって声を掛けた。


「ああ、そうそう。大事なことを忘れていた。父様、母様。先ほど伝えた通り、指定の代理人に僕のグランドツアーのための送金をよろしくお願いします。それと、僕のもそうですが、同行してくれるご婦人用の旅券の手配もお忘れなく」


 男の両親はにっこりと金髪の男に向かって微笑むと、父親はもちろん早急に対応するつもりだ。お前はなんて勉強熱心なのだろうと褒め称え、母親の方は離れるのは寂しいけれど、頑張っていってらっしゃいねと言っている。


「では、この場はお暇するとしよう。僕の大切な妹達に刺激的なものを見せるのは良くないからね。と言ってもグレーヴ広場で見慣れているのかもしれないけど。それじゃあ、行こうか」


 その言葉のあと、妹達はお兄様、愛してるわ! と同時に囁いて金髪の男の頬にキスをし、彼は彼女達に男に向かって背を向けるように促すと広間の方へ出て行った。


 その途端に、バタンと広間に続く扉が閉められる。


 男はそれでもなお、こんな終わりは嫌だと言いたいのに相変わらず声にはできないため、泣きながら身を捩り何とか逃げようとしていた。

 しかし、まるで砂糖に群がる蟻達のように、親族の男連中は、自分の体のあらゆる部分を押さえつけている。


 そしてとうとう、男の足元に置かれたスツールを誰かが蹴り倒し、ガタンと言う音が小間に響き渡った。

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