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短編

主人公が去ったあと

作者: 水月美ツ夜

 手を振って笑顔で去っていく。

 終わったのだ、と思った。彼は知らないが、少なくとも、俺の非日常は。

 彼は彼にとっての異世界であるここから、ある少女を助けたいのだと。その途中で、ここら辺に滑り込んできた。妖怪などはいないが、どこまでも静寂が広がっている、ここら一帯に。

 はじめ見たときは呆然としていて、魂が抜けかけているような状態だったのに、すっかり回復して、歩みを再開してしまった。

 俺の家にはたっぷりともの悲しさが浸透していて、どうにもならない。いつの間にか片付いている部屋をぼんやり眺める。

 涙はでないが、ただただ寂しい。

 和室にそぐわない軍帽を頭から外してぽいと投げた。しばし座卓の上で餅のごとく伸びていた。やる気が出ない。元々残っちゃいなかったが、今は本格的にそがれている。彼に会ってちょっとははきはきしたと思ったんだが。

 ひたすらぐったりしていると、気分も少しは落ち着く。というか、軍服だから普通に腹が痛い。腹を抑えながら、今度は多少冷静な頭で後ろに倒れこんだ。転がってうつ伏せになると、庭が見えた。雪が雨によって溶けていくというなんとも虚しい景色を堪能する。足を曲げたり伸ばしたりしていたら、ガツンと座卓にぶつかった。心が折れた俺はついに立ち上がった。

 やることがないことなど、当然であったはずなのに、暇をころころと持て余している。暇つぶしの方法は知っているのに、満足できなくなった。

 この縁側を、彼は確か今時じゃ見れないからなあ、となんとか言ってはしゃいでいたのだったか。部屋を一つ一つ紹介するたび目にみるみるうち希望が宿っていって――戻っていってか――見ていると俺も珍しいもののように思えてきたんだ。

 それに彼は、俺の軍服も恰好いいと褒めてくれた。似合っている、とも。

 息を深く吐き出した。

 まだ少年の彼に、どうか幸があらんことを。

 適当に真剣に、もう一度祈ってみた。やることがないから。

 今から自分が底冷えするような気がしてきた。寒さには慣れたつもりだったのだが、自信過剰だったようだ。とっとと中に入れ入れ、自分を催促してより暖かい内へとこもる。

 もう少しゆっくりしていってもよかったものを、彼はメンタルを持ち直し、雪から雨に変わったタイミングですぐに行ってしまった。十日に一度の雨の日に彼が俺の家にたどり着き、そして再出発できたのは幸いだった。

 大分遠くに町はあるんだが、ここらには全くないから、実質俺の家って地名かもしれない。

 本当に何のためにもならんことを頭の中で考えたあと、俺は寝た。

 翌日も、特に変わりなかった。

 死んだからってメリットが特にあるわけでもない。衣食住がなけりゃ魂は消えるし、そのくせ死んだときに来ていた服しか着れないという悲しい性よ。ついでに寒さも暑さも感じるし、性格は変わらないし、成長しないからずっとこの性格のまま、能力のままだ。いやあ、実に悲しい。

 彼が言うに、少女はあぶれ者の世界であるここに来たらしい。

 ここはどっかがおかしいものしか来ないらしいが。妖怪であればその執着やら欲やら感情がやべえやつだろうし、この建物一つ取ったってそうだ。使い物にならんとぶっ壊されたらしい。そのときの絶望だけでここに馴染んでるっていうのだから、案外馬鹿にならない。俺だったら、おかしいのは超が付くほどの面倒な性格かね。

 で、少女は真っすぐで純粋で、でもとびぬけて良かったわけじゃない、と。

 分からんな。腐るほどある時間を使ったところで、俺には到底解明できそうにない。彼ならなんとかしてくれるだろう、と信じておくことしかできないか。

 彼から離れた途端知性が崩れ落ちていくのはなぜだろう。魂とかいうやつはやっぱりそこらへんが下手くそだったりかけるもんなのかね。

 老いもせず、未だ十七の見た目でこのまま過ごすのか、と改めて実感したような気がして、なんともいえない虚しさがこみあげてくる。

 こればっかりは、どうすることもできないが。

 しんみりなんて、俺の周りにはいらないか。ため息一つで俺から淋しさを追い出すと、俺は寝転がった。

 いつものように、一人遊びで暇をつぶす。

 これで、ただの日常になった。ほら、俺は平気だ。平気だろう。平気だよな。戻れないなんてこと、ないよな。

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