魔王様、「心臓を100個にすれば99回刺されても大丈夫!」と思いつく
枯れた大地が広がる荒野にて、勇者アミットと魔王ゲルドが一騎打ちをしていた。
赤髪の勇者アミットが剣を握り締め、ゲルドに勇敢に斬りかかる。
対して灰色の長髪に角を生やすゲルド。闇の魔力で生み出した炎を、アミットに浴びせる。
ところが――
「うおおおおおおっ!」
アミットは怯まず、ゲルドの胸に剣を突き刺した。
「ぐはっ……!」
血を吐くゲルド。
致命傷を与えたと、アミットも手応えを感じた。
しかし、ゲルドは死んではいなかった。
「ククク、惜しいな……」
「なに……!? 確かに心臓を潰したはず……!」
「私の心臓は二つあるのだよ。そのうち一つが潰れたに過ぎん」
「くそっ……!」
アミットが剣を構え直すが、ゲルドが転移魔法を発動させる方が早かった。
「今日のところは退散するとしよう。さらばだ!」
追い詰めておきながら魔王を倒し切れず、アミットは悔しがる。
「あと一息だったのに……!」
***
一方、自身の居城へと戻ったゲルドも、心穏やかではなかった。
「危なかった……!」
勇者アミットを倒すためにわざわざ自分で出向いたのだが、心臓を一つ潰されるはめになってしまった。余裕を演出して撤退したが、彼からすれば敗走に等しいものだった。
「おのれ、勇者め……!」
歯を食い縛るゲルド。
「どうすれば、どうすれば奴に勝てる……!?」
先ほどアミットに負わされた傷口を見る。
一撃で見事に心臓を潰されている。
あのまま戦っていたら、残るもう一つも潰され、ゲルドは生還できなかっただろう。
「心臓が一つでは心もとない。どうにか再生しなければ……」
治癒魔法を使えば、心臓を再生することは可能である。
しかし、この時ゲルドはあるアイディアを閃いていた。
――心臓を増やせないものだろうか?
例えば、心臓が二つならば、その二つを潰されれば生命を維持することは難しくなる。最短で二回刺されたら死んでしまうことになる。
だが、心臓が100個あれば――
「99回刺されても大丈夫……!」
ニヤリと微笑むゲルド。
魔王城には古い書物が保管されている部屋がある。数々の術や魔法を記した書物が眠っているが、生来優れた魔力を持つゲルドは、これまではこれらを読破する必要に迫られたことはなかった。あくまでコレクションルームのようなものであった。
だが、この部屋を活用する時が来たのだ。
「しばらく私は書庫にこもる! くれぐれも邪魔するなよ!」
部下たちにこう言うと、ゲルドは書庫にこもりきりになった。
心臓を増やす術を探すために。
そして一週間ほど経ったある日、ゲルドはついに見つけた。
「あったぞ! この術を使えば心臓を増やせる!」
***
勇者アミットはついに魔王城にたどり着いた。
妨害らしい妨害もなく、城内の奥まで侵入することができた。
まもなく、魔王がいるであろう部屋を発見する。
「魔王ッ!」
勢いよくドアを開けるアミット。
「来たか、勇者……」
部屋の中ではゲルドが待ち受けていた。
アミットは思わず絶句してしまう。
「な、なんだその姿……!」
「ああ、これか……」
ゲルドの全身に小さな塊がくっついており、一つ一つがドクンドクンとうごめいていた。実に不気味な光景である。
「魔界に伝わる秘術で、心臓を増やしたのだよ。100個にな」
「100個!?」
アミットは思わず声を上げてしまう。
「おかげでこの通りだ。頭にも、顔にも、腕にも、脚にも、腹にも、足の裏にも、全身いたるところに心臓が出来上がった」
ドクンドクンと鼓動を鳴らしながら、誇らしげに語るゲルド。
「これがどういうことか分かるか? 貴様に99回までなら刺されても大丈夫だということだ!」
「心臓ってそういうものなのか……?」
首を傾げるアミット。
「もちろん、それだけではないぞ! 心臓というのはいわばポンプだ、それが増えたから血流が凄まじい勢いになった! 見よ、この浮き出た血管を!」
「ものすごく体に悪そうだけど……ん?」
アミットはゲルドの右腕部分にある心臓が止まっているのを発見する。
「そこの心臓、止まってないか?」
だが、ゲルドは慌てることもない。手でペシペシと叩くと、その心臓が動き始めた。
「ああ、たまにこういうやつが出るんだ。なにしろ100個も心臓があると、何個かはサボるのが出てくる」
「働きアリの法則かよ」
会話しているうち、アミットはゲルドが発する鼓動の音がだんだん耳障りになってきた。
「ていうか、さっきからドクンドクンうるさいな! お前自身は平気なのか?」
アミットがゲルドに問う。
「平気なわけがないだろう」
「え」
意外な返事だった。
「100個の心音があまりにうるさくて、なかなか寝付けん。体内の音だから耳栓をつけてもあまり効果はないしな……」
よく見ると、ゲルドの目の下にはクマができている。しかも、心臓100個の問題点はこれだけではないようだ。
「それに、部下にも去られてしまった」
「そういえば、この城には誰もいなかったな……」
アミットは城に入ってから、敵に遭遇しなかったことを思い出した。
「みんな、私が心臓を増やしたら『音がうるさい』『見た目が気持ち悪い』『発想が安易』などと言って私に見切りをつけ、去っていってしまったのだ」
「あらら……」
「しかも、一度心臓を増やしてしまうと、もう減らすことはできないようだ。いくら本を漁っても元に戻す手段は見つからなかった……」
うつむくゲルド。ただし、心臓だけは元気に動いている。なんとも不釣り合いな光景である。
「この人類と魔族の戦い、もはや我々の負けだ。しかし、魔王の意地にかけて、貴様との決着だけはつけねばならん!」
仮にゲルドがアミットを倒しても、部下がいなければ人類の支配はおぼつかない。この時点で世界は平和になったといえる。
ゲルドは最後の意地で、アミットに挑もうとする。
ところが――
「戦うのは……やめないか?」とアミット。
「なに?」
「心臓を増やしたら、眠れなくなったり、部下に逃げられたって話を聞いたら、なんだか心が痛んできてさ……戦う気が失せてきた」
「勇者……」
アミットは続ける。
「それに……」
「それに?」
「その心臓まみれの体、ちょっとでも斬ったら血がピューピュー噴き出しそうでなんかイヤだ」
「……それは言える」
こうして勇者アミットと魔王ゲルドは和解することとなった。
「しばらくは人間の世界でゆっくり暮らせよ。いずれ、その増やした心臓を減らす方法も分かるかもしれないしさ」
「感謝する……!」
アミットの優しさを受け、人類支配を目論んでいたゲルドはすっかり改心したのであった。
ゲルドはかつてない穏やかな笑顔で、アミットに向かってこう言った。
「ハートを増やしたせいでハードな人生を送るはめになってしまったが……これからはハートフルな人生を歩むことができそうだ」
「こんなことになってもそんなことを言えるお前の心臓の強さに驚きだよ」
完
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