たしか名前は
お腹空いた。
高校生活二日目。
黒板を書き写す手をとめ、教室前方の壁にかかっている時計を見たりなんかして。
お昼まであと三分、いや、二分。
長針が短針に重なるのを、まだかまだかと待ち受ける。
チョークの先が割れ、破片が落ちたそのとき、チャイムが鳴った。
古文の教科書をしまう。立つ。挨拶。ありがとうございました。やった。午前の授業終わり。
体格のよい女の子がこっちへやってくる。手には風呂敷に包まれた何か。多分弁当箱。
昨日の放課後、ちょっと話をした、バスケ部の熊谷さんだ。思いつめたような目をしてる。
「一緒にお昼、食べてもいい?」
「もちろん。食べよ食べよ。私、おなか減って死にそうだよ」
机を合わせる。そして手を合わせる。
「いただきま――」
「ちょっと待って」
手で制す熊谷さん。
「昨日は、ごめん。並川さんの過去もよく知らないのに、勝手に怒って、教室を出て行ったりして」
「あ、いや、私も言い方とか悪かったかもだし、ほんとに全然気にしてないから、アハハ。熊谷さんも気にしないで」
硬くうなずいて、熊谷さんは合掌し、いただきますとつぶやいた。
熊谷さんの弁当は茶色いものが多い。きんぴらごぼうとかからあげとか。いいな。
私がネギ入りの卵焼きをほおばっていると、熊谷さんが言った。
「昨日あの後、バスケ部の練習を見に行ったんだけど」
「どうだった?」
「少し拍子抜けしたけど、雰囲気はよかった。顧問の先生もバスケ経験者でしっかりしてた」
「へー。いいじゃん、いいじゃん。よかったね」
「私はバスケ部で決まりだけど、並川さんはどうなの? 部活。いい部あった?」
「フフフ。実は私も部活決めたんだよねー」
「え? ほんとに? 何部?」
「ドミノ部」
おかずのれんこんの煮物をお箸から落とし、絶句する熊谷さん。
「私も自分でもびっくりなんだけど、机の中にあったドミノ全部並べたら、お前、ドミノ部入れってすごいロン毛の男の先輩に言われちゃって。それで色々言われてるうちに私もその気になちゃって。アハハ。私って単純」
「それってもう入部届も出したの?」
「うん」
「後悔はしてない?」
「今のところは」
私がそう言うと、熊谷さんは深く息を吐いて、何かを諦めるようにうなずいた。
「並川さんと一緒にバスケやれないのは残念だけど、仕方ない。ドミノ部、がんばって」
「ありがとう」
「ドミノ部ってどこでどんな練習するんだろう。全然想像つかない。今日の放課後も活動あったりするの?」
「図書室に来るように言われてるんだー」
「図書室? なんで?」
「なんかね、どうしても入部してもらわないといけない人がいるんだって」
たしか名前は――。