未来へ向かって
体育館へ朝日がさしこむ。
並べたドミノ牌の影が伸びるのを、私は、二階のアリーナ席から見ていた。
玄武や朱雀の人たち、うちの部のOB、みんなを集めて呑神先輩がお礼を言っている。
「ほんまに助かったわ。感謝してもしきれへん。おおきに」
拍手が起こる。
「ちょうどええからここで発表させてもらうわ。今日で俺はドミノ部引退する。心残りはない。次の部長は、並川、お前や」
「へ?」
私はきょろきょろと顔を動かす。でも、私以外に並川という人はいない。
「私? え? 私ですか?」
「お前以外に誰がおんねん」
強引に引っ張られ、アリーナ席の最前列、みんなによく見える場所に立たされる。
「新部長、なんか一言」
「どうして私なんですか?」
一花ちゃんじゃなくて。言外にそう言う私を吞神先輩はせせら笑う。
「お前が一番、ドミノを楽しんでるからや。倒山よりも俺よりも。せやろ、倒山」
「はい。次の部長は七実以外ありえません」
一花ちゃんまで。
「技術や実力はあとからいくらでも身につく。やから、お前は今のまま、楽しい楽しいってバカみたいにドミノ並べとけばええねん。むずかしいことはなんも考えんでええ。ただ楽しむ。それができるお前が引っ張った方がうちは強なる」
「はあ」
「なに気のぬけた返事しよんねん。ほら、あいさつせえ」
メガフォンを受け取る。たくさんの顔が私の言葉を待っている。でも、何を言えば。
「今、部長に任命された並川七実です。急なことでとまどっています。ドミノを始めてからまだ半年ぐらいの私が吞神先輩のあとを継いで部長をするとか、正直、不安です。でも、私には一花ちゃんがいます。帰宅部の人たちもいます。だから、大丈夫です、きっと」
深呼吸を挟む。
「青龍高校ドミノ部をどうぞよろしくお願いします。昨日から今日にかけてみなさん、お疲れさまでした。本当にありがとうございました」
万雷の拍手が私の心を打つ。
そのあとは帰る人もあれば、残る人もあった。
七時半を過ぎたあたりから生徒がちらほらと登校してきた。
私たちは校舎の中のドミノを倒されないよう見張りに立ち、開会式が始まるのを待った。
全校生徒が体育館へ向かうなか、私と一花ちゃんは屋上に向かった。
空にはちぎれたような雲が少しだけ。
時刻は九時前。
体育館では今頃、全校生徒が二階席に集い、文化祭の開幕を今か今かと待ち望んでいるはず。
「もうすぐ合図が来る。七実、準備はいい?」
「うん。ばっちし」
ハンディカメラを手に私は答える。
このカメラに移す映像が体育館のスクリーンにも流れるようになっている。
体育館でどよめきが起こり、一花ちゃんのスマホが二回、振動した。
私たちはうなずきあう。
カメラをかまえ、私は息を止める。
一花ちゃんの指がドミノを倒す。
屋上をどんどん倒れていくドミノ牌。私はそれを追う。
にわかに強い風が吹いた。
けど、私たちが並べたドミノは強い意志を宿しているかのように微動だにしない。
ドミノはドミノにしか倒されないと決めているようだった。
屋上のドミノ牌はすべて倒れたが、ドミノはまだ終わっていない。
屋上から校舎の中へ、倒れるドミノ牌を追って階段をおりていく。
できるだけ手がぶれないようがんばるけど、なかなか厳しい。
廊下をひた走るドミノ。私も走る。後ろを一花ちゃんが追ってくる。
一般教棟から特別教棟へ。階を降り、また一般教棟へと連絡通路をわたって戻る。
校舎の中をどこまでも進むドミノ。
決して止まることはない。
あと五分もすれば体育館へ入る。
一年生の教室が並ぶ廊下を通り抜けたとき、ふと、春のにおいがした。
教室の中を見る。誰もいない。机と椅子が並んでいるだけの無人の教室。
いや、誰かがドミノを並べている。机の上に真っ白なドミノを。春の陽光の中で。
あの日、ドミノを並べずに帰っていたら、きっと私は今の私にはなれなかっただろう。
呑神先輩とも一花ちゃんとも出会わずに、別の誰かと出会っていただろう。
どっちがよかったかなんて比べられるはずもないけれど、間違いだったとは思わない。
春の夢想をかき消して、私は歩を進める。
ドミノはどこまでも倒れ続ける。
未来へ向かって。




