どうやら私は
校舎全部を使ってドミノを並べる。吞神狂鳴がそんなことを言い出した。私はあきれた。いくら文化祭の開幕式をド派手に演出したいといっても、これはやりすぎだ。文化祭前日はほかの部も準備で校舎内を歩き回る。そんななかドミノを並べるのは不可能だ。ということは、ある程度人が帰ってから、ドミノを並べることになる。
「一夜あればいけるやろ」
昨日のミーティングで呑神共鳴はそう言った。ドミノを並べる場所は体育館にしぼるべきという私の案は却下され、帰宅部の人たちは夜通しこきつかわれることが確定しうなだれ、七実だけが目を輝かせていた。
どうなっても知らない。そんな気持ちで文化祭前日を迎えた。体育館には山ほどのコンテナ。中身はドミノ協会から貸し出されたドミノ牌。十万枚を超えるこのドミノ牌をどうやって一夜で並べろというのか。途方に暮れていると、体育館の扉が引かれ、黒ジャージの集団が進軍してきた。
「遅いわ、ボケ」
「いや、定刻通りだ」
玄武高校ドミノ部元部長土多摩和馬を先頭に百名を超える部員がここに。そういうことか。
「私たちもいますわよ」
別の扉から現れたのは、清楚な制服をまとった女生徒の一団。朱雀高校ドミノ部だ。ほかにも青龍高校ドミノ部のOBやプロドミナーの平酒も来てくれた。精鋭のドミナーが計二百名近く集まった。これでもまだ時間内の完成は厳しいが、やれなくはない。呑神狂鳴がメガフォンを手に設計図の概要を説明し、各自、担当する場所へ散開。私は特別教棟の三階と四階のすべてを任された。
日が落ちてから二時間ほど作業し、休憩をとる。コンビニで買ってきたいちごジャムパンとカロリーメイトを食べ、作業を再開する。特別教棟と一般教棟をつなぐ連絡通路にドミノを並べていく。月光がさしているから手元が明るい。音もない。深い集中に入りこむ。
時間の感覚もなくなったころ、集中の糸が途切れ、ふと、背後に人の気配を感じた。
「つづけなさい」
母の声だった。
「はい」
選手権で優勝してからも、母とはあまり話していなかった。もともと仲がよい親子関係ではない。私と母の関係は親子というよりも師弟といったほうが正しくて、今更普通の親子に戻ることは不可能だった。
並べながら母の方を盗み見ると、母もドミノを並べていた。母の並べるドミノは、私の並べるドミノとはまるで違う。牌の一つ一つが光って見えるほどにきれいに並んでいる。呑神狂鳴でもプロの平酒でもこんなふうには並べられない。
「去年の選手権であなたが失敗したとき」
母がぽつりと言った。
「私は師として指導方針を誤ったと感じたわ。もっと人の目にさらされ、プレッシャーを感じる状況を用意し、場数を踏ませるべきだった。そう思ったわ」
私は何も言えない。
「でも、今年の選手権でドミノを並べるあなたを見て、私が用意してあげないといけなかったのは、プレッシャーを感じる場数ではなかったのだと確信しました。あなたに必要だったのは――」
足音が聞こえた。こっちにやってくる。
「一花ちゃーん、私のところ終わったから手伝うよって、わっ、一花ちゃんのお母さん」
母が涼し気に会釈する。
「娘がいつもお世話になっています」
「と、とんでもないです。むしろ私の方が助けられてばっかりで。っていうか、親子水入らずのところなんかすみません」
「いいのよ。ちょっとした気まぐれで参加しただけだから。あとはあなたたちに任せて私は帰るとするわ」
その場を離れようとした母に向かって私は言う。
「母様が私に用意しないといけなかったものなんてありません。ドミノの楽しさを教えてくれた。それだけで十分です。それだけで、私はライバルと、仲間と、七実と出会えました」
母はわずかにこちらを見返り、
「そう」
と言って、連絡通路の奥の闇に消えた。あとに残ったのは、私と七実と、月光の海に沈んでいるドミノ牌のみ。
「一花ちゃん」
「何?」
「このドミノ、間に合うと思う?」
「今のペースじゃ絶望的ね。母様も帰っちゃったし」
「やっぱり私、一花ちゃんのお母さん、呼び戻してくる」
「ちょ」
私が止めるよりも早く七実は駆け出す。いつもそう。
少しして、七実に腕を引っ張られ、母様が戻ってきた。ばつが悪そうな、それでいて照れくさそうな表情。それを覆い隠すようにクールな倒山流当主としての仮面をつけ、私に向き直る。
「この子があまりにしつこいから、最後まで手伝うことにしたわ」
「ありがとうございます」
にっこにこでお礼を言う七実。母様はあきれた顔をして言う。
「一花、あなた、いい友達をもったわね」
「ええ、まったく」
ドミノを並べてきた。途方もない数のドミノを。ときに親子で、ときに一人で、ときにライバルと、そして仲間と。失敗して挫折して、離れて、出会って、再起して、引き分けて、優勝して、また、ドミノを並べて、やっと気づけた。どうやら私はドミノが好きらしい。
倒山流を継ぐ気はないけれど、いつか私に子供ができたら、やっぱりドミノに触れさせると思う。母が私にそうしてくれたように。




