がんばりなさい
だるい。やる気が起きへん。
ドミノ選手権で優勝したこともあって、今年の文化祭、開会式でドミノを披露することになった。悪い話やない。なのに、まったく燃えへん。なんでやろ。
クラスの連中は大学受験に向けて猛勉強。俺はどないするかな。勉強したところで行ける大学なんかないやろ。なら就職か。アホ言え。俺を雇う企業なんかじきにつぶれるで、ほんま。
授業が終わり、放課後。新内が教室にやってきた。
「どうするの?」
「なんや急に」
「急じゃないわよ。もう三日も前から催促してるでしょ。文化祭で並べるドミノの設計図。そろそろ決めないと間に合わないわよ」
「ああ、その話かいな」
「ほかにどの話があるのよ。吞神君、あなた最近少し変よ。覇気がまるでなくなっちゃって。どうしたっていうのよ。まさかドミノ選手権で優勝して燃え尽きた?」
「かもな」
「あなたのドミノに対する情熱はその程度のものだったの?」
「みたいやな」
俺は席をたち、新内を残して教室をあとにした。
秋晴れの校門によく知った顔を見つける。
「部外者立ち入り禁止やで、ウチの高校」
「それは心得ている。だからこうして校門の外でお前を待っていた」
「それは行儀のいいことで。で、わざわざなんの用や? 土多摩」
「いやなに、今日学校でこんなものを渡されてな」
それは紙だった。やけど、俺ら三年にとっちゃただの紙やない。
「進路希望の紙やないか。なんや土多摩。まさかお前、俺に進路の相談するつもりかいな」
「まさか。逆だ。お前の進路の相談にのってやろうと思ってな」
「余計なお世話じゃ、ボケ」
「そういうな。俺は部活を引退した。暇だ。だから暇つぶしにお前の進路相談にのってやる」
「帰れ帰れ。帰って己の受験勉強せい」
銀杏の葉を蹴散ちらしながら、足早に土多摩の横を通り過ぎる。
「俺は以前、お前に無責任なことを言った」
「はあ?」
俺は振り返る。
「世界に羽ばたき、プロのドミナーとして活躍すべきだと言ったことがあるだろう」
「それも悪くないかもなって今は思てるで」
「嘘だな。今のお前はドミノに対する興味を失いかけている」
「な、なんでお前にそんなことわかるんや」
「わかるさ。会って目を見れば」
ガキの頃からの付き合いや。お互いのことはよお知っとる。ライバル。そんなぺらい言葉じゃ足りへんぐらいの相手。そいつが言うんなら、間違いない。俺のドミノへの熱はもう冷めたっちゅうことや。
「お前はどうなんや。大学行ってもドミノ続けるんか?」
「無論だ。そしてそこにはお前もいる」
「は? なにいうてんねん」
「吞神、俺と同じ大学を受けろ」
冗談言うなや。俺は笑いながら言う。
「受けろってお前と俺、偏差値三十は違うぞ。受かるわけあらへん」
「勉強しろ」
「なんでそこまでしてお前と同じ大学いかなあかんのじゃ」
「愚問だな。ドミノをするために決まっている」
このアホ、ため息出てくるわ。
俺はその場にうんこ座りして言う。
「なあ、志望校一つか二つ落としてくれへん?」
「ありえないな」
ありえへんか。ほんま、俺の人生、ありへんことばっかり起こるよるわ。
あきらめて立ち上がる。
「んじゃ、ボコスカ勉強したるわ。でもって、お前と俺でほかのドミナー全員ぶったおす」
「ドミノ云々の前にまずは受験に合格できるかどうかだな」
「わーっとるわボケ。ところで土多摩。玄武のドミノ部は今ヒマなんか?」
「なんだ? やぶからぼうに。まあ、選手権も終わって、みな、気が抜けていることは確かだな」
「よっしゃ、なら決まりやな」
「また悪いことを考えてるな」
「察しがええやないか」
「何年の付き合いだと思ってる? お前の考えてることなどだいたい想像はつく」
俺が史上最凶に下卑た笑みを浮かべると、土多摩はやれやれと言わんばかりに眼鏡を押し上げた。
次の日、文化祭で並べるドミノの設計図を提出したら、新内が顔面蒼白で聞いてきた。
「これ、本気?」
「本気や本気。こんぐらいせんと盛り上がらんやろ」
「うちの部の人数でこのドミノは無理だと思うけど」
「心配いらん」
「そう。わかりました」
「なんや、今日はえらい聞き分けがいいやないかい」
「一年のころからの付き合いですもの。あなたがやると言ったら、こっちが何を言っても聞かないのは知ってるわ」
軽いため息をついて、新内は問う。
「ところで、進路は決めたの?」
「ああ、なんや、担任でもないのに俺の進路、気にかけてくれとったんか?」
「進路希望調査票まだ出してないって聞いたから」
「それなら今日出したで。大学受験することにしたわ」
「そう」
「驚かへんのか」
「もう何言われても驚かないわよ。大学でもドミノはつづけるの?」
「まあな」
新内はうなずき、俺から目線を外すと、パソコンを打ち始めた。俺は言葉を探す。いや、探すまでもないねんけどな、ほんまは。何を言うべきか、そんなことはわかっとる。
「文化祭のドミノが残っとるから、引退はまだやけど、今言っとくわ。世話になった。おおきにな、新内先生」
新内は微笑して、
「がんばりなさい」
とつぶやいた。




