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|||||||||||||||ドミノ|||||||||||||||  作者: 仙葉康大
呑神狂鳴の第四章
20/27

先生をつけなさい

 負ける。最後の最後で邪魔が入った。やから負ける。

 俺は百二十パーセントのふてくされ顔で、教頭の話を聞いていた。

「吞神、夏休みの宿題をやってこなかったのはお前だけではない。しかし、お前は入学以来ただの一度も宿題を出していなかった。そうだな? 言い逃れはできんぞ。リストがある」

 この教頭は、貴重な夏休みを費やして、俺が一年のときから今日までの、未提出となっている宿題のリストをこしらえ、二学期が始まるや否や俺を呼び出し、俺が最も嫌がる嫌がらせを放とうとしている。

 教頭が俺のことをよお思ってないのは知っとった。けど、これまでは嫌味をいうばっかりで実害はなかったからほっといた。やのに、この土壇場に来てこれや。このいけ好かん痩せぎすジジイは、俺に致命傷を与えるため、じっと我慢しとったんや。

 クーラーの効きすぎた職員室で、俺は宣告を待つ。

「一度も宿題を出さずに高校を卒業できると思うな。このリストにある宿題をすべて提出するまで、吞神、お前の部活動を禁ずる」

 新内が顔色を変えて駆け寄ってきた。

「そ、それはあんまりではないでしょうか、教頭先生。ドミノ部は一か月後に大会を控えています。呑神君にとっては最後の大会で――」

「最後だろうがなんだろうが、ダメだ。嫌なことはやらず、好きな部活だけはやる。このような考えのまま当校を卒業させるわけにはいかんよ」

「それは、そうですが」

 新内の声がしぼむ。くそ。ダメ元でも反論してみるしかない。

「教頭。俺は宿題は出してへんけど、中間やら期末やらの試験で赤点取ったことは一度もありません」

「確かにどの教科も赤点を回避している。それが?」

「つまり、ちゃんと勉強はしてるんですわ。嫌なことも最低限はやってます。そこんとこわかってもらえませんか?」

「わからないな。結果よりもそこに至るまでの過程が大事なのだ。そんな基本的なこともわかっていないのか、貴様は」

 俺は舌打ちする。

「ちなみに私は一介の教師ではなく、教頭だからな。権力をもっている。例えばこのリストから君の名前を一行削除することなど造作もないが、どうする?」

 そう言って見せてきたのは、ドミノ選手権参加申込用紙に添付する、出場選手のリストだった。

「あんた、何が何でも俺の邪魔をしたいようやな」

「これは教育だ」

「あんたみたいな権力に従順に生きてきた堅物は、俺が気に食わへんのやろ」

 教頭はぎりっと奥歯を噛んだ。それから新内に目を移した。

「新内先生。あなたはドミノ部顧問でしたね。この男の処遇については今話した通りですから、宿題をすべて提出するまで部活動に参加させないように。以上」

 ここで粘ってもどうにもならへん。俺は未提出課題のリストを教頭の手からもぎとり、職員室を出て行く。すると、生徒指導の剛田が待ち構えていた。

「吞神、聞いたぞ、そして見ていたぞ。流石のお前も教頭には逆らえんようだな。ついでに体育倉庫の片付けと整理もやっておいてもらおうか」

「ざけんなボケ。お前みたいなゴリラの言うことをどうして人間の俺が聞かなあかんのや。こっちにはネタがあること忘れんな」

 脅迫のためのネタを満載に書き込んだ手帳をちらつかせると、剛田は顔をしかめ、鼻を鳴らして職員室に入って行った。それを見て新内がきょとんとした顔をした。

「教頭先生にはないの? 脅迫のネタ」

「ない。あの堅物、校則はもちろん交通ルールから社会通念上のマナーまで、どんなささいなルールも破ってない。色恋沙汰もなし、スキャンダルも不正も一切なし」

「けっこう尊敬できる人ね」

「アホ言え。ルールを一つも破らん人間なんて尊敬できるかいな」

「あなたみたいにルールを破りまくる人間もどうかと思うけど」

 今までさんざん勝手なことをしてきたツケがここにきて回ってきよった。玄武は今も練習しよる。ウチはまだ制限時間内にドミノを完成させることさえできてへん。もっともっとスピードを速めなあかん。額に汗がにじむ。

「呑神君」

「なんや?」

「そのリスト、一部コピーさせてくれない?」

「お。まさか俺の代わりにやっといてくれるんか?」

「そんなわけないでしょ。私は顧問としてあなたが毎日どのぐらい宿題をやってくるか、進捗を確認する必要があるんです」

 新内は未提出課題のリストで俺の頭を軽くはたいた。

「部活はこの宿題、全部終わらせてからよ。いいわね」

 いいも悪いもない。ソッコーで終わらせる。

 家に帰り、すぐに一年のときに出さなかった宿題からとりかかる。問題集は答えを丸写しする。それでもやばいくらいの量があり、徹夜しても結局、リストの三分の一も終わらんかった。自業自得やな。

 放課後、帰り支度をしてると新内がやって来た。

「なんや?」

「なんややないわよ。行くわよ」

「どこに?」

「教頭先生のところによ。毎日どのぐらいやったか報告しなさいって」

「めんどくさ。まだ全然できてへんぞ」

「どのぐらいやったの?」

 俺はやってきた課題を机の上に積み上げた。新内が目を閉じてうなずく。

「問題児のあなたにしてはよくやったわ。さあ、行くわよ。ついでに荷物運ぶの手伝いなさい」

 荷物と言うのは段ボール箱だった。やけに重い。中身は問題集や模試の過去問やら。俺と新内で一箱ずつ、二往復して四箱、教頭のもとに運んだ。

「で、呑神、どのぐらいやってきたんだ?」

 俺が答えるよりも早く、新内が口を開いた。

「教頭先生。彼は改心しました」

「なんだと?」

「その証拠がこの箱です」

 教頭の机の前に積み上げられた段ボール箱。中身は問題集や模試の過去問で、それらのすべてには回答が記入されていた。丸つけも終わっている。

「私がさきほど確認しました。彼は未提出の課題すべてを一晩でやってきたのです」

「なんだと、信じられん」

 俺も信じられへん。どういうこっちゃ。

「新内先生、まさか君が?」

「いいえ。私は一切手を貸していません」

 教頭が焦った様子で段ボール箱から問題集を取り出し、中身を検分する。そこには確かに俺の小汚い字が。

「たしかに、これは、吞神の字だ」

 段ボール箱の中身を漁れど、漁れど、俺の字以外は見つからない。

「驚愕だ。呑神、どんなトリックを使った?」

 そんなもん俺が知りたいわ。

「トリックじゃありません。彼は、吞神狂鳴は、ただ出し忘れていたんです」

「何だと?」

「宿題自体はやっていて、それを出すのをめんどくさがって忘れていた。もちろん、手を付けていない宿題もありましたが、それらは一晩で片づけられる量だったというわけです。ほとんどの宿題は、すでにやり終えていた。そうよね、吞神くん」

「はい」

 教頭が眉間に皺を寄せ、うなる。

「わかった。ならば、いい」

「いいとは?」

「部活動を許可する」

「だそうよ、呑神君」

「お、おお」

 俺はわけもわからないまま、職員室を出て、新内と一緒に体育館に向かって歩く。

「俺は宿題、やってへん」

「そうね」

「お前がやったんか、新内。あの量を、一晩で? 筆跡まで真似て?」

「そんなこと不可能でしょ。夏休みの間にやったのよ。教頭が裏でコソコソ動き回ってるのには気づいていたから」

 俺は立ち止る。

「なんでや? 俺を助ける理由なんかないやろ」

「あるわよ」

 振り返り、言う。

「私はドミノ部顧問だもの。それに、見てきたから」

「何を?」

「三年間、あなたがドミノを並べる姿を。帰宅部の子たちがいないときは、一人で、体育館の隅っこで、毎日毎日、飽きもせず。その情熱を勉学にかけてくれたら、どんな大学でも受かるのにって何度思ったことか」

「勉強は好きやない」

「あなたに関してはそれでいいわ」

 新内は諦めたように晴れ晴れと言う。

「高校最後のドミノ選手権。最後ぐらい、土多摩君に勝ちなさい。じゃあ私、明日の授業の準備があるから」

 去り行く背中に向かって俺は言う。

「新内、えらい助かった。おおきに」

「先生をつけなさい、先生を」

 わかっとるわ。そんなこと、わかっとるんじゃ、ボケ。でも、今さら新内先生なんて気恥ずかしくて呼べるかい。

 でも、そうやな、卒業するまでに一度ぐらいは、呼んでやってもいいかもしれへん。

 息を長く長く吐く。

 さあ、練習や。


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