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|||||||||||||||ドミノ|||||||||||||||  作者: 仙葉康大
並川七実(なみかわななみ)の第一章
2/27

報われない

 二階席まである立派な体育館で、入学式。

 座ったり、立ったり。号令に従いまくる。

 偉い人の挨拶を聞く。内容全然入ってこない。

 校歌を歌う。事前に楽譜はわたされてたけど、まだうろ覚え。

 入学式のあとは、教室に戻ってホームルーム。

 担任が黒板に名前を書いて、自己紹介を始めた。

「ん?」

 隣の男子が変な声を出した。なにやら机の中をのぞきこんでいる。

 私も自分の机の中を探ってみる。え? 何かたくさん入ってる。なんだろう。

 一つ手に取る。

 四角いプラスチック製の何か。

 大きさは麻雀のはいぐらい。いや、麻雀の牌よりは薄いか。模様も何もなし。

 他の子たちの机の中にも同じものが入っていたようで、教室騒然。

「まったく。またあの問題児の仕業だな」

 担任の先生が教卓に手をついてうなだれた。

 そのときだった。

 突然のピンポンパンポン!

「マイクテス、マイクテス。ウェイウェイッ。どや、聞こえとるか? 聞こえとるな、一年のぼんくらども。新入生のお前らにめちゃくちゃ大事なお知らせや。耳かっぽじってよお聞けや。お前らの机の中にドミノ入れといてやったから、それ並べろ。全部並べきるまで帰んな。全部やぞ。わかったか、ボケ」

「こらっ、呑神のがみ、お前何しとるか」

「見てわからんのか? 校内放送しとんじゃボケ」

「やめろ。今すぐにだ。おい、聞いとるのか。呑神っ」

 ドアを叩くような音がバンバン聞こえる。

「生徒指導の先公がうるさいからここらへんにしとくわ。以上、青龍高校ドミノ部部長、呑神狂鳴のがみきょうめいでした、いててて、おいこら、耳ひっぱんなや」

 ぶちっ。放送が乱暴に途切れ、はりつめる教室。

 佐藤先生が小さくため息をついた。

「よし、じゃあ、気を取り直してホームルーム続けるぞ」

「先生、このドミノ、どうすればいいですか?」誰かが尋ねた。

「あー、そのまま机の中に入れておいてくれ。あとで呑神が回収しに来るだろう」

 ホームルームが終わり、放課後になると、教室はドミノの話題でもちきりとなった。

 なんでも、呑神という先輩はとにかくやばい人らしい。大阪育ちでイカれてる。

 男子の内の何人かは遊び半分でドミノを並べていたが、飽きて部活見学に行ってしまった。

 私は持ち前の明るさを武器に手当たり次第にクラスメートに話しかける。

 ラインに友達を追加しまくっていると、一人の女子が話しかけてきた。

「私、熊谷曜子くまがいようこっていうんだけど」

「あ、はじめまして。並川七実です」

 熊谷さんは女子にしては長身で、肩幅も広く、体格ががっしりしてる。

「並川さん、間違ってたらごめん。中学のとき、バスケしてた?」

「うん、してたしてた」

小龍中しょうりゅうちゅう?」

「え、すごい。アタリ。なんで知ってるの?」

「やっぱり。見覚えあると思ったんだ。私もバスケしてたんだ。子亀中こがめちゅうで」

「あ、子亀も強いよね、バスケ部」

「小龍ほどじゃないよ。ウチは県大会どまり。去年も県大会の決勝で小龍とあたって負けた」

 そういえば、子亀にすごくでかいセンターの子がいたような。

「熊谷さんってポジション、センターだった?」

「うん。並川さんは?」

「ポイントガード。でも、万年補欠だったからなー。みんなうまいのなんのって」

「小龍バスケ部は毎年全国大会に出場してる強豪。補欠でもすごい」

「ありがと」

 バスケの話、まだ続くのかな。話をそらすきっかけ作りに、ドミノを一つ、立ててみる。

「高校でもバスケ、やるよね?」

「え?」

「やらないの?」

「うーん、どうなんだろうね。アハハ。自分のことなのに他人事」

 もう一つドミノを並べてみる。あれ? これ意外と楽しいかも。

「なんで? 小龍で三年間やってきたんでしょ? うちの高校ならすぐにレギュラーとれるぐらいの実力はついてるはずでしょ」

「アハハ。そうだといいんだけどね」

「他に入りたい部活がある?」

「いや、そういうわけでもないんだけど」

「ならどうして?」

 熊谷さんはストレートに言葉を発する。裏表のない人なんだな。素敵だな。

 私は、熊谷さんの言葉をのらりくらりとかわしながら、机の上にドミノを並べていく。

「バスケ部に入って一緒に全国目指そう」

 ここまで言ってもらって、ちゃんとした答えを返さないのはさすがにダメだよね。

「ごめん。バスケ部には入らない」

「なんで?」

 私は並べたドミノを指ではじき、とびきりの笑顔を作る。

「努力しても報われないから」

 並べたドミノがすべて倒れ、熊谷さんが真顔になる。

「そんなこと、ない。努力は報われる」

「うん。熊谷さんの努力は報われると思う。がんばって。応援してる」

「並川さんの努力だって報われる」

「アハハ。熊谷さんはやさしいね」

「やさしいとかじゃない。私は本気で――」

「うん、でも無理かな。私、もうがんばらないって決めちゃったんだ。無駄なことするより楽しいことしたいなって思って」

「努力もがんばるも無駄なことだっていうの?」

「そうだよ」

「何それ。もういい」

 熊谷さんは顔を真っ赤にして、息荒く、大股で教室を出て行った。

 さてさて。

 立ち上がり、伸びをする。机上には倒れたドミノ牌。

 ――努力は報われる。

 熊谷さんの吐いた正論がまだ耳に残ってる。

 教室にはもう誰もいない。私と熊谷さんの舌戦に恐れおののき、みんなどっか行っちゃった。

 一人になると、思い出す光景がある。

 早朝の誰もいない体育館。延々とフリースローの練習をしている女の子。

 誰か早く言ってあげればよかったのに。そんなに練習しても試合には出れないよって。

 もうバスケはしない。

 高校三年間めいっぱい使って、楽しいことをするんだ。

 そうだ、まずは、さっきちょっと楽しいって思ってしまったこれをやってみよう。

 私はひとり、牌を手に取る。


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