報われない
二階席まである立派な体育館で、入学式。
座ったり、立ったり。号令に従いまくる。
偉い人の挨拶を聞く。内容全然入ってこない。
校歌を歌う。事前に楽譜はわたされてたけど、まだうろ覚え。
入学式のあとは、教室に戻ってホームルーム。
担任が黒板に名前を書いて、自己紹介を始めた。
「ん?」
隣の男子が変な声を出した。なにやら机の中をのぞきこんでいる。
私も自分の机の中を探ってみる。え? 何かたくさん入ってる。なんだろう。
一つ手に取る。
四角いプラスチック製の何か。
大きさは麻雀の牌ぐらい。いや、麻雀の牌よりは薄いか。模様も何もなし。
他の子たちの机の中にも同じものが入っていたようで、教室騒然。
「まったく。またあの問題児の仕業だな」
担任の先生が教卓に手をついてうなだれた。
そのときだった。
突然のピンポンパンポン!
「マイクテス、マイクテス。ウェイウェイッ。どや、聞こえとるか? 聞こえとるな、一年のぼんくらども。新入生のお前らにめちゃくちゃ大事なお知らせや。耳かっぽじってよお聞けや。お前らの机の中にドミノ入れといてやったから、それ並べろ。全部並べきるまで帰んな。全部やぞ。わかったか、ボケ」
「こらっ、呑神、お前何しとるか」
「見てわからんのか? 校内放送しとんじゃボケ」
「やめろ。今すぐにだ。おい、聞いとるのか。呑神っ」
ドアを叩くような音がバンバン聞こえる。
「生徒指導の先公がうるさいからここらへんにしとくわ。以上、青龍高校ドミノ部部長、呑神狂鳴でした、いててて、おいこら、耳ひっぱんなや」
ぶちっ。放送が乱暴に途切れ、はりつめる教室。
佐藤先生が小さくため息をついた。
「よし、じゃあ、気を取り直してホームルーム続けるぞ」
「先生、このドミノ、どうすればいいですか?」誰かが尋ねた。
「あー、そのまま机の中に入れておいてくれ。あとで呑神が回収しに来るだろう」
ホームルームが終わり、放課後になると、教室はドミノの話題でもちきりとなった。
なんでも、呑神という先輩はとにかくやばい人らしい。大阪育ちでイカれてる。
男子の内の何人かは遊び半分でドミノを並べていたが、飽きて部活見学に行ってしまった。
私は持ち前の明るさを武器に手当たり次第にクラスメートに話しかける。
ラインに友達を追加しまくっていると、一人の女子が話しかけてきた。
「私、熊谷曜子っていうんだけど」
「あ、はじめまして。並川七実です」
熊谷さんは女子にしては長身で、肩幅も広く、体格ががっしりしてる。
「並川さん、間違ってたらごめん。中学のとき、バスケしてた?」
「うん、してたしてた」
「小龍中?」
「え、すごい。アタリ。なんで知ってるの?」
「やっぱり。見覚えあると思ったんだ。私もバスケしてたんだ。子亀中で」
「あ、子亀も強いよね、バスケ部」
「小龍ほどじゃないよ。ウチは県大会どまり。去年も県大会の決勝で小龍とあたって負けた」
そういえば、子亀にすごくでかいセンターの子がいたような。
「熊谷さんってポジション、センターだった?」
「うん。並川さんは?」
「ポイントガード。でも、万年補欠だったからなー。みんなうまいのなんのって」
「小龍バスケ部は毎年全国大会に出場してる強豪。補欠でもすごい」
「ありがと」
バスケの話、まだ続くのかな。話をそらすきっかけ作りに、ドミノを一つ、立ててみる。
「高校でもバスケ、やるよね?」
「え?」
「やらないの?」
「うーん、どうなんだろうね。アハハ。自分のことなのに他人事」
もう一つドミノを並べてみる。あれ? これ意外と楽しいかも。
「なんで? 小龍で三年間やってきたんでしょ? うちの高校ならすぐにレギュラーとれるぐらいの実力はついてるはずでしょ」
「アハハ。そうだといいんだけどね」
「他に入りたい部活がある?」
「いや、そういうわけでもないんだけど」
「ならどうして?」
熊谷さんはストレートに言葉を発する。裏表のない人なんだな。素敵だな。
私は、熊谷さんの言葉をのらりくらりとかわしながら、机の上にドミノを並べていく。
「バスケ部に入って一緒に全国目指そう」
ここまで言ってもらって、ちゃんとした答えを返さないのはさすがにダメだよね。
「ごめん。バスケ部には入らない」
「なんで?」
私は並べたドミノを指ではじき、とびきりの笑顔を作る。
「努力しても報われないから」
並べたドミノがすべて倒れ、熊谷さんが真顔になる。
「そんなこと、ない。努力は報われる」
「うん。熊谷さんの努力は報われると思う。がんばって。応援してる」
「並川さんの努力だって報われる」
「アハハ。熊谷さんはやさしいね」
「やさしいとかじゃない。私は本気で――」
「うん、でも無理かな。私、もうがんばらないって決めちゃったんだ。無駄なことするより楽しいことしたいなって思って」
「努力もがんばるも無駄なことだっていうの?」
「そうだよ」
「何それ。もういい」
熊谷さんは顔を真っ赤にして、息荒く、大股で教室を出て行った。
さてさて。
立ち上がり、伸びをする。机上には倒れたドミノ牌。
――努力は報われる。
熊谷さんの吐いた正論がまだ耳に残ってる。
教室にはもう誰もいない。私と熊谷さんの舌戦に恐れおののき、みんなどっか行っちゃった。
一人になると、思い出す光景がある。
早朝の誰もいない体育館。延々とフリースローの練習をしている女の子。
誰か早く言ってあげればよかったのに。そんなに練習しても試合には出れないよって。
もうバスケはしない。
高校三年間めいっぱい使って、楽しいことをするんだ。
そうだ、まずは、さっきちょっと楽しいって思ってしまったこれをやってみよう。
私はひとり、牌を手に取る。