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|||||||||||||||ドミノ|||||||||||||||  作者: 仙葉康大
呑神狂鳴の第四章
19/27

世界

 ドミノにはまったんは、小四の夏。八月三十一日、夏休みの最終日に開かれたドミノイベントで、俺のクラスは、隣のクラスにボロクソに負けた。なんで夏休みの貴重な一日、それも最終日に市の複合体育館に集められてドミノやらされなあかんねんって不平不満言いながら並べたドミノやった。俺らの、だらしのない、ゆがんだドミノは、途中で何度も止まったのに対して、土多摩が指揮したクラスのドミノは一度も止まることなく、全倒した。結果、土多摩は体育館のステージで賞状もらい、ドミノ並べに一番不真面目やった俺は、同じクラスの奴等から負けたのはお前のせいだと言われた。そいつらは半殺しにした。

俺はスポーツでもゲームでも土多摩に負けたことなんてなかった。やから、どうしてもその一敗が心に残った。土多摩は土多摩で俺に勝ったことに気をよくし、さらにドミノにのめりこんでいった。負けたままで終われん俺もドミノを始めた。でも、小学生ドミノイベントに参加できるのは小四だけで、次の年は参加できへんかった。それから、俺と土多摩は知ることになる。毎年秋、市の複合体育館で開催されているドミノ選手権のことを。

 同じ中学に進んだ俺と土多摩は、当然ドミノ部に入った。団体戦できるほど人数おらんかったから、個人戦に出た。小四のころから研鑽を積み重ねとった俺らの実力は抜きんでてて、中学三年間とも、ドミノ選手権中学の部の決勝は俺と土多摩の対戦やった。でもって、決勝はいつも俺が勝った。三連覇や。やった。瞬間はそう思ったけど、残ったのは虚しさだけやった。結局のところ、俺は土多摩に一度も勝ててへん。団体戦で。

「今年も負けそうや」

 机に向かってつぶやく。時刻は零時を回り、夏休み最終日。選手権で並べるドミノの設計図はまだできてへん。アイデアの枯渇と人数の制約。あーもうっ。だんだん土多摩に腹が立ってきた。何がお前はプロになって世界にはばたけや。プロになるためにドミノやってるんちゃうぞ。お前に勝つためにやってんねん、こっちは。プロも世界もくそくらえじゃ。だいたい、世界レベルのドミナーと渡り合えてる日本人なんか、倒山流の師範ぐらいやろ。えぐいからのう、世界は。

 世界。

 閃いた。これや。これしかない。ペンを走らせる。牌の数を概算する。目血走らせながらキーボード叩きまくる。カーテン越しにわかる。窓の外が白んできた。でもできた。

 設計図ができたら、その設計図が実現可能なものなのか、一回並べてみんとあかん。今日は夏休み最終日。並川と倒山も八時過ぎには部活に出てくる。俺はカロリーメイトくわえて、設計図握りしめて家を出る。自転車をこいで、こいで、こいで、学校へ。早朝の学校はしずかで、運動部もまだ来ていない。夏休み最終日やしな。今日は休みっていう部も多いか。

 体育館の鍵をとりに守衛室に行くと、守衛のおっちゃんが首を横に振った。

「体育館ならもう空いてるよ」

「もう? そうですか。えらいすんません」

 誰が使っとるんやろ。まさか。いや、まさかな。まだ七時にもなってないのに、ありえへん。

 体育館に行くと、そこには、早朝の薄い光の中で、牌を並べている二人の姿があった。俺の足音に気づき、こっちを見る二人。

「おはようございますっ、先輩」

 ポニーテールの元気な方が言った。

「おはようございます」

 髪の長い、怜悧な方が言った。

 俺は乱れたロン毛を手でくしゃくしゃにしながら、そっぽを向いて言う。

「並川に倒山。なんやお前ら、こんな早くからやりよったんか?」

「そうですっ。ほめてくださいっ、先輩」

「言っときますけど、最初からじゃありませんよ。朝早く来るようになったのは、朱雀高校と試合をしてからですから」

「朱雀と試合してなんか変わったんか?」

「わかっただけです。今の私たちじゃ、朱雀にも玄武にも勝てないって。いいとこ引き分け」

「でも、私たちが成長して、吞神先輩がすんごい設計図作ってくれたら、勝てますよね? ね?」

「並川、お前は相変わらずうっさいのう。まあ、その通りやけどな」

 少しだけ肩が軽くなる。こいつらはこいつらでものを考えよんのやな。俺は設計図のコピーを一枚ずつわたす。

「これが俺らが選手権で並べるドミノの設計図や」

 並川はよくわかっていない様子だが、倒山の方は目を見開いた。

「これ、本気ですか?」

「なんや。なんか文句あるんか?」

「制限時間内にできるとは思えません」

「こんぐらいせんと玄武には勝てん」

「無理筋です」

「無理ではないやろ。お前が本気出して、並川が覚醒して、帰宅部が普通に仕事して、俺が絶好調やったら」

 額に手を当てうなだれる倒山に対し、並川は目を爛々と輝かせている。

「担当は? 私の担当はどこですか?」

「お前はそうやな、『富士山』やれや」

「なら私は『自由の女神像』ですか?」

「せやな。俺が『万里の長城』で、帰宅部が『ピラミッド』」

「先輩、私、この夏休みでドミノ花火覚えたんですよ。『富士山』のバックにどでかい花火咲かせてもいいですか?」

「ええで。やれやれ」

「ちょ、七実、何言ってるのよ。こんなのただでさえ時間がないのに、追加で花火なんか」

「いや、ええアイデアやから採用する。選手権まであと一か月あるんや。何度も練習すれば、何とかなるやろ」

「何とかならなかったら?」

 倒山は、実力があるだけに、このドミノの難易度をわかってる。俺も同じや。ウチの人数じゃありえへん量の牌を五時間いう制限時間の中で並べんといけん。しり込みしたくなる気持ちもわかる。でも。

「倒山、お前はもう少し自分を認めや」

「人間には限界があります」

「でも、努力には限界がない。お前、うまれてこのかた、何億個牌を並べてきた?」

 倒山が押し黙る。

「最初からできんできん思い込んでると、できるもんもできんようなるで」

 倒山が浅く息を吐いた。俺は手を叩く。

「よっしゃ。時間ないで。とりあえず今日は時間気にせず完成させることが目標や」

「はいっ」

「はい」

 離散して、体育館の隅から牌を並べ始める。離れてても、牌の音でわかる。並川も倒山もこの夏休みでドミノが変わった。いい方向に。ようやくかいな。ようやく、土多摩に勝てる。勝利の予感がにじんできた瞬間、気を引き締める。何勝った気でおんねん、アホ。まだや、まだ足りんやろ。というより、なんか大事なことを見落としとる気がする。俺は設計図を完成させたし、倒山はイップスを克服したし、並川はたぐいまれなる成長を遂げた。なのになんやろ。勝利を予感すればするほど、不安がこみ上げてくる。特に並川。並川が視界に入るたんびに不安が強くなる。あかん。考えても結論でんことは考えんに限る。今は牌を並べることだけに集中や、集中。

 日が昇り、落ち、夜に包まれた体育館で、俺たち三人は小さな歓声をあげた。

 ドミノの完成は俺のアホみたいな不安を吹き飛ばした。今さら臆病風に吹かれてどないするねん。俺は誰や。吞神狂鳴やぞ。勝つ勝つ。勝つに決まっとる。このドミノが負けるはずない。俺らが負けるはずない。というか、これで負けるなら誰がやったって、土多摩率いる玄武には勝てん。

「でも、よく思いつきましたね。世界の名所名跡をドミノで表現するなんて」

 倒山がなんとはなしに俺に言った。

「昔馴染みの馬鹿にな、世界にはばたけ言われて、なんやその勝手な言いぐさって腹立って、んでもって閃いたんや」

「世界に興味がない?」

「お前まで俺に世界目指せ言うんか?」

「いえ、先輩の実力じゃ世界なんて到底無理ですよ」

「言うやないか」

「でも、もう一人、先輩並の人がいれば、チームとしてなら、世界でも通用するかもしれません」

 俺は肩を落とす。今さら気づく。俺がほしかった言葉は、世界に羽ばたけやなかったんやな。俺は土多摩に、一緒に世界で勝負しようって言ってほしかったんや。まあ、そんなこと今さらわかってどうにかなる話でもなし。

 勝つ。それだけや。


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