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|||||||||||||||ドミノ|||||||||||||||  作者: 仙葉康大
呑神狂鳴の第三章
17/27

玄武高校ドミノ部副部長

 あかん。まったく思い浮かばん。

 机の上に散乱しているのは、ドミノの設計図案。どれもこれもボツ。ボツやボツ。選手権当日にどれだけがんばろうが、設計図の段階でいいものができとらんと勝たれへん。頭かきむしる。っていうか今何時や。カーテンをびゃっと開く。まぶしっ。なんやもう昼かいな。

 部屋を出て居間を抜け、台所に立つ。ヤカンで沸かしたお湯をカップ焼きそばにぶちこむ。三分待つ。ソースかけてまわぜあわせ、青のりかけてできあがり。クーラーガンガンに効かせた部屋で音立てて麺すする。

 腹もいっぱいになったし、行くか。部屋着のままサンダルつっかけて外へ。途中、自販機でファンタグレープ買って飲みながら、スマホで電話をかける。

「新内、お前いまヒマやろ」

「呑神君。呼び捨てはやめなさいと何度言ったらわかるの? あと先生はいそが――」

「十五分で玄武高校まで来いや。一秒でも遅れたら、校内放送であのこと言いふらす。わーったな」

「あのことってどのことよっ」

 通話を切り、うだるような暑さの道を行く。なんちゅう暑さや。四十度ぐらい行っとんちゃうか。あー、もうはよ夏終われや。いや、終わったらあかん。まだ設計図もできてないっちゅうのに。

 街中を抜けて、坂をのぼる。玄武高校の正門が見えたそのとき、背後からクラクションの音がした。ピンク色のタント。新内の車や。俺は乗せてもらおうと車体を叩く。おもむろに窓が下り、運転席の新内がこっち向いて言う。

「先、行ってるから、早く来なさいよ」

「乗せていかんかい、ボケ」

 瞬間、タントは急加速し、俺は粉じんに咳き込む。ただでさえ暑苦しいのに、あのアマ、絶対許さへんからな。残りのファンタを一気飲みし、走り出す。

 ようやく玄武高校の正門にたどり着いたときには、体中の水分がアホほど枯渇しとった。炎天下に坂なんて上るもんやないな。夏休み中、ずっと部屋こもってドミノの設計図作りよったから体力落ちとるわ。視界がかすむ。木陰に倒れこむ。

「もう、だらしないわね」

 頬に冷たい感触。熱が奪われ、気分もいくらかマシになる。かすんでいた視界が鮮明になり、新内の顔が見えた。俺の頬に缶ジュース押し当て新内は言う。

「熱中症だけは勘弁してよ」

「こんぐらいで熱中症になんかなるかい」

 プルタブを開けると、シュッと炭酸の抜ける音。あご上げてのど鳴らして飲む。カルピスサイダーか、これ。

「ねえ、いきなりこんなところに呼び出して何なの?」

 やっぱアホやな、こいつ。玄武高校に来る理由なんか一つしかあらへんやろ。

 カルピスソーダはまだあるが、道中に飲んでいたファンタはすでに空。空き缶なんて持っといてもしゃあないから放り捨てる。新内が注意するよりも先にホイッスルの音が刺すように響いた。

「そこの不審者。校内は、校外もですが、ポイ捨て禁止です。拾いなさい」

 えらそーに俺に指図しながら、早足で俺のもとに近づいてくるその女を俺はよく知っていた。腕章を巻いた腕を伸ばし、俺を指さし、そいつは言う。

「生徒から不審者が木陰に倒れこんだと通報を受けてきてみれば、まさかあなただったとは。しかし、私に見つかったのが運の尽き。ポイ捨てした空き缶を拾い、すみやかに玄武高校の敷地内から立ち去りなさい」

 一番会いたくない奴に会ってもうた。

「行くぞ、新内」

「帰るの?」

「アホ言え。帰れ言われて帰るアホがどこにおんねん。ついてこい」

「行かせません」

 両腕をめいっぱいに広げて、仁王立ちするチビ女。髪が真夏の微風にそよぐ。一点の曇りもない黒目が俺を捉える。

「これ以上の勝手は、この私、玄武高校風紀委員長律田利夏りったりかが許しませんよ」

「風紀委員長? そんな学校の犬みたいな肩書突きつけらえてもこっちはなんとも思わへん」

「ゴミを拾いなさい」

「いやや」

「拾いなさいよ。ほら」

 新内が俺のケツをひっぱたく。

「いったいのお」

俺はケツさすながら渋々拾う。

「おい、風委委員長、ごみ箱はどこや?」

「玄武高校にはあなたに使わせるゴミ箱はありません。ゴミは持ち帰ってください」

 だるいのう。歩き出した俺に向かって律田が言う。

「どこ行くんですか? 正門はあっちです」

「体育館に用があんねん」

「まさかウチの練習を見学しに来たのですか?」

「見学ちゃう。そんな甘ったるいことしてられるかいな。偵察や偵察。偵察に来たんや。去年のドミノ選手権団体の部優勝の玄武高校様の練習を拝みにきたんや」

「きょ、許可は?」

「許可なんてとったら、それ偵察ちゃうやろ」

「帰ってください。私たちは選手権に向けて真剣に練習しているんです」

「アホっ」

 俺は叫ぶ。

「こっちだって真剣や。真剣に偵察に来たんや、ボケっ。もういい。お前じゃ話にならん」

 スマホを取り出し、電話をかける。

「おう、俺や。せや。俺、俺。今からお前んとこの練習、偵察しに行くわ。ええよな? おしっ。お前んとこのうるさいのに絶賛からまれとるから、お前の方から言ってやってくれや。ほれ」

 俺はスマホを律田にわたす。

「もしもし、え? 部長ですか? はい、はい、はい。でも、いいのですか? はい、はい。くっ。はい、わかりました」

 しかめっ面で俺にスマホを返し、言う。

「部長の許可が出ました。ご案内します」

「案内なんかいらへんけどな」

「あなたを校内に野放しにしておくわけにはいきません」

「ほんと、ごめんなさいね」

「あなたも教師ならもっと厳しく指導したらどうなんですか?」

 今度は新内を攻撃し始めた。新内はまるで焦らへん。

「指導してどうにかなる生徒じゃないのよ、彼」

「それは、確かに。大変ですね」

「卒業までの辛抱よ。早く三月にならないかしら」

 女どもが軽口を叩きながら俺の後ろをついてくる。うざったい。もうちょい静かにできへんのか、ほんま。

 玄武高校の体育館はウチの倍、バスケコートが四面もある。こんなにあっても使われへんやろ。あほらし。玄武高校ドミノ部の歴史は長い。こんなご立派な体育館を学校側に用意してもらえてんのは、ドミノ選手権で十回以上優勝してるから。部員の人数も百を超える大所帯。今は十人ずつの小隊に分かれて練習しよる。ドミノを並べている隊もおれば、ミーティング中の隊もおる。みなさん目が真剣で。ウチの帰宅部の連中とは大違いやな。

 ステージの上から全体を監督していた土多摩がこっちに気づいた。体育館の真ん中を突っ切ってきて、俺に向かって一言。

「暑いな」

「ほんまにな」

「おおかた、選手権で並べるドミノの設計図ができなくて、気分転換も兼ねてウチの偵察に来た、そんなところだろう?」

「ちゃうわ」

 ほんまはまったくその通りやけど。

「むしろ逆や。玄武高校のドミノがしょぼすぎてウチの相手にならへんのやないかって心配になって見に来たんや」

「さすが、朱雀高校と引き分けた高校は言うことが違う」

「耳が早いのう、土多摩。んでもってバカにしとるやろ、ウチと朱雀の両方を」

「いや、舐めてなどいない。ウチの優勝を阻むとすれば、青龍か朱雀だろうからな」

「お言葉ですが部長。あり得ません。朱雀はともかく、青龍がウチに勝つなど」

 律田が口を挟んできた。俺は舌打ちする。

「お前が俺を嫌いなのはわーったから、黙っとけや」

「いいえ、黙りません。そもそも吞神狂鳴。あなたはもっとちゃんとするべきです。そのロン毛は何ですか。短く切りなさい。髪は耳にかからない程度にして、ひげも全部剃る。猫背をやめて背を伸ばす。しゃべる言葉も、って聞いてるのですか」

 さっき新内にもらったカルピスサイダーの缶を握る。腹は決まった。選手権で勝つために俺が今すべきこと。俺はおもむろにカルピスサイダーの缶を放った。缶が床にぶつかった瞬間、残っていた中身がこぼれ出た。白濁色の液体がじわりじわりと体育館の床に広がっていく。

 律田の形相が鬼と化す。

「拾え。そして拭け。ピカピカになるまで掃除しろ」

 俺は無視して練習風景を眺める。

「このっ。どうして部長も黙ってるんですかっ。神聖な体育館にこんなっ」

「ごたごたうるさいのう」

 俺はわざと声を荒げて言う。

「そんなに俺に言うこと聞かせたいんやったら、ドミノで勝負せえや」

「何を」

「お前が勝ったら、掃除でもなんでもしてやろうやないかい」

「私が負けたら?」

「今後俺に口出しすな」

「いいでしょう。部長もそれでいいですね?」

 土多摩は眼鏡を押し上げてうなずく。止めるか思うたけど、止めへんのやな。

「勝負の内容は?」

「あー、お前が一番得意なドミノでええで」

「なめてるんですか?」

「こっちのセリフや。俺を誰や思てる? 吞神狂鳴やぞ。言ってとくけどな、ハナからお前に勝機なんぞあらへんからな」

「二度とそんな口きけなくしてやります。一円ドミノで勝負です」

 おもろいやないか。

「ええで。見届け人はそうやな、土多摩、頼むわ」

「それはいいが吞神、心してかかることだな。ウチの副部長は強いぞ」

 体育館中央に勝負のためのスペースが設けられた。一円玉がぎょうさん入った箱を受け取り、俺と律田は相対する。

「制限時間は三十分。より多くの一円玉を並べたものの勝ちとする。はじめっ」

 箱に手を入れ、一円玉を握れるだけ握る。重心を探りながら、一円玉を床に立てていく。少しでも傾けば倒れる。百二十パーセント集中せえへんと一円玉なんて立てられへん。

「あ、倒れたわ」

 せっかく並べた一円玉三枚が一瞬で倒れた。俺は笑うてまう。一方、律田は一円玉を順調に並べていっとる。俺は自分のドミノそっちのけで立ち上がり、律田の様子を観察する。集中力は並川とは比べものにならんぐらいある。全盛期の倒山にやや劣る程度の技術もある。あかん。想定外や。こいつがこんなに成長しとったなんて。去年は脅威でも何でもなかったのに、今年のこいつはあかん。ウチの勝機がなくなる。

 深々とため息をつく。ぎろりと律田が俺をにらむ。

「いいんですか? 並べなくて。負けますよ」

「俺が土多摩以外に負けるわけあらへんやろ。むしろお前の方がもっと本気出さんと負けるで」

「いいでしょう。あなたの誘いにのってあげます。あなたがどれだけこちらの戦力を探ろうと、優勝するのはウチですから」

 律田が目を見開く。一円玉を並べるスピードがわずかに上がる。また上がる。ミスはしない。こいつ。俺は思わず舌打ちしそうになる。こりゃ、あんまりのんびりしとったら、ほんまに俺、負けてまうぞ。

「吞神。お前はウチの副部長をなめすぎだ」

「おあいにくさまやな、土多摩。俺は何も律田だけをなめとんちゃうのや。お前以外のドミナー全員をなめくさっとんのじゃ」

 とは言っても負けたらシャレにならへんから、一円ドミノを再開する。まずは一枚並べる。もう一枚並べる。その繰り返し。並川のアホ以上の集中力で、倒山のバカ以上の技術で、ドミノを並べていく。これだけは負けられへんのや。俺にはこれしかないさかい。指がようやく目覚めてきた。

「よっしゃ、ウォーミングアップ終わり」

「なっ」

 律田がこっちを見た。俺はもう律田の方は見いへん。あいつの実力はすでに見切った。ウチが玄武倒して優勝するのが絶望的なこともわかった。なら、あとは簡単や。勝てばええ。実力差なんぞひっくり返して、絶望なんぞ払拭して、ただ勝てばええ。シンプルすぎるわ、ボケ。

 三十分後、勝敗は誰の目に見ても明らかになった。

 土多摩が律田の肩を叩く。

「よくやった」

 律田はうなだれたまま、顔を上げへん。俺はポイ捨てしたカルピスサイダーの空き缶を拾い、雑巾を借りて床をきれいに拭き取る。すると律田がつぶやいた。

「どうして? あなたは勝ったのに」

「別に。ええドミノ見せてもろうた礼や」

「わ、私を、バカにしてるんですか?」

「アホ。わけわからんわ。バカにする理由があらへん」

「だってこんな、大差で」

 そう、律田は負けた。それも大差で。律田が並べた一円玉の枚数は五十八枚。俺は百十九枚。倍以上の差をつけて俺の勝利。しかも俺が本気出したんは途中から。やけど、そんなん些細なことや。

「何をそんなに悔しがっとんのか、知らんけどなあ、誇ってええで」

「ぼろ負けした私に何を誇れと言うんですか」

「俺が本気出して、勝負を途中で投げ出さへんかったのは、お前で三人目や。他の奴らはみーんな途中で諦めてギブアップ。最後の最後まであきらめず並べ続けたお前はすごいで、ほんまに」

「このっ、どこまで人を馬鹿にすればっ」

 平手打ちを止めたのは、土多摩だった。

「そこまでだ、律田副部長」

「どいてください、部長。それか、私の仇を取ってください」

「無茶を言うな。俺はこの男に勝てん。だが、それは個人戦の話だ」

 玄武高校ドミノ部の全員が手を止めた。

「去年も一昨年もわが玄武高校は、この男、ドミノ界の異端児吞神狂鳴率いる青龍高校に圧勝した。なぜか」

 誰もが答えを待つ中、土多摩は言った。

「お前たちのおかげだ。個人戦であれば、ここにいる誰もこの男に勝てはしない。しかし、団体戦であれば、ここにいる誰もがこの男に勝利できる。今年もウチが勝つ。今日の練習はここまで。各自、撤収作業ののち、自由解散とする」

 はいっという声のそろった返事が体育館を揺らした。

 くそが。まんまと敵の士気あげさせてもうた。

「吞神」

 土多摩が近づいてきた。

「なんや?」

「このあと時間あるか?」

「アホか。こっちはまだ設計図できてへんのや」

「久しぶりにウチのコロッケ、食いたくないか?」

 俺はため息をつく。

「しゃーないのう」

 新内のバカが律田と意気投合し、俺の悪口をいいまくっているのを横目に、俺は土多摩と肩を並べて体育館をあとにした。


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