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|||||||||||||||ドミノ|||||||||||||||  作者: 仙葉康大
倒山一花の第三章
15/27

倒す練習

 ドミノを並べれば並べるほど痛感する。私はもう最後の一牌を並べることができない。最初の一牌は普通に並べることができる。途中も問題ない。何千でも何万でも並べていける。でも、ドミノを完成させる、最後の一牌だけは、指が震えてしまう。あの日、選手権で勝っていたらこんな状態にはなっていなかったはず。私の代わりに優勝したあいつは、今もドミノを続けているだろうか。今さら、そんなことが気になる。当時はどうでもよかった。決勝の相手だというのに、私はあいつのドミノに何の興味も抱かなかった。勝負だという意識さえなかった。自分が負けるなんてありえない、だって、私は倒山流の娘で、それまでの人生をドミノだけにささげてきた。母や祖母にならともかく、倒山流でもない、遊びでドミノをやっているような連中に負けるはずがない。そう思っていた。けれど私は負けた。自分に負けた。

 夏休みの注意事項が書かれたプリントが前から回ってきた。一枚受け取り、後ろへ回す。教室は冷房がよく効いていて、窓の外にはやや灰色がかった入道雲。担任が抑揚のない声でプリントの要点を説明する。明日から夏休み。部活以外、特に予定はない。花火祭りもプールも登山も海水浴も興味ない。予備校や塾に通って勉強をがんばるという気もない。母は勉学に関して何も言わない。どれだけいい点数を取ろうと、どれだけ悪い点数を取ろうと、褒めもしないし、けなしもしない。母はドミノ以外に興味がない。何かを極めるには代償を支払わなければならない。母はドミノ以外を捨てたのだ。だからこそ、日本ドミノ界のトップ、倒山流当主の名に恥じないドミノを披露できる。私たちはどうだろう。ウチの部はこのままじゃドミノ選手権で優勝できない。何かを得るには、何かを捨てなければならない。あの男、呑神狂鳴は夏休みをどう使う気なのだろう。

「毎日練習あるのみや」

 放課後、体育館のステージ上。二十名ほどの全ドミノ部員を集め、呑神狂鳴はそう言った。

「文句あるやつおるか?」

 帰宅部部長の生駒さんが中途半端に手を挙げた。

「毎日はちょっと困ります」

「なんや。なんか予定でもあるんか?」

「塾の夏合宿やコミケ。それにせっかくの夏休みだから積みゲーや未読の本を消化しておきたいので」

「わーった。なら帰宅部の連中は来れるときだけでええ」

「ええっ?」

 七実が素っ頓狂な声を出した。無理もない。あの呑神狂鳴が帰宅部の要求を呑むなどこれまであり得なかったことだ。当の帰宅部の人たちも逆に驚愕している。

「何の罠ですか? これは」

 怯え切っている生駒の肩を呑神狂鳴はポンと叩く。

「一言で言うと、お前らには伸びしろがないねん。死ぬほど練習するのと、それに見合った技術が身に着くかは別物や。お前らは選手権当日、いつも通りの力を発揮してくれればええ」

「その点は安心してください。ぼくらはドミノに何の愛着もありませんから。選手権だろうと何だろうと、緊張しないし、アガったりもしません」

 帰宅部がうなずく。

「よしっ。また選手権が近づいてきたら、招集かけるからな。そのときは、四の五の言わんとすぐさま駆けつけいや。わーったな、ぼんくらども。ほんじゃ解散」

「やったー、今日から夏休み。一花ちゃん、海行こう。で、夜は商店街の夜市に行くの。きっと楽しいよ」

「何どさくさに紛れて帰ろうとしとんねん、並川」

 呑神狂鳴の長い腕が七実の後ろ首をつかむ。

「やっぱり私たちは毎日練習、ですよね?」

「たりまえや。お前ら二人が夏、どれだけ伸びるかが勝負や。ウチの部の勝算なんてな、ハナからお前らにしかないんや」

 七実はともかく、私に関して言えば、これ以上練習を重ねたところでドミノがうまくなるとは思えない。むしろ最近は、ドミノを並べれば並べるほど、どんどん下手になっている気さえする。

「おい、聞いとんか、倒山」

「聞いてませんでした。何ですか?」

「お前らの夏休みの練習メニューや。並川は今まで通りひたすらドミノを並べる」

「はいっ」

「で、倒山。お前には、ドミノを倒す練習をしてもらおか」

「は?」

「やから、お前は並川が並べたドミノを倒せ言うとんねん」

「そんなことに何の意味が?」

「それは自分で考えんかい、ボケ。ええか? 倒すだけやぞ。並べたりすなや。並川。お前はドミノが倒れ始めたら、すぐに連鎖を止めや。倒山は並べるんやなく、倒す。で、ヒマなときは並川を指導せえ。以上」

 言い切り、出口へ向かう呑神狂鳴。

「え、ちょっとちょっと、せんぱーい。先輩は一緒に練習しないんですかー?」

「俺は他にやることあんねん。夏休みもほとんど来れん思っとてくれ。熱中症にならんよう水分補給だけはきっちりせえよ。じゃあな」

 残された私と七実。バスケ部とバレー部ももういない。ミーティングだけして帰ってしまったのだ。七実が口を開く。

「じゃ、やろっか」

「そうね。時間が惜しいわ」

 ステージ横の器具庫からコンテナをたくさん引っ張り出す。ドミノ牌がぎっしり詰まっていて重たい。いつもはステージで活動してるけど、今日はせっかくなのでコートの方を使う。七実が牌を並べていく。私はただそれを見守る。

「倒さないの?」

「まだ早いでしょ。もう少し並べたら倒すわ」

「でもほんと、先輩、変なこと言うよね。倒す練習をしろだなんて」

「頭がイカれてるのよ、きっと」

「アハハ。一花ちゃん、それ暴言」

「そこ微妙にズレてるわよ」

「え? どこ?」

「ここ」

 七実が顔を低くして、牌を凝視する。

「ほんとだ」

 一ミリ以下の小さなズレ。でも、ドミノはまっすぐに並んでいた方がいい。もちろん、ドミノで美しい曲線を描けば、単純な直線よりも高い評価を得る。けれど、ほとんどのドミナーは直線さえまともに並べることができない。七実はだんだん口数が減っていって、完全な集中状態に入った。その瞳は無我の境地を思わせる。この子の集中力だけはすごい。一人で同じ作業を繰り返すことを何ら苦に思っていないのが伝わってくる。けれど、技術はまだまだ私に及ばない。集中力だって、私よりもムラがあるし、視野が狭くなっている。視野の広さと集中力を両立させてはじめて、大勢でドミノを作ることができる。教えることは多そうだ。

 私は足音を殺して移動し、七実が最初に並べたドミノ牌をそっと倒した。カタカタカタカタカタカタとドミノが倒れていく。

「わっ、あっ、あーーーっ」

 急いで七実が駆けてくる。ドミノが倒れていく、その連鎖を止めるべく牌と牌の間に手を差し入れる。ぴたり、とドミノは止まり、無音が体育館に響いた。一息ついて七実が言う。

「予告とかしてよー」

「それじゃ止める練習にならないでしょ」

「あ、そっか」

 外が暗くなるまで七実はドミノを並べつづけ、私は幾度となく牌を倒した。

時刻は午後七時をむかえ、私たちは片づけを始める。体育館全域に散らばったドミノ牌を片づけながら七実が言う。

「明日から夏休み。楽しみだなあ」

「毎日練習なのに?」

「なんか予感がするんだ」

「どんな?」

「成長の」

 そう言って笑う七実に私はあいまいな笑みを返すことしかできなかった。成長の道は七実にだけ開かれている。私にあるのは、停滞の予感だけ。


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