朝練
青龍高校バスケ部は県大会準決勝で、強豪の白虎高校に敗れた。
スコアは17―89。大差だった。
バレー部も全国大会には進めなかったので、朝の体育館はずいぶんと静かになった。
朝練に来ているのは、私ひとり。
どうせなら広くスペースを使おう。ステージだけでなく、コートにもドミノを並べていく。
熊谷さん、落ち込んでないといいけど。
昨夜、お疲れ様とLINEでメッセージを送ったけど、返事はなかった。大丈夫かな。
ドミノを並べていく。集中するにつれて雑念が消え去り、心が凪のような状態になる。
「並川さん、おはよう」
「わっ」
急に背後から声をかけられてびっくり。振り返る。
「熊谷さん」
体操服を着て、バスケットボールを小脇に抱えている。
「どうしたの? 今日も朝練?」
「ううん、今日は答え合わせをしに来たの」
熊谷さんはさびしそうに笑って言う。
「並川さん、もう一度、私と1on1で勝負してくれない? 今度は本気で」
私はこの前も本気だったと言おうとして、やめた。勘づかれているのなら無意味だ。
ジャンケンで最初に攻める方を決める。私が勝ったので、ボールをもらう。
細かくドリブルを突いて、鋭く切り込む、と見せかけて、ミドルシュート。
ボールは大きな弧を描いて、リングに当たることなく、ネットに吸い込まれる。
次は熊谷さんが攻める番だ。私は手堅く守る。ディフェンスは得意だ。
熊谷さんはシュートのフェイクを入れてドリブルで強引に突破しようとした。
私は焦らずに対処する。フェイクは見え見えだった。
ドリブルのリズムが乱れた刹那を狙って、ボールを手ではじく。
熊谷さんの攻めは失敗に終わり、再び私が攻める番。
ミドルシュートを警戒して、熊谷さんは距離を詰めてきた。
ゆったりとボールをつきながら横に流れていき、クロスオーバーで一気に抜き去る。
レイアップシュート。入った。
つづいて熊谷さんのターン。
大柄の彼女が放ったミドルシュートは、リングに当たり、リバウンドを私が制した。
再び私が攻める。チェンジオブペースからのフェイダウェイで綺麗に決める。
これで3―0。あと二本取れば私の勝ち。
だけど、熊谷さんは息を切らして、その場に倒れこんだ。
「やっぱり、全然強い」
「ごめん」
「いいよ。本気出さなかったのは、大会前の私を気遣ってのことだと思うし。小龍中でベンチに入ってたんだもんね。私なんかが敵うわけない」
「フィジカルでは熊谷さんの方が圧倒的だよ」
「フィジカルだけ強くっても強豪校には勝てない。昨日もそうだった。私の方が身長もあるし、体格もいいのに、白虎のエースを全然止められなかった」
白虎高校バスケ部は、インターハイ常連だ。
そこのエースはちょっとやそっとのディフェンスじゃ止まらないだろう。
「どんだけがんばっても、環境ってあるよね。毎年全国大会に行くような学校には、やっぱり敵わない」
「そんなこと――」
ないとは簡単には言いきれない。
「高校に入学したばかりの頃は、卒業するまでに全国制覇するぞって意気込んでたけど、昨日、わかった。ウチは全国制覇どころか、予選も突破できないって」
熊谷さんが上体を起こした。気が抜けたような顔で言葉を継ぐ。
「なんか吹っ切れたし、これからは努力なんてせず、楽しむことを目標にしようかな。がんばっても報われないだろうし」
努力は報われない。
そのことは、中学時代、一度も試合に出れなかった私が一番よくわかってる。
「それもありかもね」
「否定しないんだ」
「まあ、熊谷さんの言うことも一理あるかなって」
熊谷さんがゆっくり立ち上がる。
「並川さんが高校ではバスケ部に入らなかった理由、今なら理解できそうな気がする。私も大学では全然別のサークルに入るかも」
「そっか」
この人を止める言葉を私は持っていない。
「じゃあ、私、教室行ってる。朝練、がんばって」
去り行く熊谷さんに私は言う。
「よかったら」
振り返る熊谷さん。
「よかったら、私が並べたドミノ、見てみない?」
「倒すの? 見る見る」
ステージに行き、蛇のようなドミノのしっぽに触れようとして、思いとどまる。
「熊谷さんが倒して」
「いいの?」
熊谷さんの骨ばった指がドミノを押し倒した。
次々と倒れていく。軽快に。
ステージを埋め尽くしていたドミノは、数十秒ですべて倒れてしまった。
熊谷さんが拍手する。
「すごい。あっと言う間だったけど、すごかった」
「ありがとう」
「この後どうするの? 片付けするなら手伝うよ」
「うーん、まだ時間あるから、また一から並べよっかな」
「全部倒れたのに、また一から?」
「うん」
私ははにかみながら言う。
「まあ、並べても、結局はまた倒しちゃうんだけどね」
熊谷さんは思うところがあったのか、重たい声音で訊いた。
「虚しくなったりしないの? 並べて倒しての繰り返しなんて」
「ならないよ。並べるの楽しいし、倒れるところ見るのも楽しいし、それに、全部倒れちゃったとしても、残るものはあるから」
私が熊谷さんに1on1で勝てた理由。中学三年間が私に残したもの。
「報われないけど、無駄でもないよ、きっと」
私がそう言うと、熊谷さんは一人うなずいて、ボールをつき始めた。
「まだ時間、あるよね?」
「うん」
「私も朝練していく」
「うん」
朝日差し込む体育館で、私たちは朝練をする。
ドリブルの音が響く中で、カタリ、という小さな音とともにドミノが立つ。
まだ、時間はある。




