ドミノ部始動
放課後の体育館。
バスケ部やバレー部がウォーミングアップをするなか、ステージの上に突っ立っとるのは帰宅部の冴えん男ども。俺もステージに上る。
「なんや、並川と倒山はまだ来とらんのか?」
一様にうなずく帰宅部連中。帰宅部部長の生駒がぼそっとつぶやく。
「入部するの、やめたんじゃないですか」
「んなわけあるかい。やめる理由があらへんがな」
「いくらでもあると思いますけど。先輩のことが怖くなったとか、ほかの部活に入りたくなったとか」
「ありえへん。少なくとも俺のこと怖がるような雑魚ちゃうねん、あの二人」
にしても遅い。まさか並川のバカ、集合場所を忘れたとかやないやろな。そんなことを思っていると、体育館の後方出入り口からひょっこりと並川が顔を出した。後ろには倒山もおる。
「遅いぞ、一年っ。こっちや、こっち。はよ来い」
「いやー、すいません、ホームルームが長引いちゃって」
ステージに二人が上がってきた途端、帰宅部の連中はそれぞれ思い思いの方向に目線をそらす。ほんま、コミュ障の集まりやで、こいつら。
「じゃ、始めよか。まずは新入部員、自己紹介せえ」
あごでしゃくると、並川が勢いよく手を挙げた。
「はいっ。並川七実です。ドミノは全然初心者ですけど、がんばります。ドミノ部に入ろうと思ったきっかけは、入学式の日、机の中にドミノがいっぱい入ってて、それ全部並べたら、呑神先輩にお前はドミノ部に入れって言われちゃって、アハハ。ちなみに中学ではバスケやってました。あとは、あ、家で犬飼ってます。柴犬です。名前はムギって言ってとってもかわいいんですよ。ほら、これ見てください。かわいいでしょ」
スマホを見せびらかす並川。画面には飼い犬の写真が映っている。
「そうだ。みなさん、ライン教えてください。ムギの写真送ります。あ、写真より動画の方がいいかな。そもそも犬嫌いだから要らないって人いたりします?」
「もうええっ。しゃらくさい。飼い犬のことをべらべらと。いつまでしゃべんねん。次」
「倒山一花です。よろしくお願いします」
「もっとしゃべらんかいっ。ドミノ歴とか趣味とか、並川ほどじゃなくてももうちょいあるやろ」
「別にありません」
「一花ちゃんチすごいんですよ、立派な日本家屋で、庭にドミノがあるんです。あと、一花ちゃんは動物が好きで、昨日もウチのムギをすごくかわいがってくれて」
「七実、黙りなさい」
倒山が並川の口を押さえる。
「ひょーひて(どうして)?」と並川が口をつままれたまま言う。
「こんな得体の知れない人たちに私の個人情報知られたくないもの」
そんなことを言われても、帰宅部の奴らは何も言わへん。無気力で根暗なコミュ障の集まりやからしゃーないか。
「次、二年、自己紹介せえ」
帰宅部連中は顔を見合わせて、辛気臭い沈黙を生み出すばかり。
「ああもうっ。じれったいのう。おい、生駒、お前帰宅部代表して自己紹介せえ」
「はあ」
生駒はやる気なさげに首をかきながら、うつむき加減にぼそぼそとしゃべりだした。
「二年の生駒です。ぼくら帰宅部は呑神先輩のパシリもとい奴隷としてドミノ部の活動にたびたび駆り出されます。でも、正式な部員ではなく、あくまで帰宅部です。だからドミノに興味とかないですし、やる気もありません。でも呑神先輩が怖いので、呼ばれたときは真面目に活動します。一年生の君たちにこんなことを言うのは忍びないけれど、あまり僕らを頼らないでください。困ったときは、顧問の新内先生を頼るといいと思います。あの人、しっかりしてるので。以上です。先輩、もう帰ってもいいですか? 塾が――」
「何ぬかしとんねん。今日ぐらいドミノ並べていかんかい」
「やる気がないなら、帰らせてあげればいいんじゃないですか」
倒山が厳しい目をして言った。前までドミノなんかもう並べん言うてた奴がよお言うわ。
「大丈夫や。こいつら、やる気はないけど腕は確かやから。それに、ドミノやるにあたって半端なやる気なんてむしろ逆効果なのは、お前も知っとるやろ」
「それはそうですけど」
「先輩、ドミノどこですか? 早くドミノ並べましょうっ」
「ドミノならそこの倉庫の中や」
聞くや否や並川はステージ横の倉庫にすっ飛んでいき、ドミノ牌が死ぬほど詰まったコンテナボックスを運んできた。が、最後の最後でよろけて中身をぶちまけた。
「何やってるの。ケガは?」
「私は大丈夫。わあっ。ごめんなさい。今全部戻します」
「戻さんでええ。むしろもっとコンテナもってこい。んでもってぶちまけろ。今日は倉庫の中のドミノ全部並べるまで帰さへんからな」
帰宅部連中の顔がみるみるうちに青くなっていく。
「何ボサッと突っ立っとんねん。はよ、取りかからんかい」
ようやく動き始める帰宅部。倒山が俺を見る。
「先輩、このメンツじゃ、ドミノ選手権、団体優勝はできませんよ。もしかして、はなから個人での成績しか眼中にないんですか?」
「バカ言え。逆や。個人部門なんて眼中にない。今年こそウチが団体で優勝する。そのためのお前らや。あと、お前の目にうどう映っとるかは知らんけど、帰宅部の奴ら、やるときゃやるで。やらんときはやらんけど」
さっそく並川と帰宅部がドミノを並べ始めた。犬のようにはしゃいで動き回っていた並川も、いざドミノを並べだすと集中しとるし、帰宅部連中は黙々とお互いの邪魔にならんよう距離を取ってドミノを並べている。
「お前も並べんかい」
俺がそう言うと、倒山はすました顔でドミノを手に取り、一つずつ、帰宅部の二倍、並川の三倍のスピードで、帰宅部よりも並川よりも綺麗にドミノを並べていく。
「よしっ。倒山のダブルラインが本線や。他は支線になるよう倒山の本線につなげや」
「本線? 支線? ダブルライン?」
「並川、うろちょろせずにはよ並べんかい。遅れとるし、後ろ人おるぞ」
並川は自分のドミノを並べるのに夢中で他の奴が並べたドミノを倒してしまう。
「何やっとんねん。はよ止め」
「はいっ。やっ」
なんや、止めるのはそれなりに早いやん。一度ひどい目にでもあったんか。
「ふーっ。どう一花ちゃん? もう昨日みたいにドミノ止めようとしてドミノ倒すなんてことはないんだからね」
「その程度のストップの速さで胸を張られても反応に困るというか、もう少し早く止めれないの?」
「がんばる」
「前向きさがまぶしい」などと帰宅部はぶつぶつ呟きながらも手は休めずドミノを並べ続ける。この調子やとあと一時間もせんウチにステージはドミノでいっぱいになる。そしたらバスケ部かバレー部追い出すか。そんなことを考えていたのも束の間、並川が倒す、倒す、倒す。
「並川ア、もっと周りをよく見んかい、ボケ。倒山はもうちょい工夫せえ」
「こんな狭いスペースで工夫も何もないでしょ」
「そりゃ二次元の話やろが。俺はコンテナに手をつっこみ、牌をぎょーさん握りしめ、倒山が並べたドミノの上にさらにドミノを組んでいく。
「三次元でドミノ並べんかい、ボケ」
「三次元も使うならもっとちゃんと準備すべきです。構想を描いてからじゃないと――」
「構想っちゅうのは並べならが描くもんや」
「そんな行き当たりばったりじゃ失敗します」
「したらええやないか、失敗。また並べればええだけの話や」
「それじゃ優勝できません」
えらい優勝にこだわっとるな。
「優勝するために失敗せえ言うとんねん。失敗しないように並べとるだけじゃ限界来るで。ちゅうか来とるで。お前のドミノ、ここで頭打ちになってええんか?」
倒山が唇を噛む。俺はドミノを上へ上へ組み上げていく。手を伸ばし、つま先立ちになり、それでも届きそうにない高さまで組み上げたドミノを、人差し指で押す。バシャラバシャラと立体ドミノが崩壊していく。牌が降りしきる中、俺は倒山に向かって言う。
「つまらんドミノすな。品行方正なドミノしたいんなら、家にこもって倒山流当主のかあちゃんの言うことだけ妄信しとけばいいねん。でも、お前はここにおる。ウチの部に入部した。俺のやり方が気に食わんなら、自分のやり方でやらんかい。倒山流に逃げんなや」
うつむく倒山。
「一花ちゃんは逃げてないです」
思わぬところからの反論に俺は思わず「ハア?」と言う。
「倒山流は一花ちゃんが努力して身につけた流派です。それを使って何が悪いんですかっ。大体、先輩が一番並べてないじゃないですか。並べた思ったら全部崩しちゃうし、はっきり言ってこの中で一番足引っ張ってるの、先輩ですからね」
「上等やないか、ボケ。わかった。本気出すわ。お前ら全員対俺でええで。どっちがぎょーさん並べるか勝負や」
「望むところです」
「はいっ、ケンカしないのっ」
パンッ、パンッと手の叩く音が聞こえた思たら、その先にはウチの部の顧問である新内が立っとった。
「なんやババア。なんか用か?」
「ババアじゃありません。はい、これ、一人一枚とって」
わたされた紙には「四ツ神商店街プロモーション動画案」とタイトルがふってあり、格式ばった文章でなにやら色々と書いてある。
「ウチの実家、四ツ神商店街の中にある和菓子屋なの。商店街では、これからは時代に合わせた宣伝をしていこうって話が持ち上がってて、プロモーション動画を撮ってユーチューブで流すことが決まりました。そこであなたたちの力を借りたいんだけど、どうかしら?」
「商店街にドミノ並べるってことですか?」
並川が興奮気味に尋ねた。新内がうなずく。
「商店街を貫くような巨大ドミノの製作を依頼したいの。もちろん、まだ決定じゃないけど、今日これから商店街連合会会長さんのところに行って、そこで正式に依頼される形となるわ」
「すごい。やりましょう、先輩」
「せやな。悪い話やない。並川の経験にもなるし、ゆるみきった帰宅部どもを叩き直すいい機会や。倒山、お前どう思う?」
「こんな狭い場所で練習するより断然いいと思います」
「よし。ここすぐ片づけて、商店街行くで」
「あの、僕、塾が――」
「知るか、んなもん。生駒、お前勉強できるんやから、この機会に塾なんてやめてまえや」
俺はドミノをコンテナにしまいながら首をひねる。商店街のプロモーション動画に使う巨大ドミノ。なんやろな。ええ話のはずなのに、なんか引っかかる。
学校を出て、市の中心に位置する四ツ神商店街に向かう。
時刻は午後十八時過ぎ。
帰宅中の学生やサラリーマンが多なってくる時間帯。
四ツ神商店街の入り口には人だかりができている。
「なんや、あれ」
商店街の通りの入り口を封鎖するように黄色い巨大看板が置かれている。生駒が淡々と看板を読み上げる。
「立ち入り禁止、Keep Out、ただいま作業中って書いてありますけど」
「まさか」
俺は息せき切って走り出す。看板ずらして警備に立ってた男二人押しのけて商店街の中に入る。アーケードの下では、黒いジャージを着た大量の学生たちが、軍隊のごとくドミノを並べて行っていた。
「四番隊、ペースが遅れている。九番隊はもっと丁寧に並べろ。補給班、三番隊と五番隊に牌の補給、急げ」
メガフォンを持って指示を出していた男がこちらを見やり、眼鏡をくいっと上げる。
「遅かったな、呑神」
「えらいご機嫌に指揮とりよるやないか、土多摩」
せやった。こいつの実家もこの商店街にあるんやった。
「こらっ、お前、部外者立ち入り禁止だ」
出入口の警備をしていた学生たちが俺を囲む。
「かまわん。青龍高校ドミノ部の方たちだ。中に入れてやれ」
「はいっ、部長」
きびきびと動く学生たち。ウチの帰宅部連中とは大違いやな。建造中の巨大ドミノも完成まであと数時間っちゅーところや。
「わあ。何ですか、これ。見て、一花ちゃん、ドミノが迷路みたいにずーっと続いてる」
「玄武高校」
俺の横に並び、倒山が言った。
「まあ、お前は知っとるわな」
「私も知ってます。玄武高校って市内の高校で、ウチのガッコより頭いいところですよね」
「せや。んでもって、昨年、一昨年のドミノ選手権団体の部の覇者」
「二連覇。すごいっ」
「すごい、というほどのことではない」
土多摩が言った。
「青龍高校ドミノ部の諸君。あいさつが遅れて申し訳ない。玄武高校ドミノ部部長土多摩和馬だ。四ツ神商店街のプロモーション動画の制作。この案件はウチが受注させてもらった。君たちの出る幕はないが、勉強のために見学だけでもしていくといい」
「え? え? どういうことですか、先輩」
「先越されたっちゅーだけの話やろ。こいつの家、あそこにある肉屋やし」
牛のかわいらしい看板の店を指さす。その隣の本屋、の隣の和菓子屋が新内の実家。
「ご名答だ、呑神。そちらの顧問の新内先生には悪いが、ウチがやった方が商店街にもいい結果となる」
「それはどうやろな」
「この商店街の全長は二百九十七メートル。これだけの空間を速やかにドミノで埋めるには、総勢三十名にも満たない青龍高校ではダメなのだよ。いくら呑神一人が速く並べようと、一人では限界がある。それに比べてウチの部の部員数は百名を優に超えているし、ドミノ選手権二連覇という実績もある。どちらがこの案件に適しているかは明白だ」
俺はせせら嗤う。
「けど、お前、出入り口封鎖しとるやんけ」
「それが何だ?」
「巨大ドミノ完成するまで客は店に入られへん。俺らなら、出入り口なんか封鎖せえへんでも巨大ドミノ並べれるで」
「無理だな」
「無理かどうか、やってみせよか?」
「いや、その必要はない。もう完成だ」
まるでその声を待っていたかのように黒いジャージに緑の腕章をつけた生徒たちが土多摩のもとに集い、口々に作業完了の報告をした。
「各隊ご苦労」
そう言うと土多摩は、作業を眺めていた大人たちのもとに行ってしまった。
「これからドミノ倒しますかね?」
「並川。お前はいつも楽しそーでええのう」
「だってこんなでかいドミノはじめて見るんですもん。あ、倒れ始めたっ」
ドミノがカタカタと音を立てて倒れていく。カメラマンがドミノを追う。俺らも通りの端を歩いてドミノについて行く。カラフルな色とりどりのドミノ牌は、各店の前で倒れ、その店が扱っている商品のイラストを浮かび上がらせる。楽器店の前ではギターのドミノ絵が、時計屋の前では古時計のドミノ絵が、和菓子屋の前ではいちご大福のドミノ絵が顕現した。
「ドミノ絵、すごい」
並川ははしゃいでいるが、倒山は何も言わない。
ドミノは立体交差もなんなく突破し、商店街の各店の前を駆け抜けていく。ところどころにドミノ絵も配置して、見ている人を飽きさせない。最後には、通りの幅いっぱいを使った、「四ツ神商店街へようこそ」というドミノ文字が現れて終了。拍手が沸き起こる。
「見たか、呑神。これがウチの実力だ。今年の選手権も優勝はウチで決まりなのだよ」
土多摩の勝利宣言に俺は顔をしかめる。
「認めるわ。確かにすごい。けどなあ、ウチだって去年までとは違うからな。今年は超大型ルーキーが入部したんやから」
「倒山流の娘か。だとしてもなんの問題もない。個人の部はともかく、ウチの団体優勝は揺らがない」
俺はクックと笑う。
「お前、何を勘違いしとんねん。俺が言いよる超大型ルーキーっちゅうのは、あいつや。ほら、今、倒山と一緒におる、あの犬っぽい女の方や」
「見ない顔だな」
そりゃそうや。ドミノ界において並川はまったくの無名。
「あいつは、俺やお前、倒山すら超えるドミナーになる」
「お前にそこまで言わせるとはな。いや、ないな。ただのはったりだろう」
「そう思いたいならそう思っとったらええ」
土多摩の視線を背中に感じながら、俺は部の連中を連れて商店街を出て行く。
空には切れ味鋭い三日月。
ドミノ選手権まであと百五十三日。




