8.バディ制度と頼られたい私
寮の自室に戻ってきて、ベッドに腰掛け一息つく。何だか今日は凄く疲れてしまった。いっそこのまま夕食の時間まで休んでしまおうかと思ったが、依頼のアンケートの提出期限は明日までだ。ショルダーバッグにしまっておいた用紙を取り出して眺める。
「後回しにしてもいいことなんてないし、先に済ませちゃうか……」
私は机に移動し、アンケート用紙に回答を書き込んでいく。
その間ずっと頭の片隅にあったのはカイトの発言で。それは確かに同じバディかもしれないけれど、やはり彼女たちと私たちでは違うよなあと思った。
そもそもバディ制度自体、助ける側にはあまりメリットがない制度なのだ。それを特別な理由なく引き受けてくれている彼にこれ以上迷惑をかけたくない。というかできれば、こんな他人様に迷惑をかけるような制度自体利用したくはなかった。
「とはいえこの制度のおかげで助けられてるのも確かなんだけど」
苦笑気味に呟く。
バディ制度とは、何らかの理由で学園生活を送ることが難しい生徒に、バディとして支える生徒を斡旋するものであり。大抵は助けられる側の不自由度によって助ける側も制限をかけられる。それなのに少し内申が良くなるだけで対価があるわけではないから、大変なだけで旨味の少ない役割だと言われている。
例えば、耳が聞こえない生徒がいたとする。この場合バディになった人はその生徒の代わりに話を聞いて、筆談などの方法でかの生徒に伝える必要がある。嘘などは御法度だし、なるべく相方の生徒から離れてはならないのだ。
「そういえば本当なら私も二人部屋で生活する予定だったんだよね。結局一人部屋になっちゃったけど」
実は私はバディになる予定の人と相部屋になるはずだった。というのも基本的にバディ同士は離れない方がいいとされているので。
そういうこともあって、バディに選ばれる相手は原則同級生であり同性でなくてはならないという決まりがあったりする。そしてなるべくなら専攻も同じ方がいいらしい。
「でも、私の場合は……」
しかし、規則には必ず例外が存在する。私の場合、制約解除が必要なのでどうしても魔法使いに頼む必要がある。その点から専攻が異なってしまうのは仕方がない。
それはまあいい。問題はそれ以外にも条件があったことだ。入学時点で既に制約解除ができるほど、魔法の技術を持ち合わせている新入生であること。この点がかなりネックだった。
バディを請け負ってもいいと言ってくれるような魔法科志望の人自体が少ないのに、その中でも上位の成績の新入生は既にお相手がいる人ばかりで。該当者が見つからず、私は一時期入学を諦めかけたほどだった。
「それだけできる魔法使いの卵が、わざわざ面倒な制度に立候補するわけないのはある意味当然なんだけど」
それでも家族に言われてぎりぎりまで粘っていたところ、学園から手紙が届いたのだ。新たにバディに立候補した新入生がいると。その新入生であれば制約の一時解除が可能であると。
私は喜んだ。次の文章を読むまでは。
『ただし、その新入生は男性です。それでも良いでしょうか』
「あれを読んだときはつい慌てて小鳥になっちゃったんだっけ」
あのときは同性じゃなくていいのかとか、男の子と上手くやっていけるのかとか色々と考えてしまって、不安になった結果つい制約を発動してしまった。
でも『上手くやっていけるのか』なんて考えている時点で私の中で答えは決まっていたのだ。この機を逃してはならないと、私は速攻で了承の旨を書いた手紙を学園に送った。
「だからカイトには感謝してるんだ。私がここで学ぶチャンスを作ってくれたのは、間違いなく彼だから」
その相手にどうしてこれ以上頼ることなどできようか。
むしろ我が儘を言ってもいいのなら、私こそカイトに頼られたいくらいなのに。
「ああ、でもそれなら……」
そういう意味なら、私もサーシャさんとアンナさんの関係性が羨ましいと思える。持ちつ持たれつの関係に私とカイトもなれたのなら……。
そこではっとなる。考え事に没頭していたせいで記入する手が止まっていた。私は一度伸びをすると、改めてアンケート用紙に集中した。
次の日のお昼休み。私は受付……依頼報告カウンターの前に立っていた。依頼番号を伝え、アンケート用紙を担当の女性に手渡す。
「確かに受け取りました。これにて依頼完了となります」
女性は近くの棚から硬貨を取り出すとトレーに置いた。そしてそれを差し出す。
「報酬金と違約金を合わせて百六十五メルをお支払いいたします。ご確認ください」
「えーと……確かにありますね。ありがとうございます」
硬貨を受け取り、ぺこりとお辞儀してその場を立ち去った。
依頼所を出て、今は教養科の校舎の渡り廊下を歩いているところだ。教室に向かいながら、さて予定は……と手帳を眺めながら歩く。
それによると、今日の午後の授業は経済からとのことで。また同時に課題のレポートの提出日が今日であるとも書かれていた。
一応レポートは自分なりに考えて上手くまとめられたと思うのだが、教師に見てもらうとなるとやはり少し不安だった。頓珍漢なことを書いていないといいのだが。
そんな風によそ事を考えながら歩いていたのが悪かった。私は向かいからやって来た誰かとぶつかってしまう。
「おっと。ごめんね、大丈夫?」
「わっ! ……ご、ごめんなさい! ちょっと考え事をしていて……って」
見上げるとそこには煌びやかな金髪の……まさに王子様といった風貌の青年がいた。私は思わず後ずさる。
「……ロンドさん。どうしてここに」
「あはは。その態度、ちょっと傷つくなあ」
「僕も一応教養科なんだけどな」と苦笑いしながら話す彼。私は若干警戒しながら彼に応対する。
「そういえばそうでしたね。失礼しました。それでは私はこれで……」
「『魔力漏れを起こすと小動物になる制約を掛けられている生徒』」
私がそそくさとその場を立ち去ろうと口に出した言葉は、あっさりとロンドさんに遮られる。
言われた言葉など無視してさっさと通り過ぎればよかったのに、私は立ち止まってしまった。吐息まじりの声が漏れる。
「え……」
「その生徒って君のことだろう? ルチル・アルベットさん」
ばっとロンドさんの方を見る。何で、何でそのことを彼が知っている?
しかしすぐに正気に戻った。と同時に後悔する。こんな態度を取ったら、それが事実だと認めているようなものじゃないか。
実際彼はおかしそうに笑っていた。
「本当に素直な子だね。少しくらい取り繕わないと、この先生きづらいと思うよ?」
「……」
何も言えない私を放って彼は続きを話し始める。
「まあ僕もたまたま君が小鳥になるところを見て知っただけだ。誰かに言いふらすつもりは特にない。ただ、一つ言うことを聞いて欲しいだけで」
「……何ですか?」
私は警戒度を上げる。この前依頼を受けさせようとした件と言い、彼は一体何を私にさせたいのだろうか。内容によってはこの場から逃げ出すことも考えなくては。
一体どこに逃げようかときょろきょろと周りを見渡す。やはりここは中庭の方に行くしか……。
ロンドさんはその様子を見ても全く動じず、告げたのは。
「要はさ、今度政治関連のスピーチ大会があるんだけど。不安だから練習しようかなと思っててさ。その聞き役になってくれないかなって」
「え?」
言われた内容に驚いてそちらを見やると、口元に笑みを浮かべつつ、その両目は真剣そのもののロンドさんがこちらをじっと見つめていたのだった。