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6.巨大鴉との戯れ

「アンナ、やはり彼の思っていることはわかりませんか?」


 突然サーシャさんが振り返ってアンナさんに尋ねた。アンナさんはそれを受けて、巨大鴉……リアムさんに目を向けた。

 現在の使役科は、魔力の波長を対象の動物と合わせて彼らと対話すること。それを念頭に置いて授業を行なっている。一般的な動物は魔力が微量な傾向があるから、波長を合わせるだけなら魔力が少ない方がいい。実際アンナさんはあまり魔力が多くないそうだから、動物と波長を合わせる……所謂『念話』と呼ばれる方法が得意だと聞いたことがある。

 対してサーシャさんは魔力を全く持たない。ということは念話も使うことができないということで。動物と対話するときはアンナさんに頼りきりになってしまうと、前にサーシャさんが寂しげに語っていたのを思い出した。

 しばらくの間アンナさんとリアムさんは目と目を合わせていたが、やがてアンナさんの方が先に視線を逸らし。


「すみません、お嬢様。波長がどうしても合わず……」

「そうですか……念話が得意なアンナでも難しいのなら、リアムさんと対話するのはほぼ不可能と思っていた方がいいですね」


 悲しげに微笑むサーシャさん。その様子を見てアンナさんは気落ちしたような声を出す。


「私が未熟なばかりに……本当に申し訳ございません」

「いいえ、アンナが謝ることではありません。魔物の声が聞けたのは史実でも『使役の賢者』くらいですから」


 「だから謝らないで下さい」と微笑みながらサーシャさんはアンナさんを慰めた。そして話題転換とばかりに言ったのは。


「そうです、ルチルさん。折角ですからリアムさんに触れてみませんか?」

「え⁉︎」


 突然話を振られて驚く。触る……? この巨大鴉に?

 私は思い切り首を横に振った。


「いやいやいや! ちょっと待ってください!」

「一体何を待つというのです? さあさあ」


 満面の笑顔で勧めてくるサーシャさんと、相変わらず何を考えているかわからない黒い瞳でこちらを眺めるリアムさんを交互に見る。

 魔物に触れるのはやはり怖い。しかし先ほどサーシャさんに触れられていたときも彼は鳴きすらしなかった。大丈夫だとは思う。だが後一歩が踏み出せない。

 私が躊躇っているとサーシャさんが眉を下げた。


「怖い、ですか? こんなに大人しい方なのに」


 「ねえ?」とサーシャさんはリアムさんに呼びかけて、再度翼を撫でた。それでもリアムさんは微動だにしない。


「ルチルさん、私も安全は保証します。だから触ってみては? ふわふわで結構気持ちいいですよ」


 アンナさんも私の方を向くと、どうぞとばかりに促した。

 二人ともこう言ってくれているのだ。逆にこれ以上拒否すれば彼女たちに悪い。それにリアムさんにも失礼だ。そう思って、勇気を出してリアムさんにそろそろと近づいた。


「リアムさん、失礼します……」


 恐る恐るといった感じで黒い翼に触れる。すると。


「かあーっ!」


 リアムさんが突然鳴いた。その声は大き過ぎて衝撃波が生まれたのではないかと錯覚するほどで。


「ひっ!」


 私は怯えた。と同時に慌てた。もしかして彼の気に障ることをしてしまったのではないかと心配になる。

 しゅううううと煙が立ち昇った。不味い、制約が発動している。

 しかし気がついたときにはもう遅く。煙が晴れて自分の姿を確認すると、見事に黄色い小鳥になっていた。

 周囲を見渡すと、何が起こったのかわからないという感じで目を見開き口元に手を当てるサーシャさんと、こんな状況でも動じずに無表情のままのアンナさんがいた。

 恐らく一番冷静であろうアンナさんが口を開く。


「ルチルさん、大丈夫ですか?」

「ちゅん、ちちち……(大丈夫じゃないけど、大丈夫です……)」


 目を合わせながら対話しようと試みる。しかし。


「ルチルさんの言いたいことは、やっぱりわかりませんね……」

「ちちち……(そうですか……)」


 思わず残念な鳴き声を上げてしまう。


「まあ相手が人間なのですから、それも当然かもしれませんね。それよりカイトさんを呼ばなくていいのですか?」

「ちゅん!(あ!)」


 アンナさんに尋ねられて、私はようやく気がついたというように返事をした。そして慌ててカイトに連絡を取る。


『カイト、ごめん。また小鳥になっちゃった』

『そうか、わかった。今どこだ?』

『えっと、使役科の……』


 そこで言葉が詰まる。使役科の敷地内の森にいることはわかる。だけどここまで来る方法を説明できる気がしない。どうしようと辺りをきょろきょろ見渡していると、察したようにアンナさんが言った。


「ああ、カイトさんなら使役科の校舎入り口に来るようにおっしゃっていただければ、私が迎えに行きますよ」

「ちちち⁉︎ ちゅんちゅん!(本当ですか⁉︎ ありがとうございます!)」


 流石はできる女性の筆頭格、アンナさん。彼女は「それでは」と言うとさっさと森の出口へと向かって行った。


『使役科の、どこだ?』


 カイトが再度場所を聞いてくる。私は慌てて答えた。


『ちょっと説明しにくい場所だから、とりあえず使役科の校舎入り口前まで来て。そうしたらアンナさんが案内してくれるから』

『了解』


 それで通信は終わったと私は留め具に当てていた手……というか翼を下ろす。すると。


『……まない』


 何処かから声がした気がした。しかし周囲にいるのはサーシャさんとリアムさんだけ。私が小鳥の姿ながらに首を傾げていると。ふと……本当にふとリアムさんと目が合った。


『驚かせてすまなかった』


 今度ははっきり聞こえた。え、と疑問に思う。この声は一体どこから聞こえてくるのだ。私は混乱しそうになっていた。

 しかしその声に気を取られていたのが悪かったのだろう。私は現状最も警戒すべき相手へ注意を払うのを忘れていた。

 気づけば彼女はすぐそこに。


「可愛いですー!」

「ちっ⁉︎(ひゃっ⁉︎)」


 両手で掬い上げられる小さな体。私はそのままサーシャさんに頬擦りされる。


「小さくて黄色い体に、薄水色のつぶらな瞳。ああ、まさに! 可愛さの極みです!」

「ちちちぃー……(うううー……)」


 あ、やばい。サーシャさんの小動物大好きスイッチが入ってしまった。

 彼女は世の動物全てに対し愛情を注ぐことができる人なのだが。その中でも小動物に分類される動物には特に目がない。

 それは小鳥姿の私も例に漏れず。サーシャさんたちと初対面時、諸事情により私は小鳥姿だったのだが、大層気に入られてそのままお持ち帰りされそうになってしまうということがあった。結局あのときはぎりぎりカイトが間に合って、なんとか事情を説明して解放してもらえたのだ。彼女たちとはそのときからの付き合いである。


「ルチルさん、いっそのことうちの子になってしまいませんか? 衣食住は保証いたしますので!」

「ちちち! ちゅんちゅん!(嫌です! お断りします!)」


 ぶんぶんと首を横に振りながら、彼女の誘いを断る。しかし彼女は諦めない。「それなら……」となおも言い募ろうとする彼女から逃れようと無意味にばさばさと翼をはためかせる。これで飛んで逃げられたらよかったのだが、残念ながら私は飛び方を知らない。


「ふふ、そんなにはばたかれてどうされたんですか?」


 彼女はその様子を見ても笑みを崩さない。私は心の中で叫んだ。


『カイト、アンナさん、早く来てー!』


 できれば彼女が早まってしまう前に、なんとかして欲しい。その気持ちを込めて。

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