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5.使役科のお嬢様

 ロンドさんに声をかけられてから数日後の放課後。私は依頼をこなすために使役科の校舎までやってきていた。依頼内容は確か『今度大会で見せる予定の演技について感想と意見が欲しい』というものだった。

 そして今はそれを見終わったところだ。アンケート用紙が参加者全員に配られる。これに回答して依頼所の受付に提出することで対価が貰えるという寸法。

 こういった学園内における複数人参加型の依頼は、総じて難易度が低くなりやすいという。理由としては定員の人数分一律で報酬を払う分、単価が安くないと依頼を出す側の負担が大きくなりすぎるからだ。

 これに関しても私が受け取れるのは百五十メルしかないが、同じ様に見ていた人は十数人いた。恐らく依頼人は報酬として依頼所に数千メル程度預けているはず。

 生徒の依頼だったから多少補助金が出ているとは思う。しかしわざわざそれだけのお金をかけてまでアドバイスが欲しいということは、それほど行き詰まっているということで。

 せっかく素敵なパフォーマンスを披露してくれたのだ。自分なりに彼の役に立てるようしっかり感想を書こう、と心に決めながら渡り廊下を歩いていると。


「あら、ルチルさんではありませんか。使役科の校舎までいらっしゃるなんて珍しいですね」

「ルチルさん、こんにちは」


 突然声をかけられた。私がその方向を見やると、魔動椅子に座る女生徒と彼女に寄り添うようにして立つ女生徒の二人組がいた。年上の友人たちの姿を認めて私は挨拶を返す。


「サーシャさん、アンナさん。こんにちは」


 魔動椅子に座る女生徒の方……サーシャ・フェリクスさんが椅子を操作し近づいてきた。そして首を傾げて微笑む。


「こんにちは。本日はどうされたんですか?」

「えっと。使役科の依頼を受けてて、それをこなしに」


 私がそう言うと後から付いてきたアンナ・ネイターさんが無表情で質問してきた。


「依頼、ですか? 何故わざわざ?」

「実は今欲しいものがあって。お金を稼ぐために」

「そうなんですか。自ら欲しいもののために働くのはいいことですね」


 サーシャさんは頬に手を当てながら「私はいまだに親やアンナに頼りっぱなしで……見習わないと」と言ってため息をついた。それに対しアンナさんが。


「お嬢様がお気になされることではありません。私が好きでやっていることです。お嬢様には恩もありますし」


 そうきっぱりと口にした。

 サーシャさんとアンナさんはバディ同士だ。ただ私とカイトがこの学園で出会ったのとは違って、彼女らは昔からの付き合いらしい。

 何でも孤児だったアンナさんが動物の変異種……魔物に襲われそうになったとき、サーシャさんが身を挺して庇ったことがあるとか。その時からアンナさんはサーシャさんを慕っていて、いつも彼女に付き従っているのだそう。

 アンナさんがちらりとサーシャさんの足を見た。そして再度口を開く。


「それに、これは私なりの贖罪でもあるのです」


 その言葉にサーシャさんは眉を下げて困ったような顔をした。


「アンナったら、あの時のことをまだ気にされているんですか? あれは、私の足が動かなくなったのは、私の不注意によるところが大きいといつも言っていますよね」


 その話を聞いて私も眉を下げた。……そう、サーシャさんは歩くことができない。理由はアンナさんを助けようとした時に魔物に襲われたからだと聞いている。

 それでも普通であればある程度魔法の力で治すこともできたはずなのだが。皮肉なことにサーシャさんは魔力を持たない稀有な存在だったため、処置ができなかったのだ。

 回復魔法は通常、対象者の体内の魔力に働きかけることで奇跡を起こす。それはつまり対象者が魔力の持ち主であることが前提としてあり、サーシャさんのように魔力を持たざる者には無意味だったりする。

 そのせいで、魔法以外の医療の発展が遅れがちなこの国において、当時サーシャさんに十分な治療を与えられる人はいなかった。結果彼女は自力で歩くことができなくなったらしい。そのように、彼女たちから聞いた。

 サーシャさんの言葉を受けて、アンナさんがはっきりと告げたのは。


「いいえ。お嬢様は何も悪くありません」

「ですって。本当にこの件に関しては頑ななんですから」


 ふふっと笑いながら首を横に振るサーシャさん。そして何かを思いついたようにぽんっと両手を叩いた。


「そうです。せっかくルチルさんがここまで足を運んでくださったのですから、私たちの新しい友を紹介したいです。よければついてきてくださいな」


 微笑むサーシャさんの誘いに、私は特に今後の予定もなかったので了承した。そして魔動椅子を操作して移動するサーシャさんをアンナさんと共に追いかけたのだった。




 使役科の敷地内は本当に様々な動物がいる。この動物たち全員が使役科の生徒や教師の友達だと思うと圧巻でさえある。

 使役術は元々魔法や薬などを使って動物を操る方法を探求する学問だった。一昔前は口に出すのも憚られるような非道な方法で、動物たちを支配下に置こうとしていたこともあったらしい。

 その認識が正されたきっかけは、魔力を持たないとされていた動物にも魔力があると証明されたことだ。発見した人は動物にも回復魔法が使えたり、魔力が異常に多い変異種……魔物が存在することから仮説を立て、立証してみせたとのことで。

 まあ詳しいことはわからないのだが、とにかくそういう訳で動物は下位の存在から私たち人間と対等な存在であると認識が改められた。使役術は微量な魔力の揺らぎから動物と対話し、僕にするのではなく友になろうとする学問へと生まれ変わり。今では『使役』と言う言葉も相応しくないと新たな名称が名付けられようとしている。

 そんな学問を学ぶ生徒の中でも期待のエースとされているサーシャさんが連れてきたのは、使役科の校舎に隣接する森の中でもかなり奥まった場所だった。

 少し開けたこの場所で、サーシャさんは声を上げる。


「出てきてください、リアムさん!」


 そして口笛を吹く。しばらくするとばさっばさっと音がし、現れたのは。


「凄い……! なんて大きい鳥」


 私たちの頭の上で旋回していた黒鳥はやがて真っ直ぐこちらに降りてきた。地面に立つと私たちの胸くらいまで背丈があって、私は驚く。


「こんなに大きい鳥、私初めて見ました。なんていう鳥なんですか?」

大鴉(おおがらす)という種です」

「え? 大鴉って普通ここまで大きかったですっけ?」


 私の知る大鴉は一般的な烏よりも一回り大きいくらいのサイズだったと思うのだが。しかし私が戸惑った声を上げると、アンナさんが代わりとばかりに口を開いた。


「どちらかというと巨大鴉というべきでしょう。大鴉の変異種です」

「変異種、ですか? ということは……」

「はい、通常の大鴉より魔力が多い個体です」


 私はずさっと後退った。魔力が多い個体、それが意味するところはつまり……。


「魔物、ですか?」

「そうですね。正確にはまだ自我を失っていない魔物、といったところでしょうか」


 あくまで淡々とそう説明するアンナさん。私と違って、少なくとも怯えている様子はない。サーシャさんも安心させるように。


「彼……リアムさんは大丈夫ですよ。少なくとも人に危害を加えたりはしません。私が定期的に精神安定剤を打っていますから」


 そう言うとローブの内側のポケットから注射器を取り出すサーシャさん。そしてゆっくりと椅子を操作し巨大鴉に近づく。


「少しちくっとしますが、大丈夫ですからね。落ち着いて」


 そして黒い翼に向けて注射器を刺した。その様子を見ながら私はアンナさんに尋ねる。


「精神安定剤を打つことで魔物が人を襲うことを防ぐことができるんですか?」

「少し違います。人を襲うほど凶暴化してしまった魔物には効力はありません。しかしその前……魔力によって気が狂う前であれば、安定剤で落ち着かせることにより凶暴化を防ぐことができます」

「え? えーっと……よくわからないんですが」


 魔力によって気が狂う? そんなの初耳だ。魔物はすべからく凶暴であるものと思っていた。というかそれが通説だったと思うのだが。

 薬を打ち終わったのだろう、サーシャさんが注射器を仕舞いながら振り向いて言った。


「アンナ、その話はまだ使役科しか知らないことだと思いますよ」

「ああ、そうでしたね。失礼しました。実は少し前に使役科で話題になった論文がありまして」


 それからアンナさんは詳しい説明をしてくれた。そもそもどうして魔力が多いと動物が人を襲うようになるのか。それは己が制御できない量の魔力によって精神が乱されてしまうのが原因なのではないか。そういう説を提唱した研究者がいたとのことで。


「まだ検証途中なのですがね。私はあながち間違いではないのかもしれないと、リアムさんを見ていて思います」


 サーシャさんは話しながらその黒い翼を撫でた。確かに先ほどから彼は大人しくしている。本当に害をなす存在ではないのかもしれないと思った。

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