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4.謎の青年の依頼発注

 青年が発注カウンターから用紙を受け取ったところで、私はその後の流れを説明する。


「それに必要事項を記入して、先ほどのカウンターに提出します。そうしたら内容について審査が行われるのでしばらく待ってください。審査が終わったら呼ばれて、問題がなければ本当に発注するか最終確認が行われます。それに承諾して報酬を前払いすることで依頼発注は完了です」


 私が長々と説明している間、彼は適度に相槌を打ってくれたのでとてもやりやすかった。焦らずうまく説明できたと思う。


「流れはわかった。ありがとう、助かったよ」

「いえ。それでは私はこれで……」


 用件が終わったと判断した私は、そそくさとこの場から立ち去ろうとした。しかし。


「ちょっと待って」


 何故か青年に呼び止められる。私は振り返った。


「まだ何か?」

「そういう訳じゃないんだけど。審査の間、一人で待つのも暇だから話し相手になってくれないかなって」


 「迷惑ならいいんだけど」とそう少し眉を下げて笑う彼。私は少し面倒なことになったかもしれないと思いながらも、断るのも気が引けて「いいですよ」と承諾する。


「ごめん、ありがとう。じゃあすぐに書き終えるから君は……そこのベンチで待っていてくれるかな」

「わかりました」


 彼が指差したベンチに座って、まあこれくらいならいいかと彼を待った。

 やがて書き終えたのだろう用紙をカウンターに提出した彼は、私のいるベンチまでやってくる。そして「待たせてごめんね」と言って自然に私の隣に座った。


「とりあえず名乗った方がいいよね。僕の名前はアル・ロンド。よろしく」

「え、えっと……私はルチル、ルチル・アルベットです。よろしくお願いします……?」


 きらきらしい笑顔に気圧される形で、戸惑いながらも彼……ロンドさんに名乗ってしまう。名乗られた側の彼といえば、下を向きながら「ルチル、ルチルか……」と無表情で呟いて、やがて顔を上げると。


「可愛い名前だね。ルチル、正しく君に相応しい名前だ」


 とてもいい笑顔でそんなことを言ったのだった。言われた私は上手い返答が思いつかず、とりあえずお礼を言う。


「……えーと、ありがとうございます?」


 首を傾げながらそう言った。すると彼は苦笑しながら。


「敬語はいらない。自然に話して欲しいかな」

「そうですか? でも年上ですよね?」


 恐る恐るといった感じで尋ねた。もし違っていたら本当に申し訳ないのだが、私が見たところ彼は年上だと思う。落ち着いた雰囲気とか、そういう諸々からも私は彼には敬語を使うべきだと判断した。

 しかし言われた彼はやはり困ったように笑ったままで。


「それは多分そうなんだろうけど。一応僕は教養科の四年生ではあるからね」

「えっ、後期課程に進学されているんですか? 凄いです!」


 私は思わずきらきらした瞳をロンドさんに向けてしまった。

 大抵の生徒が三年生までの前期課程で卒業していく中、ごく少数の人たちはより専門的なことを学べる後期課程に進学する。後期課程に進学し無事に卒業できれば、教師の資格を得られたり、国立研究所の研究員になれたり……と将来の就職先には困らない。


「進学というか、昨年まで留学してたから正確には編入かな」


 しかも留学からの編入とは。内部進学するのにも狭き門だというのに、外部から入るのは相当難しかっただろう。私はロンドさんを尊敬せずにはいられなかった。


「そっちの方が凄いですよ! 教養科ということはやはり教師を目指してたりするんですか?」


 彼は私の質問に少し間を空けて答えた。


「……うんまあ、そうだね」


 少し微妙そうな感じなのが気にかかったけれど、そんなことより私は同じ将来の夢を持つ相手を見つけたことの方が大事だった。嬉しくなって質問を重ねてしまう。


「どの科目の教師を目指しているんですか?」

「政治と経済かな。ところで、そういう君は?」

「え?」


 突然質問を返されて目を見開く。彼はもう一度聞いてきた。


「君の学年と専攻は何?」

「あっ、すみません。私は二年生で同じく教養科です」

「そっか。もしかして君も教師を目指してたりする?」


 微笑みながらそう尋ねる彼に私は若干目を逸らしながら言う。


「いえ、私は……」


 教師は目指している。だけど私にはきっと無理だ。指を絡ませる。

 ロンドさんは不思議そうな顔をした。そして口を開く。


「でも……」

「十五番でお待ちの方ー」


 彼の声に被せるように発注カウンターの女性が番号を呼ぶ。


「僕の番号だ。行かないと」


 彼は席を立つ。続いて私も立ち上がる。


「そうですか。それでは私は……」

「ねえ、最後に一ついいかな?」


 この辺りで失礼します、と言う前にロンドさんが遮った。なんだろうと顔を上げると、そこには笑顔の彼がいて。


「僕の依頼、是非とも君に受けてもらいたい。だからもう少し待ってくれないかな」

「え、でもそれは……」


 違反すれすれの行為なのでは、と思った。

 この学園は、学園関係者の依頼システムを介さない金銭のやり取りを基本的に禁止している。それは生徒以外の教職員も同様だ。唯一購買関係だけは学園関係者ではなく業者が行っているので、そういった縛りはない。

 しかし本当にやり取りできないかというとそうではなく。依頼システムを悪用した方法を使えばできてしまったりする。

 要はこういうことだ。渡す側の人が依頼を出し、渡される側の人がすぐにその依頼を受ける。そしてしばらく時間を置いた後、依頼完了の報告をする。すると渡される側の方にお金が流れるという寸法だ。

 この際、実際に依頼をこなしているかは関係ない。本当にこなしていれば問題はないのだが、たまに本当にそれだけの目的で依頼を出す人がいる。これは普通に違反なので、ばれたら厳罰を食らう。下手したら退学だってありうる行為なのだ。

 彼は言い淀んだ私の言葉の続きを察したかのように。


「大丈夫だよ、ちゃんと依頼内容はこなしてもらうし。違反にはならない」

「それはそうかもしれませんが」


 戸惑いながら返事を返す。私としては違反行為をしているのではないかと疑われることをするのがそもそも嫌なのだが。仕方がないので断るための言い訳を考える。


「ですけど、内容にもよりますし」

「それは気にしなくていい、難しい依頼ではないから」

「それなら尚更私でなくてもいいのでは?」

「いや、君じゃないと駄目だ」


 何を言ってものれんに腕押しとばかりに反論される。

 私は段々怖くなってきた。この人は一体何を私にさせようとしているのだろうと。

 ついさっきまでは凄い人だと思って尊敬までしたのだが。関わったことを本気で後悔した。

 私は彼から逃れるように「すみません、この辺りで失礼します」と言って、さっさと依頼所の出口に向かう。


「あ、ちょっと……」

「十五番の方、いませんかー?」


 ロンドさんの声と発注カウンターの女性の声が背後から聞こえた。

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― 新着の感想 ―
[一言] おや、なかなかに剣呑な臭いのする「先輩」ですね。 なにか事情があるようですが……可愛らしいリリさんに目をつけたのか、それとも莫大な魔力に目を付けたのか。 いずれにせよ物騒な事にならないようハ…
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