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3.噂と授業と王子様

 あの後、すっかり大人しくなった黒猫を依頼所の受付の方に渡して、私は報酬を受け取った。色々と助けてくれたカイトにも半分渡そうとしたのだが、『俺はもらう権利なんてない』の一点張りで全く取り付く島がない。結局報酬の二千五百メル全額が私の手元に残ってしまった。




 次の日。昼ご飯もそこそこに、私はまた依頼所に向かっていた。当然のことながら依頼を受けに行くために。ただし今度は初心者向けである難易度1のものにするつもりだ。もう背伸びして痛い目に遭うのは懲り懲りなので。

 幸いにも同じ共用区域にあることから、食堂から依頼所まではそんなに距離はない。すぐに着いた。

 依頼所には私以外の生徒もいて、掲示板の前に女子が集まっていた。ただ彼女たちが見ているのは難易度3から5の所謂上級者向けの依頼が集まっているところで。私には関係ないと、初心者向けの依頼が集まっているところを眺める。

 『教養科のアンケート協力依頼』、『使役科のパフォーマンスお試し観覧依頼』辺りが狙い目かな……。簡単だから報酬も少なめだけれど、かと言って『魔法科の新作補助魔法の被験依頼』なんて論外だし。


「そういえば今日の魔法実技、カーレン先輩滅茶苦茶格好よかったよね!」


 私が依頼を吟味していると、ふと隣の上級者向け依頼を見ていた女子のグループの話題が耳に入ってきた。


「だよねだよね! 技術も威力も申し分なかったし」

「本当に憧れちゃう……見た目も完璧だし」

「あんたいつもルックスばっかり。とは言え確かにあのきりっとした赤い瞳で見つめられたら私でもどきっとしちゃうだろうなー」


 彼女たちはどうやら魔法科の一年生らしい。話題に上ったカイトと私は二年生なので、後輩にあたるとしたらその学年しかない。口々にカイトのことを褒め称える彼女たちを微笑ましく思いながら、私は再度掲示板に集中しようとする。


「でもあれだけ強いのに何で外部の依頼受けないんだろうね? 受けた方が将来のためになるのに」

「あんた知らないの? カーレン先輩がバディやってて、そのせいで外に出られないの」

「えっ、あの協力者には何の旨味もないことで有名なバディを?」


 ……だんだん雲行きが怪しくなってきた。私は耳を塞ぎたくなるのを何とか堪えつつ、掲示板に目を向ける。しかし一度気になった会話を完全に遮断するのは至極難しい。


「そうそう。そのお相手が厄介な人でね、魔力漏れ起こすと何かの小動物になっちゃう制約持ちだから、カーレン先輩が毎回解除しに行ってるんだけど。何でも二年生になっても、いまだに己の膨大な魔力の制御ができないらしいんだよ」

「嘘、それ本当? いくら魔力過多でも、普通二年生になる頃には制約なんて完全解除されるよね。どれだけ精神不安定なのその人」

「どんな人かは知らないけど、カーレン先輩の足を引っ張ってるのは確かだよ。その人のせいで先輩、うかつに学園外出られないんだから」


 彼女らの歯に衣着せぬ意見がぐさぐさと胸に突き刺さる。正しくその通りだったから。

 彼は私とバディを組むにあたり、いくつか行動を制限されている。その一つが『ルチル・アルベットが学園内にいる場合は絶対に学園外に出てはならない』というもので。それは私が小鳥化してしまった時にすぐに駆け付けられるようにするためだ。

 ローブの留め具も学園の魔道具の力で通信できるようにされているだけで、外部に出てしまえば効力を失う。そういう意味でもその制限は理に適っているのだが。

 私はこっそり溜め息をついた。彼の自由を奪っているのは確実に私だ。

 プレゼントを贈るよりも、あるいは。自身がもっと精神を安定させて、国に認められて……さっさとこんな制約を完全解除してもらう方が、よほど彼のためになるのかもしれない。そうは思うけれど、思うだけでうまくいけば今頃苦労はしていなかった。

 何だか気落ちしてしまったので、私は依頼掲示板を眺めるのをやめて、自分が専攻している教養科の校舎に向かうことにした。




「今日は制約についてです。教科書の五十六ページを開いてください」


 教師の言葉に従い、教科書を開く。そのページにはいろいろな制約の種類について書かれた表が載っていた。


「そこには様々な制約について書かれているかと思いますが、とりあえず重要なのは懲罰制約と制限制約の二つだけです」


 教師はそう言うと黒板に文字を書いた。


「懲罰制約は犯罪者に掛ける制約、制限制約は主に幼い子供に掛ける制約と覚えてください。それぞれの詳しい違いなどは三年生になった時にお伝えします。今回は制約という大きな枠組みで共通することについてのみ取り上げたいと思います」


 そして次のページを開くように言われた。次のページには制約の掛け方と解除方法について載っていた。


「制約は主に国立の特別機関によって付与されます。そして特別な許可を取った上で、付与されたのと全く同じ機関、同じ部屋にて解除用の呪文を唱えてもらうことで完全解除することができます」


 黒板に文字を書きながら説明する教師。私はノートにそれらを書き写す。


「また掛けられている制約が途中で発動するタイプのものであれば、発動した場所の近くで一時解除用の呪文を唱えてもらうことで、解除できます」


 ……そう、これがまた問題なんだよなあと私は思った。私が毎回発動した場所で変身を解いてもらっているのはこれが理由だ。何故かは知らないが、迷惑な条件だよなと思う。

 どこでも解除できるのであればカイトに更衣室かトイレの近くまで連れて行ってもらって、そこで解除してもらうこともできるのに。確かにわざわざ連れて行ってもらうのも気が引けるが、かといってその場で彼に周囲の警戒をしてもらうのもそれはそれで……。

 教師はうんざりする私を置いて続きを話す。


「また史実においては自力で解除に成功した人もいます。この場合、主に懲罰制約を解除した人は真人(しんじん)、制限制約を解除した人は賢者と呼ばれ……」




 そうして午後の授業も全て終わり、放課後になった。

 私はまた依頼掲示板の前に立っていた。そしてめぼしい依頼の番号をメモする。受付の女性に番号を伝えるためにそちらへ向かっていると、突然背後から肩を叩かれた。私は驚いて振り向く。


「こんにちは。ちょっといいかな?」


 固まった。目も眩むような金髪に黒い目の見目麗しい男性が微笑みながらそこにいる。まるで物語から王子様が飛び出してきたかのようだ……と柄にもなく思った。

 私は一瞬ぼーっとしてしまったが、すぐに気を取り直した。彼はうちの学園の制服を着ている。ということはここの生徒だ。決して王子様ではない。


「はい、何でしょう?」


 慌てないように、落ち着き払いながら尋ね返す。すると彼は笑みを浮かべたまま口を開いた。


「依頼を出したいんだけど、どうすればいいか知ってる?」

「え? えーとそれは……」


 必死で記憶を漁る。確か念のためにと依頼の出し方も調べておいたのだ。

 まず依頼発注カウンターに行って……。


「とりあえず発注カウンターの方で用紙をもらいましょう。案内します」

「ありがとう、助かるよ」


 そして謎の美青年の案内をした。今の時間、依頼所内の人が少なくて助かった。こんな人と一緒にいたら悪目立ちするどころの話ではないだろうから。

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