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21.力の解放と祝福

 巨大鴉は器用にバルコニーに降り立っていた。窓硝子越しに見つめ合う。


『君がいてくれて良かった』


 そう言う鴉に確認のために尋ねようとする。先程黒猫のロンドさんと念話した方法を思い出して……。


『あなたは、リアムさんですか?』


 おずおずと向かいの黒い鳥に聞いてみる。相手が自分を知っていそうなことからほとんど確信はしていたが、万が一違っていたら困るから。

 すると向かいの巨大鴉は「かあ」とひと鳴きした。


『確かに、今はそう呼ばれているな』


 それを聞いて安心する。リアムさんなら恐らく襲ってこない。とりあえず大丈夫だろう。

 それはいい。それよりも、彼がここにいる理由を聞かなくては。

 確かさっきは助けてと言っていたか。


『あの、助けて欲しいとは何の話でしょう?』

『我らが同朋と人間が争っている』


 低い声で告げられた言葉に戸惑う。同朋とは、魔物のことだろうか。魔物と人間が争っている?

 いまいち把握しきれていない私のことは置いて、リアムさんは話を続ける。


『その同朋は元々力の進行で狂いかけていたのだが、最後の理性でここまで来ようとしていたのだ。それなのに人間が』

「ちゅんちゅん!」

『ちょっと待ってください!』


 慌てて彼の言葉を遮った。どんどん出てくる新情報に混乱しそうになりながら、一旦頭の整理のために彼に尋ねる。


『同朋というのは魔物のことですよね?』

『人間はそう呼んでいるな』

『じゃあ魔物……あなたの言う同朋はどうしてここまで来ようと?』


 その質問に対し、リアムさんは首を少し傾げた。心底不思議そうな声が聞こえる。


『それは当然、君に会いにくるためだが』

「ち⁉︎」


 驚いて思わず鳴いてしまった。リアムさんは構わず続ける。


『楽にして欲しかったのだ。ケンジャにはそれが可能だから』

『ちちち⁉︎』


 言われた言葉にびっくりし過ぎて固まる。頭の整理をしようとしたのに、更に混乱する羽目になった。

 魔物が私に会いに来ていた? 楽にしてもらうために? 訳がわからない。

 『楽』が何を指すのかはわからなかったが、まあ確かに歴史上のケンジャ……賢者なら可能かもしれない。

 しかし、なんであろうと当然のことながら私には不可能だと思う。


『無理です! 私は賢者ではないですし』

『そうなのか? 感じるものは確かに同じなのだが』

『そんな恐れ多い!』


 私は無意味に翼を羽ばたかせる。賢者と言えば歴史上でまだ六人しかいない、とにかく凄い偉人たちなのだ。私ごときが肩を並べられるような人たちではない。

 私が思い切り首を振って否定すると、目の前の鴉は困ったような鳴き声をあげた。


『そうか、ならばどうしようか。このままだと同朋が人間を殺してしまう』

『え……』

『殺してしまえば約束を破ったことになる。同朋も殺される』


 殺す、殺される……物騒な言葉が出てきて、他人事のはずなのになぜか緊張する。まるで、何か悪いことが起こっているかのような。

 するとリアムさんが突然首を傾げて何かに気づいたように話し始めた。


『そういえば……あの人間どこかで見たことがあるような』

『え!』


 嫌な予感がした。さっきのロンドさんの話を思い出す。そういえばカイトは魔物討伐の依頼を受けていたとか……。

 どうかその予感が当たっていませんようにと思いながら、リアムさんの言葉を促す。


『それは、どのような人でしたか?』

『遠目だったからはっきりとは見えなかったが……茶髪で赤い目をした』


 茶髪で赤い目。それは、彼の……カイトの特徴で。それでも別人の可能性に賭けた。

 しかし。

 突然リアムさんが「かあっ!」と大きく鳴いた。その翼を広げる。


『そうだ、思い出した! あの時サーシャや君と一緒にいたあの男だ!』


 一縷の望みは簡単に打ち砕かれ、私は衝撃で何も言えなくなる。

 ……カイトが、危ない?

 それを自覚した途端、心がどんどんと焦りや心配で埋め尽くされていく。

 何かが体内で渦巻き始める。何かが私をもみくちゃにしようとする。

 

「ちゅん!(落ち着け!)」


 一声鳴いて、自らの翼で小さな身体を叩いた。

 私はこのままではいけないと思った。冷静になれ、そう言い聞かせる。

 この『何か』に飲み込まれたら終わりだ。何故かはわからないがそれだけはわかる。


「……」

「かあ?」

『どうした?』

 

 リアムさんが心配そうな鳴き声をあげる。私はそれには答えずに目を瞑った。

 彼を助けるために今私ができることを必死で考える。とりあえず小鳥では何もできないだろう。それなら……!

 制約の一部を壊した時の感覚を思い出す。確かあの時は奥底から何かが込み上げてきたのだ。

 あの時と同じように、私の奥底にある『何か』を呼び起こす。しかし当時のように振り回されないように、慎重に。ゆっくりと動かしていく。

 『何か』がある地点に辿り着いたとき、それ以上動かせなくなった。まるで蓋をされているような。

 ……これだ。

 私はその蓋に思い切り『何か』をぶつけて突き破ろうとする。ぴき、と音がしたような気がした。

 そして。


「……!」


 風がごおおおおと音を立てて巻き起こる。机周辺にあった紙束が舞い散る。同じように私の身体も床に飛ばされながら、どんどん自分の身体が大きくなっていく感覚がした。

 風が収まった時。床に尻餅をつく私がそこにいた。

 恐る恐る手を確認する。そこにあったのは当然黄色い翼ではなく。


「あ……」


 私は放心したような声を上げる。そして、思い切り両腕を掲げた。


「やったー!」


 久しぶりの人間の身体。戻れたのだ、ついに! 私は喜びの余りその場で飛び跳ねそうになった。

 だが途中ではっとなる。


「そうだ、呑気に喜んでる場合じゃない! 早くカイトを助けに行かないと!」

 

 慌てて窓の方を向き、巨大鴉に尋ねようとする。


「リアムさん、カイトはどこに……」

「アルベットさん」


 不意に横合いから声が聞こえた。心に響く声ではなく、耳から聞こえる声。

 驚いてそちらを見ると。


「ロナウドさん⁉︎」


 いつの間に部屋に入ってきたのか、ロナウドさんがそこに立っていた。

 ただし、いつもと少し格好が違う。まるで式典で着るような、床につくほど長い丈の真っ白いローブで身を覆っている。

 彼は困ったような表情で頬を掻いていた。


「何でここに……」

「うーん。それよりも……」


 目を合わせずにすっと差し出されたのは、一着の白いワンピース。


「とりあえずこれを着ようか」

「あっ!」


 忘れていた。小鳥から人間に戻ったということは、私は一糸纏わぬ状態に違いなかったし、実際そうだった。

 恥ずかしさで頬を赤く染めながら、それを慌てて受け取った。




 ワンピースを上から被り、一応裸状態から脱した私は、改めてロナウドさんに尋ねた。


「ロナウドさん、どうしてサーシャさんの部屋に?」

「細かいことは話すと長くなるから、端的に話を伝えよう」


 そこでロナウドさんはごほんと咳払いを一つすると、急に真面目な顔になった。居住まいを正し厳かに告げる。


「ルチル・アルベット、君は制限制約を自力解除することに成功した。よって君を新たな賢者として認める」

「……へ?」


 今あらぬ言葉が聞こえたような気がした。私が、賢者? 一体何の話だ。


「ついては賢者になった祝いに、何でも一つ願いを叶えよう。何がいい?」

「ちょ、ちょっと待ってください!」


 急展開過ぎてついていけそうにない。お願いだから一呼吸置かせて欲しい。

 しかしロナウドさんは一瞬佇まいを崩し、飄々とした態度で、少し笑いながら首を傾げた。


「そんな余裕あるのかな? 早く君の大事な人を助けなくていいのかい?」

「あっ!」


 私はまたもや忘れかけていたカイトのことを思い出す。一刻も早く彼の元に向かわなくては!


「まあ説明なら後でしよう。とりあえず今は望みをどうぞ」


 促されて、私は少し考えた。

 すぐに結論は出た。考える必要もない、答えは決まっている。

 

「カイトのいる所に連れて行ってください!」


 勢い余って身体が前のめりになる。それに驚いたのか、一瞬目を丸くしたロナウドさんはふっと口元を緩めた。


「それでいいんだね?」

「はい!」


 思い切り首を縦に振る。すると彼は真面目な顔で頷いた。


「わかった、では……」


 ロナウドさんはどこから取り出したのか大きな杖をいつの間にか手にしていた。それを掲げると。


「『始祖の賢者』代理ロナウド・オグスヴェルの名において、ルチル・アルベットを今ここに『教養の賢者』として認める! 彼の者に褒美の祝福を! 『カイト・カーレンの元に彼の者を運べ』!」


 杖の先端に強い光が集まる。ロナウドさんはそれを私に向けた。暖かい光が私を包み込む。

 眩しさでぎゅっと目を瞑った。お願い、間に合って……!




 ルチルがいなくなったサーシャの部屋で、ロナウドは独りごちる。


「馬鹿だなあ。カーレン君を助けてって言えばそれで良かったのに」


 ふとロナウドが視線を窓に向ける。そこには未だ大きな黒い鳥がいた。彼はまるで鴉に話しかけるように。


「まあ最善手を選べないところが、人間の面白い所なのかもね。君たちの友であった『使役の賢者』もそうだったし」


 その言葉に呼応するように、「かああ」と窓の外で巨大鴉が鳴く。そしてゆっくり羽ばたくと空に飛び立っていった。

 鴉の姿が見えなくなる頃には、ロナウドの姿も既になかった。辺りには散乱した紙が散らばるのみ。

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