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20.黒猫の正体

『ひとまずは良かった。意思の疎通が図れそうで』


 未だに事態がよく飲み込めていない私を置いて、いつかの依頼の黒猫は扉を押して部屋の中に入ってきた。

 そして軽々と跳んで、私が今いる机の側の椅子に着地した。見上げてくる、金の両目。


『僕としても賭けだったんだ。魔物と対話できることは知っていたけど、魔物化した状態の人間相手となると流石に初の試みだったから』


 『本当に通じて良かったよ』と、そう安心したような声が脳内に響く。その声は一度ロンドさんの声だと思うと、何度聞いても彼の声にしか聞こえなくて、混乱する。


「ちゅん、ちちち?(何で、何でロンドさんの声が聞こえるの?)」


 困惑したような鳴き声を上げながら、どこから聞こえるのだろうときょろきょろ周りを見渡した。彼の姿がないのは当然としても、近くに魔法の伝書鳥がいる気配もない。だがはっきり聞こえた。どういうことだ。


「にゃあ」


 黒猫が突然鳴いた。私はつられてそちらを見る。すると再び声が聞こえてきた。


『落ち着いて。できれば僕の目から視線をずらさないで欲しい。念話ができなくなるから』

「……」


 ……流石に何度も繰り返していると気がついた。この声が猫と目が合っている時にだけ聞こえてくるのを。

 未だにどういう原理かはわかっていなかったが、恐る恐る言われた通りに視線を合わせる。


『よしよし、そのままで。うん、という訳で改めまして。僕……今君の目の前にいる黒猫は正真正銘、アル・ロンドだ。君の先輩のね?』


 私は最早何も言えない。脳内の響く声はあろうことか猫がロンドさんだと言った。訳がわからない。


『何でかは話すと長くなるんだけど……まあ簡単に言ってしまうと、僕も君と同じ制約をかけられた側の人間なんだよ』

「……!」


 まさか私以外にも小動物になってしまう制約をかけられた人間がいるなんて。でもそれなら、目の前の黒猫がロンドさんだと言うのも納得がいく。ということは彼も大量の魔力を持つ人だったのか。

 戸惑う私を置いて、彼は続ける。


『まあ言っても僕は養殖(・・)された側の人間だけど……と、まあそんな感じで、君との念話が僕ならできると思ったんだ。暴走していない魔物同士だったら比較的簡単に意思の疎通が図れるからね』

『暴走していない、魔物同士?』


 それは意識して行った訳ではなかったけれど、脳内で呟いただけだったが。呼応するように「にゃ」と鳴く猫。


『そう。経験したことはないかい? 小動物になった後、魔物と対話したこと』


 言われて、思い返す。私が魔物を間近で見たことがあるのは後にも先にもあの一回だけだ。あの、巨大鴉……リアムさんと目が合った時、確かに声が聞こえた気がしたような。

 突然「にゃああ」と鳴く猫。つられて過去に飛びかけていた意識が戻される。


『まあ、とりあえず。重要なのはそこじゃない。僕がわざわざ制約を発動させてまでここに来たのはさ、君を激励するためだ』


 そこで一旦言葉を止めると、彼は告げた。


『カイト・カーレンが危ない』

『……え』

『彼が難易度5の依頼を受けているのをたまたま目撃した。恐らく外部の魔物討伐の依頼だと思う』


 私は息を呑む。難易度5というと、報酬こそ弾むが相当難しい依頼だ。しかも内容次第では命を落とすまでは行かずとも、大怪我をする可能性もあるとか。

 彼が受けたのは中でも危険度が高そうな討伐依頼。無事でいられる保証はない。


『何でそんな……』

『わからないが……やけになったのかもね』


 どうして。そうは思うが、彼がどうしてそうしたのかが何となくわかる気がして心の中で歯噛みした。

 優しい彼のことだ。危惧していた通り、この前の出来事を自分のせいだと思い込んだのだ。そんなことないのに。結果、危ない目に自ら……。

 その時の私は、恐らく小鳥状態でもわかるくらい悲壮感に満ちていたと思う。

 せめて私に何かできることはないだろうか。


『でも小鳥じゃ……。』


 こんな小さい身体では、意思を伝えるのも困難な状態じゃ、何もできないだろう。

 そう思っていたら、徐に聞こえてきたのは。

 

『まあでも、策はある』

「ちゅん⁉︎」


 勢いよく黒猫に近づく。黒猫は悪戯っぽい表情をしているような気がした。


『君は今、小鳥だから無力だと思っているんだろう? それなら自力で(・・・)人間に戻ればいい』


 一瞬希望が見えた気がしたが……彼の策を聞いて落胆した。それができているなら苦労しない。

 すると黒猫が少し笑った気がした。猫の表情なんてわからないけれど。


『恐らく君は不可能だと思っているかもしれないが、ちょっと考えてみて欲しい。僕らが小動物になっているのはどうしてかな?』

『それは……精神的に不安定になったから』

『違うね』


 黒猫は「にゃあにゃ」と鳴くと机に跳び乗ってきた。そして改めて私と目線を合わせると。


『他の人間は精神が不安定になったところで変化はしない。じゃあ何故僕らだけ? 僕らと他の人の違いは?』


 言われて、考える。確かに他の人たちは心が揺れたとしても小動物になったりはしない。それは当然だ、だって。


『制約が……』

『当たり! そう、僕らを小動物たらしめているのは制約だ。それがわかれば、話は簡単。人間に戻りたいなら、原因である|制約を壊してしまえばいい《・・・・・・・・・・・・》』


 はっとする。そうだ。人間に戻れないのなら、制約のせいなら。その原因を自力で取り除けばいい。

 しかし、そんなことが可能なのか。わからない。思わず心の中で呟く。


『でも、どうやって……』

『それは僕にもわからない。でも君ならできるんじゃない? だって君は一度制約を壊している』


 『一部だけだけどね』とそう言う彼は前足をあげて顔を洗う素振りをした。そして前を向くと背筋を伸ばして。


『まあ信じきれないと言うならそれでも構わない。あくまでこれは僕なりの謝罪で、自己満足でしかないから』


 謝罪。されるようなことを彼にされた覚えはない。確かに怪しい言動こそ多かったけれど、直接危害を加えられた覚えはなかった。むしろ、この前の制作依頼といい、今回のことといい、助けられてばかりだ。

 もしかしたら。私は彼のことを勘違いしていたのかもしれない。そう、思った。


『まああれも僕なりに考えて君のためになるように動いただけなんだけど。ちょっと強引過ぎたかなってね……君も僕と同じ不遇な人間だと思い込んでいたから』


 彼はそう伝えると前足をついてぐぐぐっと伸びをした。そして。


『さて、と。この部屋の主が帰ってくる前に僕は行くよ』


 彼はくるっと方向転換する。まるでさよならの挨拶をするように「にゃあ!」と一声鳴くと机を飛び降りて去っていく黒猫。その後ろ姿と揺れる尻尾を、扉に隠れる最後まで眺めていた。

 あるいは立ち尽くしていたとも言えるかもしれない。結果、私は最後までロンドさんにお礼を言えずじまいだった。




 その後。私は気を取り直して、さっき言われたことについて考えていた。


「ちゅん……」


 一声鳴いてみる。ロンドさんが教えてくれたこと。制約を壊す。一体どうすればいいのだろう。

 思い出すのは制約の一部を壊した時のこと。このせいで私は人間の姿に戻れなくなった訳だが。これがヒントであるなら……。

 あの時の感覚を思い出そうとする。もし、あの状態を再現できるなら。いや再現じゃ駄目だ。もっと、もっと……。

 

「……」


 そして、私が何かを掴みかけた時。突然窓の方からこんこんと何かを叩く音がした。

 私は黒猫を見送った状態のまま、扉の方を向いていた。振り返る。

 すると、そこにいたのは。


「ちゅん……?」


 窓一面の、真っ黒。いや違う。黒い、羽。

 いつかと同じように目が合った瞬間。


「かあああ」

『ちょうどよかった。至急助けて欲しいのだが』


 助けを求める巨大な鴉がそこにいた。

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