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2.猫捕獲の再挑戦

「贈ると決めたのはいいけど、どうやってお金稼ごうかなあ」


 私は自室に戻って悩んでいた。

 この学園は学生のアルバイトを禁止している。というか学生が学園の敷地外に出るのも許可を取らないといけなかったりするので、それはできない。

 その代わりといった感じで存在するのが、この学園特有の施設『依頼所』だ。ここの掲示板には学園の内外で人の助けが必要な依頼が書かれた紙が貼られていて、この依頼をこなすと対価として貨幣や珍しいアイテムがもらえるという寸法だ。

 依頼には難易度が設定されていて、1が最低で5が最高。基本的に学園内の依頼の難易度は1から3まで、学園外の依頼は大抵4か5がついている。

 つまり難易度2というのは学園内の依頼としては初級から中級にあたる難易度なわけだが……。たかが猫捕獲、されど猫捕獲。難易度が一つ高いだけだとたかを括って受けてしまった私が言えた話ではないのだけれど、やはり1ではなく2に設定されているだけはあった。


「それでも猫を捕まえるくらい私でもできると思ったんだけどな」


 なぜ難易度1ではなく、いきなり難易度2の依頼を受けようと思ったのか。それは報酬がやはり1より2の方が良かったからだ。

 難易度ごとに設定できる報酬の質には下限上限がある。それを違反すると問題になるのでそのラインは守られるのが普通。

 それを理解した上で難易度1の依頼報酬を見ると。


「見事に数百メル程度の報酬しかないんだよねー……」


 苦笑い気味に呟く。この報酬金ではお昼ご飯を買うくらいのことしかできないだろう。難易度1の報酬制限は百以上千メル未満と定められているので当然と言えば当然なのだが。

 対して難易度2は千以上三千メル未満となっている。猫捕獲の依頼も内容としては破格の二千五百メルだった。

 最終的に数万レベルの魔道具を購入しようと思ったら、どちらの依頼を受けるべきかは火を見るより明らかだ。まあそれもこなせなければ意味がないのだが。


「受注取り消してもらおうかな……でもそれすると違約金取られちゃうし」


 面白半分で依頼受注する生徒がいないように、請け負ったからには責任を持つこと。そういう意味を込めて、依頼受注時には違約金として報酬の一割を前もって預けるということになっている。勿論依頼を完遂すればその違約金は報酬とは別途で返されるが、取り消した場合は没収という形になってしまう。


「言っても二百五十メルだけど……」


 どうしようか悩んで、やがて私は結論を出した。


「いや、まだ一回失敗しただけだし。今日はあの黒猫ちゃんも機嫌が悪かっただけだよ。うん、きっとそうだ!」


 そう自分に言い聞かせる。結局私は明日の放課後も猫探しをすることに決めたのだった。




 餌は取られて終わってしまった。ならば今度はおもちゃを見せたらどうだろう。そう思って今はその辺りで摘んだテール草を片手に猫を探し回っていた。

 昨日のベリーフラワーの植え込み辺りをまず見に行ってみたが、今日は猫がいそうな気配はない。若干肩を落としながら、仕方ないので別の場所に移動する。

 学園内の庭を重点的に探しながら、ちょうど魔法科の校舎のある辺り……メリッサの大樹のそばを通り過ぎようとした、その時。その樹の根本でくつろぐ標的を発見した。

 私は思わず声を上げる。


「あっ」

「にゃ?」


 その声に反応して黒猫もこちらを見た。私はそろそろと近づいていく。


「ほら、おもちゃだよー……」


 右手のテール草をこれみよがしにゆらゆらと揺らしながら。しかしそれを見ても猫は興味なさそうにあくびなどしている。

 私は作戦失敗を痛感しながら、それでも捕まえてしまえば同じことだと近づいて捕獲の態勢を取ろうとした。しかしその前に。


「にゃ!」

「え?」


 突然猫が跳んだ。腕をすり抜けるとメリッサの大樹をするすると登っていく。

 不格好な体勢のまま私は呆然となった。あんな高さまで登られたら手が届かない。どうしよう、と焦りそうになる。

 しかしすんでのところで抑えた。落ち着け、まだ策はある。手が届かないのなら届くところまで私が登ればいいのだ。

 大丈夫、私ならできる。そう言い聞かせながら大樹を登っていった。


「大丈夫だからね、逃げないでねー……っと」


 じっとこちらを見つめる金目をこちらも見つめ返しながら、安心させるように話しかける。やがて猫のいる枝付近まで登りきると、手を伸ばした。


「いい子だから、大人しくしててね」

「……」


 そしてあと少しで触れられると思ったその時。猫が軽々と跳んで私の手を逃れた。空を切る両手。私はバランスを崩した。


「え……」


 ぐらりと傾ぐ身体。落ちる! そう思ってぎゅっと目をつぶった。

 しゅううううと煙が上がる。その中で確かに聞こえた。


「ルチル、危ない!」


 そう叫ぶカイトの声と駆けるような足音が。


「間に合えっ……!」


 軽い衝撃。思っていたよりダメージがなかったなと思いながら、周りを見渡すと。私は誰かの手のひらの上に乗っているようだった。

 体が小さくなっているので、どうやらまた制約を発動させてしまったようだ。それはわかるが、じゃあこの状態は一体……? と混乱しそうになる。

 やがて煙が晴れて、現状を把握できるようになった。私は周囲を見渡す。私の服が散乱しているのはいつものことだ。しかし今回はそれらを下敷きにして、滑り込んだかのような体勢で前に手を伸ばすカイトの姿もあった。


「ちゅん? ちちち、ちゅん?(どうして? カイトが、何でここに?)」


 私はカイトの手のひらの上で鳴く。それに反応したかのようにカイトが顔を上げる。


「良かった、間に合った……」


 彼は私を手の上に乗せたまま起き上がった。ほっと一息ついたかと思うと、突然眉を釣り上げる。


「お前な、なんで木登りなんてしてるんだよ! 危ないだろうが!」

「ち⁉︎(え⁉︎)」


 怒り出す彼に小鳥の姿ながら驚いた。しかしそんな様子など気にもならないといった感じで彼は続ける。


「校舎の窓からいるのが見えたから来てみたら、まさか樹に登り出すとは思ってなかったぞ……ったく、あんまり心配掛けるな」

「ちゅん……(ごめんなさい……)」


 しょんぼり項垂れると一転して彼は笑いながら人差し指で私の頭を撫でた。


「まあ無事だったから今回はよしとする」


 そう言って私を手のひらから下ろすと、少し離れてから周囲に誰もいないことを確認し、私に向かって一時解除の呪文を唱える。

 煙が立ち上った。私はいつものようにローブの前を合わせながら、自分の体が元に戻るのを待つ。そして煙が完全に晴れる前に後ろを向いた。


「俺も後ろ向いてるから」

「うん、いつもごめん……」

「気にすんな、これもバディの役目だ」


 そう言ってくれる彼を待たせたくなくて、私は急いで制服を着る。

 「終わったよ」とカイトに声を掛けた。彼が振り返るのを待ち、私はぺこりとお辞儀する。


「ありがとう」

「なんだ改まって。気にするなって言っただろ」

「ううん。いつも感謝はしてるけど、今日は本当にやばいと思ったから……助けてくれてありがとう」


 私が笑顔でお礼を言うと、彼は気まずそうに頬をぽりぽりと掻いた。


「ま、まあな。俺は当然のことをしただけだし」


 少しどもりがちに呟いてから、「あ、そうだ!」と突然手を叩く。


「忘れるところだった……はいこれ、やる」


 カイトが身につけているウエストバッグから取り出したのは一つの小瓶で。それを私に向かって差し出す。私は首を傾げた。


「何これ?」

「軟膏だよ、薬学科の奴から分けてもらった。傷によく効くらしい」

「そうなの? でも何でこんなもの……」


 尋ねると、彼は「昨日引っ掻き傷作ってただろ」と言った。


「痕が残ったりしたら嫌かなーって。いらないか?」


 私は首を横に振る。そして若干俯きがちに口を開く。


「ううん! ありがたいけど、何だか申し訳なくて」

「それならもらってくれ。俺は魔法があるから基本的に使わない」


 確かに彼は回復魔法が使える。こんなかすり傷を治すぐらい簡単だろう。

 私は少し考えて、折角彼が持ってきてくれたのだからと受け取ることに決めた。


「気を遣わせてごめん、ありがとう」


 ああ、本当に私はカイトからいろんな物を貰いっぱなしだ。普段の制約の一時解除だけでなく、落下から助けてくれた件、軟膏まで用意してくれた件。それらを思うと段々いたたまれなくなってくる。

 やはり早くお礼の品を用意して、彼にプレゼントしなくてはいけないだろう。そうしないと私が申し訳なさで潰れてしまう。

 私が心の中で決心していると、ふと彼が眉を下げて言った。


「これくらいの傷、俺の魔法で治してやりたいが。本当に世の中うまくいかないな」

「カイト……」


 私はその様子に何とも言えない気持ちになる。

 私の膨大過ぎる魔力は回復魔法や補助魔法などと非常に相性が悪い。というのもそれらの魔法は基本的に対象者の魔力に働きかけることで奇跡を起こすのだが。私のように多過ぎる魔力の持ち主は、そんなことをされると体内で魔力漏れを起こし、最悪死ぬ可能性があったりする。

 それは制約を完全に解除された人も同様で。そういう人たちが一定数いるから薬師の仕事はいまだになくならない。

 気まずくなって、私たちの間に沈黙が落ちる。そこに割り込むように。


「にゃー」


 猫の鳴き声がした。思わずそちらを見ると、私のすぐそばに黒猫が寄ってきていた。


「え? 逃げてなかったんだ」

「にゃ」


 まるで返事をしているかのように短く鳴く黒猫に、恐る恐る手を伸ばす。今度は逃げられなかった。大人しく抱かれるその猫にカイトが文句を言う。


「おい、お前のせいでルチルがどんな目にあったか、ちゃんとわかってるんだろうな?」


 しかし黒猫はそんなこと知ったことじゃないとばかりにつーんとそっぽを向いた。そして私にその金目を向けて。


「にゃー」


 ともう一度鳴いた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 黒猫さん、何だかわざとやってるみたいでニマニマしながら拝読しました。 尻尾、よく見たら二股になっていたりしないかしら? ラッキースケベ、期待する人もいるかもしれませんが、無理しないで良いと…
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