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19.今後と友人たちの提案

 重たい沈黙が漂う。そんな中ロナウドさんが口を開いた。


「これからの処遇は追って連絡することになるだろうが……ひとまずアルベットさんはこちらで預からせていただく」

「……」


 私もカイトも何も言えない。つまらない口喧嘩で非常事態にまで発展させたのだ。文句なんて言えるはずがない。


「まあまだあくまで私の見立てでしかないから、然るべき場所でちゃんと検査する必要がある。そのための一時的な処置だ。わかってくれ」

「ちゅん……(はい……)」


 そうして私はロナウドさんに連れられて、その場を離れることになった。

 ずっと口をつぐんだままのカイト。最後に見えた彼の顔は酷いもので、胸が締め付けられるような心地がした。




 その後。私は公的機関で改めてかけられている制約を見てもらった。

 結果はロナウドさんが出したものと同じもので。

 結局、小鳥のままで授業を受けることはできないだろうと、退学扱いになった。

 また、必要がなくなったからという理由でバディも解消されることになり。今まで貸し出されていたローブや留め具の魔道具も返却することになり……。

 一縷の望みすらも消え去って、改めて自分が何をしでかしたのか嫌でも理解させられた。




「今日でルチルさんともお別れですね」

「ちゅん……(そうですね……)」


 私はサーシャさんの手のひらの上で寂しげに鳴いた。

 今、私はサーシャさんとアンナさんの部屋にいる。私の今後が決まるまでの間、一時的に彼女たちの元に預けられていたのだ。

 曰く、動物の世話に長けているということで使役科の人間である方がいいだろうと。更に元が女性だから同じく女性に預けられるべきだとなって。そこで募った結果、真っ先に手を挙げてくれたのがサーシャさんだったのだ。

 サーシャさんも私と同じくらい寂しげな様子で、もう何度目かわからない質問を私に投げかける。


「ルチルさん、本当にいいんですか?」

「……」

「うちの子に……というのは流石に冗談ですけど。使役科であれば友達として、学園に残ることもできるでしょう」


 私はこくりと頷く。それはこの部屋に連れてこられたときに真っ先に提案されたことだった。

 彼女たちの話では、恐らく使役科でなら私がこの学園に居続けることもできるだろうとのことだった。ただし扱いは生徒ではなく、あくまでサーシャさんたちの友達の動物という形にはなるだろうということは、今聞いた通りだが……。


「ルチルさんならどんな姿であれ私達は歓迎しますよ。ねえ、アンナ?」

「ええ、当然です」


 アンナさんも真剣な面持ちで頷いた。短い返事ながらに力がこもっていて、それは嘘ではないとわかる。

 サーシャさんは一瞬アンナさんに向けていた視線を戻した。目と目が合う。


「私達はルチルさんにどうか学園に残って欲しいと思っています。だから、もう一度聞かせて下さい。これからも友として、共に学園生活を過ごしませんか?」

「……」


 私は一瞬考えて、小鳥として彼女たちと過ごす学園生活を想像した。それはきっと楽しいものになるだろう。そう、確信する。

 でも。


「ちゅん」


 短く鳴いて、いつもと同じように静かに首を振った。

 サーシャさんは悲しげに眉を下げ、明らかに落胆したような声を出した。段々頭が下がっていく。


「……そうですか。意志は固そうですね。わかりました、もう聞きません」


 アンナさんはそんなサーシャさんを気遣うように、そっと彼女の肩に手を置いた。


「お嬢様……」


 アンナさんのその言葉は確かにサーシャさんを励ますためのものだった。しかし同時に残念だと思っているのがありありとわかる声色でもあって。

 ありがたいと思う気持ちもあったが、同時に。ここまでずっと提案してくれていたのにと、私は二人に申し訳ない気持ちで一杯になる。

 ふっ、と突然サーシャさんが顔を上げた。真っ直ぐ私を見つめると、徐に口を開く。


「でしたら! 申し出を聞き入れて頂けないのなら、せめて……せめて、これから先会えなかったとしても、どうか私達のことを覚えていて下さい」


 震える声でそこまで言うと、彼女は満面の笑顔を形づくり。


「私もずっと覚えています。良き友人であるあなたのことを!」


 その琥珀色の瞳の端に、きらりと光るものがあったことを、私は一生忘れないだろう。




 学園最後の日。時刻は夕方に差し掛かろうかというところ、窓辺から若干陰った光が差し込んでくる。私はただ一匹(ひとり)、窓際のサーシャさんの机の上でぼんやりとこれからのことを考えていた。

 その過程で今朝もまた言われたサーシャさんたちの提案が思い浮かぶ。

 どうして断ったか。いつものように彼女たちに遠慮したからか……いやそういう訳ではないのは自分がよくわかっている。

 確かに最初の頃はそういう気持ちも多少ありはした。でも預けられている間中、ことあるごとにどうするか聞かれ続けて、むしろ断る方が迷惑なんじゃないかと思う程だったのだ。そして、その際の彼女たちの真剣そのものの表情を見ていたら、承諾すべきだとも思った。

 それでも私は首を横に振り続けた。理由は、自分でもはっきりとはわからない。

 ただ嫌だと思ったのだ。それは、カイトに感じていた劣等感にも似ていて。少し違う気もした。

 小鳥の姿になってしまった私に対しても、対等に『友人』と言ってくれる人たちだからこそ。頼りきりになってしまう事態は避けたかったのだ。


「……」

 

 もうすぐ授業が終わる頃かと、静かにサーシャさんたちの帰りを待つ。ドアが開く音を今か今かと待った。

 結局私の意地で彼女たちの提案を受け入れることはできなかったけれど、せめて最後のお別れだけでもしっかりしたいと思っている。意思の疎通を図るための魔道具がない以上、今の姿でできることは限られてはいるが、全身全霊をかけて今までのお礼と感謝を伝えるつもりだ。

 ……本当は、カイトにも伝えたいのだけど。

 結局あれから彼とは話せていない。留め具があった頃は何度も念じたのだが、彼から返事はなかったし、向こうからの連絡もなかった。

 会う機会もなく。一度サーシャさんたちが私に会わないかとカイトに聞いたらしいのだが、断られたらしい。曰く、自分にはその資格はないと。

 そんなことないのに。全ては自分が招いたことだ。 

 そうは思うが、優しい彼のことだ。責任を感じている可能性は大いにあった。

 変に自分のせいだと思い込んで、思い詰めていないといいけど……。

 彼を案じていたら、寮の廊下に繋がる扉からがたっと音がした。反射でそちらを見る。

 彼女たちが戻って来たか、と思った。しかしドアはびくともしていない。

 不思議に思ってよく見てみると、ドアの下の方に設置された小動物がいつでも自由に出入りできる扉が、開いているのに気がついた。

 その隙間から覗くのは、黒い毛並みと輝くような……。


『ルチル・アルベット』


 その金の瞳と目が合った瞬間。自分を呼ぶ声が脳内に響いた気がした。

 最初は気のせいかと思った。しかし。

 

『聞こえているなら返事をして欲しい、ルチル』

「……⁉︎」


 再び聞こえてきた声に、思わず音にならない鳴き声をあげる。一体この声はどこから……?

 驚き過ぎて硬直していると、謎の声は更に言い募る。まるでどこかで聞いたことのあるような声色で。


『とりあえず目を合わせて念じるだけでいい。僕も念話はあまりしたことがないから勝手はよくわかっていないけど、多分それで通じるはずだ』


 声が話している内容は頭に入ってこない。ただ、ただ……私はこの声をどこで聞いたかを半ば無意識に思い返していた。

 私より明らかに低い、男性の声。教養科の同級生か、いや違う。ではカイトかと言えば絶対に違う。じゃあ、誰だ。最近会った男の人……。

 頭の隅に、輝かしい金髪が揺れた気がした。


『ロンド、さん?』


 それは、ふっと出てきた名前を頭の中で言語化しただけだったが。


「にゃあ」


 今の今まで目を合わせていた黒猫が鳴いた。


『当たり。そしてよくできました』


 同時に、まるでその鳴き声を代弁するかのように……。アル・ロンドさんの声が脳内に響いた。

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