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14/22

14.聖ヴェール祭前日

 私はそれからも依頼を請け続けた。そのほとんどが難易度1のものだったが、ある時勇気を出して難易度2の依頼を請けてみた。

 それは図書館の蔵書の補修をするもので。確かにその仕事は、かなりの数の本を直さなければならず大変ではあった。しかし司書の方は優しく、急かされることはなかったので、焦らず自分のペースでノルマをこなすことができたのだ。結局小鳥にはならずに無事仕事を終えることができ、思わず心の中で歓声を上げた。

 それに気を良くした私は、難易度2の依頼もこなせるものがないか再度確認するようになっていった。




 時が経つのは早い。気がつけば聖ヴェール祭前日になっていた。

 食堂に訪れた私はトレーに今日の夕食を乗せると、空いている席を探す。うろうろしていたら「ルチルさん」と前方から名前を呼ばれた。驚いて前を見る。


「サーシャさん、アンナさん」


 そこには笑顔で手を振るサーシャさんと、青髪を一つに束ねた女生徒……恐らくアンナさんだろうその二人が向かい合わせで座っていた。彼女らの姿を認めて、そちらに向かう。

 アンナさんが振り返って挨拶してくれた。


「こんばんは。お久しぶりですね」

「そうですね、お久しぶりです」

「お久しぶりです、ルチルさん。ところで……」


 サーシャさんが自分の隣の席を手で示す。そして口を開いた。


「お見受けしたところ、席をお探しのご様子。よければ一緒にご飯、頂きませんか?」

「いいんですか?」


 私は目を見開いた。正直席がなくて困っていたので、この申し出は大変助かる。

 私が尋ねるとサーシャさんは頷いて。


「勿論です。アンナもいいでしょうか?」

「私も大丈夫ですよ」

「ありがとうございます。それでは遠慮なく」


 私はお礼を言いながら、サーシャさんの隣にトレーを置き、席に着く。

 その様子を見届けるとアンナさんが徐に口を開いた。


「と、いいますか。ルチルさんにはお伝えしておきたいこともありますので、丁度よかったです」

「伝えたいこと、ですか?」


 首を傾げながら尋ね返す。するとアンナさんは手に持っていたスプーンを置き、私に向かって真剣な表情で告げたのだ。


「ルチルさん、しばらく使役科の敷地内……特に森には近づかない方がいいかもしれません」

「え? どうしてですか?」

「今、森の方で魔物を見かけたという生徒が増えて来ているからです」


 私は驚いて、思わず手に持ったスプーンを取り落としそうになった。


「そ、それ使役科の生徒や動物たちは大丈夫なんですか?」


 私の心配をしてくれるのはありがたい。しかしそれより使役科の生徒……例えばサーシャさんやアンナさんといった人たち。それに加え森で生活せざるを得ない動物たちの方が心配だ。最初に被害を受けるとすれば、それは間違いなく彼女たちだと思うから。

 私が当然の疑問をぶつけると、サーシャさんが苦笑しながら言った。


「もう、アンナったら大袈裟なんですから。魔物といってもまだ凶暴化していない方がほとんどで、そこまで心配されるような事態にはまだなっていませんよ」

「そうなんですか?」


 それでも魔物が学園の敷地内に出没しているのは普通に問題だろう。いつ彼らが凶暴化するかわからないという点も含め。

 アンナさんもこれには苦言を呈した。


「そうかもしれませんが、今の内から警戒しておくに越したことはありません。お嬢様は危機管理がなっていないと思います」

「そうでしょうか? ああでも、ルチルさんがいらっしゃらない方がいいというのは賛成です」


 彼女は眉を潜めながら心配気に言った。


「ルチルさんの制約が発動したタイミングで、凶暴化した魔物が現れないとも限りませんからね」

「あはは……」


 私は乾いた笑い声をあげる。その状況を容易に想像できてしまったので。むしろ凶暴化した魔物が現れた結果、制約が発動して逃げられなくなってしまうまである。


「ですがどうして最近になって魔物が現れるようになったんですかね?」


 私は話題転換ついでに気になった点を彼女らに尋ねた。すると彼女たちは顔を見合わせて、困ったように。


「それが、私たちにもよくわからないのです」

「魔物を見たという報告自体は昨年の段階から増加傾向ではありました。しかしここ最近は本当に顕著でして……」


 「せめて理由がわかれば対処のしようもあるのでしょうが」と告げるアンナさん。その表情は無表情ながらどこか苦々しげで、己の無力さを呪っているかのようだった。

 その様子を見かねたのだろう、サーシャさんが別の話題を振って来た。


「そういえば明日は聖ヴェール祭ですね。ルチルさん、よければまた私たちと一緒に過ごしませんか?」

「あ……すみません。お誘いは嬉しいんですけど、明日はもう約束している相手がいるので」


 そう言うとサーシャさんは目を見開いた。そして持っていたナイフとフォークを置き、手を口元に当てる。


「まあ……もしかしてカイトさんですか?」

「え⁉︎ そうですけど、何でわかったんですか?」


 まさかこんなにすぐ相手を当てられると思っていなかった私は盛大に驚く。するとサーシャさんはどことなく嬉しそうに。


「あらあら、まあ。ちなみにどちらからお誘いに?」

「カイトの方からですけど……」

「なるほど。彼もついに勇気を出されたのですね」


 アンナさんもしみじみとした調子で語る。

 私は何となく気恥ずかしくなって、俯いてスープを一口飲んだ。


「ふふ。初々しくて羨ましいですね、アンナ?」

「ええ本当に。お嬢様も早く良いお方を見つけてくださいね」

「それはアンナもでしょう?」


 二人はその様子を気にもせず掛け合いを続ける。

 結局その後、カイトにどのように誘われたのかとか、そもそもカイトのことをどう思っているのかなどについて散々質問責めにされて。その間終始私は焦りっぱなしで、小鳥にならなかったのが奇跡のようだった。




「『カイトのことをどう思ってるか』か……」


 寝る前になって、ふと先ほどのサーシャさんたちの質問が頭をよぎった。

 その時は咄嗟に『バディで、いつも助けてくれる優しい友人』と答えたが、実際私は彼のことをどう思っているのだろうと疑問を抱いたのだ。


「嘘はついてない。でも……」


 その答えは若干違う気がした。考える。


「何だろう。バディなのも、いつも助けてくれるのも、優しいと思っているのも間違いはないはずなのに」


 ほんの少しの違和感が引っかかって抜けない。答えは喉元まで出かかっている気がするのだが。

 結局私は納得のいく解答を見つけられないまま、気がついたら眠りについていた。

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