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12.回想〜お菓子作り〜

 制服を着終わったその後はこんこんとカーレン君にお叱りを受けた。

 曰く、私が授業に出ていないことで教職員全員に通達が行き、その流れでカーレン君も呼び出されたとのことで。彼と手が空いている人皆で私を探し回っていたらしい。


「本当にごめんなさい」

「それ、俺だけじゃなくて心配してくれてた人たち全員に言うべきだ。今から伝書鳥の魔法を使うから心を込めて謝罪しろ、いいな?」


 カーレン君はそう言うと呪文を唱えた。すると青白く光る鳥のようなものが生まれる。

 伝書鳥の魔法。これは伝書鳥と呼ばれる魔力の塊が見聞きした映像を、そのまま指定した対象者に届けるという魔法だ。基本中の基本ではあるが、極めようとするとなかなか奥の深い魔法だ、と母が教えてくれたのを思い出す。

 私は伝書鳥に向かって急いで謝罪をした。


「教職員の皆さん、この度はご心配とご迷惑をお掛けして大変申し訳ありませんでした!」

「えー、ルチル・アルベット……さんなら無事に元に戻ったのでご安心ください」


 カーレン君も一言付け加えると、もう一度呪文を唱えた。するとその青白い鳥は幾重にも分裂して飛び立っていく。

 その様子をぼんやり眺めていると、彼が「それで」と言った。


「なんでまた授業をさぼろうとしたんだ? そこまで不真面目な奴だとは思わなかったぞ」

「さぼろうとした訳ではなく、小鳥になってしまったので。仕方なく」

「それならすぐに俺を呼べばよかったんじゃないのか?」


 首を傾げる彼に、呼べなかった理由を告げる。


「それは……図書館で小鳥になってしまったとき、ちょうど予鈴が鳴って。今からカーレン君を呼んだら、きっと授業に遅刻させてしまうと思ったんです。だから、授業が終わってから呼ぼうと思いまして。その方が迷惑にならないと」


 しかし言葉は段々尻すぼみになっていって。私は何を言われるかと思うと恐ろしくて肩を縮こめさせた。

 話を聞いたカーレン君は思い切りため息をつく。そして私をきっと睨むと。


「馬鹿かお前は。変に遠慮されて呼ばれない方がよっぽど迷惑だ!」

「へっ⁉︎」


 彼の剣幕に驚いて素っ頓狂な声を上げる私。その様子を気にもせず、彼は続ける。


「今後は何かあったら、授業中でもすぐに呼ぶこと。わかったな?」

「は、はい……」


 私は弱々しく返事をした。すると彼は満足したように一つ頷く。


「じゃあ教室に戻るぞ。今からでも行けば最後のまとめくらいは聞けるだろ」


 そうして踵を返そうとする彼を私は呼び止めた。


「あ、あの」

「……まだ何か?」


 億劫そうに振り向くカーレン君に、私は思い切り頭を下げる。


「ありがとうございます。授業中なのに探しに来てくれて、それから元に戻してくれて。本当に助かりました」


 そう、感謝の気持ちを伝えた。


「……」


 しかし彼から何も返事がなくて、どうしたんだろうと思った私は恐る恐る顔を上げる。そこには驚いたように目を見開く彼の姿があった。


「カーレン君?」


 呼びかけると彼ははっとした様な表情をして、やがてそっぽを向く。そしてぼそっと呟くように言ったのだ。


「まあそれが俺の役目だからな。俺は当然のことをしたまでで、感謝されるようなことじゃない、うん」


 私に言っているはずなのに、それはまるで自分に言い聞かせているかのような言い方で。

 私が戸惑っている内に彼は気を取り直したようだった。私に背を向けて。


「それだけなら俺はもう行く。じゃあな」


 その言葉を言い残し、去っていった。




 それから時と場面は移り。今はあれから数日が経過した放課後だ。寮にある共用の厨房で私はお菓子の生地を作っていた。

 生徒や教師が自由に使える厨房がある、と小耳に挟んだのはつい最近のこと。材料さえあればなんでも作れるところだとは聞いていたが、まさかこんなに道具が充実しているとは思わなかった。これは確かに自炊派の生徒が何度も訪れるのも納得できる厨房だ。


「もういいかな? それじゃあ……」


 ある程度砂糖とバターが混ざったかなと思ったところでとき解した卵を少しずつ投入する。

 お菓子作りなら生地を混ぜている時が私は一番好きだ。何となく心が落ち着くというか、溢れ出しそうな何かが指先を伝って生地に練り込まれていく感じがとても心地よいので。

 私はその『何か』を真心だと思っている。というかそう言い出したのは母だ。


『ルチルの作ったお菓子を食べると元気が出るの! きっとルチルの真心が込められているからね』


 いつもそう言って褒めてくれた母。父も砂糖や乾燥果物とか、お菓子の材料は結構な値段がするのにもかかわらず、積極的に買ってきてくれて。その度に私は家族にお菓子を振る舞っていた。

 気がつけばお菓子作りは私の得意なことの一つに数えられるまでに上達し。これならカーレン君にも喜んでもらえる自信があった。


「よし。後は焼くだけ」


 そうして生地が並べられた天板を魔動石窯(まどういしがま)に入れ、焼けるのを待つ。

 この前の図書館のことと言い、その後のことと言い。カーレン君には迷惑をかけっぱなしだ。だからせめてものお詫びとお礼を込めてお菓子をプレゼントすることにしたのだ。後はもう少し仲良くなれたらな、という下心も少しあったり。

 称して『騎士と少女』作戦だ。かの童話の一節に、『騎士の男に助けられた少女が、お礼として彼のために得意な詩をそらんじる』というものがあるのだ。そこから着想を得て、私も得意なものでお礼をしようと思った。


「まあ得意って言っても、平凡な私が作れるものだから大したことはないのかもしれないけど」


 苦笑しながら呟く。

 昔々、歴代の偉人の中には魔法で何もないところからお菓子を作ってみせた人もいるらしい。その人が作ったお菓子はとんでもなく美味しくて、当時の人たちがこぞって手に入れようと争いまで起きたとか。


「と言っても、そもそも魔法が使えない私には関係ない話なんだけど」


 私は魔力漏れが起きかねないということで、魔法を使うことを全面的に禁止されている。今までもそれは破ったことがなかったし、これからも破る気はなかった。

 それはともかく、私のお菓子も、その偉人が作ったお菓子には劣るかもしれないけれど、美味しいと思ってもらえるといいなとこの時は思っていた。




 しかし、その期待は淡くも崩れ去る。

 カーレン君にお菓子を渡すために、魔法科の敷地まで来たのはよかったのだが。私はメリッサの大樹の影に隠れながら、その様子を固唾を飲んで見守っていた。


「私お菓子作るの得意で……カーレン君に食べてもらいたいなって思って、作ってきたの。お願い、受け取ってください!」


 彼女の手には丁寧に包装された何かがあって。ここからだと中身は見えないが、それはおそらくお菓子なのだろう。とにかく、その袋をカーレン君に差し出す名も知らない彼女。

 それに対し彼は。


「あー……ごめん。俺、甘いもの苦手なんだ。だからそれは受け取れない」


 ややうんざりした声音で、そう告げた。彼女は呆然とした様子で「え……」と呟く。


「じゃあ。気持ちは嬉しかった、ありがとう」


 カーレン君はそんな彼女を放って、その場を立ち去った。

 私も呆然とする。カーレン君が甘いもの駄目だなんて知らなかった。ぎゅっと手に持ったお菓子の袋を握りしめる。

 その後、結局私はカーレン君にお菓子を渡せず。寮の自室で、一人でそれを食べた。我ながらとても美味しい出来で、だけどその事実が酷く虚しく感じたのだった。

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