1.私は制約を掛けられている
私ことルチル・アルベットは幼い頃に制約を掛けられた。理由は『魔力が膨大過ぎて自力で制御できないから』というこの世界ではよくあるものだ。
そういう子供には『魔力を完全に封じる』という制約を掛けるのが普通だ。そして精神的に安定してもう大丈夫だろうと判断された時に解除される。これが一般的な流れ。
ただしその制約を掛けるには、掛けられる対象者よりも使役者の方の魔力が多くないといけないらしく。大抵の場合その条件は問題にならないのだが、ごくまれに対象の子供の方がどうしようもなく魔力が多い場合がある。
その際はどうするか。それは今の私の現状を見れば明らかだ。
「猫ちゃん、おいでー」
植え込みの中からこちらをじっと見据える二つの金目。それに対して餌を片手に呼びかける私。しかし彼ないし彼女からはやはり反応がないままで。
私は恐る恐るといった感じで餌を近づけていく。
「怖くないよ、だから出てきてー」
近づいていくと突然猫の両目が輝いた気がした。その瞬間。
「にゃあっ!」
「うわっ!」
先ほどまで静かだった猫が、突然餌を持っている方の手を引っ掻いた。思わず餌を離す。
すると猫はその餌をくわえて植え込みから飛び出した。そのまま向こうに走り去っていくのが見える。
「あっ! 待って!」
私は慌てた。早く追いかけなくては! そう思って、あれこれ不味いんじゃと気がついた時にはもう遅かった。
しゅうううと空気が抜けるような音とともに煙のようなものが出て、私は自分が縮んでいくのを実感した。そうして煙が晴れた暁には、私の代わりに一匹の小鳥がそこにいるように他からは見えるだろう。
「ちゅん……(やっちゃった……)」
黄色い翼で頭を抱える。周囲には私が着ていた制服なんかが散らばっていた。唯一ローブだけは伸縮魔法が掛かっているので身に付けたままだが。
折角記録更新してたのに、また一からだよ。また彼に迷惑をかけてしまう……。
そんなことを思いながら、渋々バディの彼を呼ぶためにローブについた留め具代わりの魔道具に念じる。
『ごめん、また制約発動しちゃった』
『またかよ。記録更新狙ってたんじゃなかったのか』
『そのつもりだったんだけど。お願い、元に戻して』
『仕方ねーなあ。今どこだ?』
私は学園の寮の裏庭にあるベリーフラワーの植え込みの辺りにいると伝えた。
彼を待ちながら、どうして猫を捕まえる依頼なんて受けてしまったのだろうと後悔した。
難易度2だからと完全に舐めていた自分が悪いのだが。難易度1と違い、難易度2であれば数千メルのお金が手に入ると喜んで受けてしまった過去の自分が憎い。
猫用の餌を片手に探すまでは良かったのだ。それだけなら焦ったり慌てたりはしない。餌を差し出せば簡単に捕まると思っていたから、植え込みの中でじっと潜むターゲットを見つけた時も、喜びこそすれ慌てることなんてなかった。だがまさか最後の最後で取り逃すなんて、しかもその上慌ててしまうなんてなんたる不覚……!
「おい、どこだー」
考え事に没頭していると彼の姿が現れた。声を上げて主張する。
「ちゅん、ちゅん!(カイト、ここだよ!)」
彼は鳴き声に気がついたのだろう、こちらにやってきた。
「これはまた、立派な小鳥になってるな」
「ちゅん。ちゅん!(御託はいいから。早く戻して!)」
「はいはい、って何言ってるかはわかんねーが」
やれやれとばかりに首を振りながら解除の呪文を唱える彼に合わせて、また煙のようなものが出てくる。私はローブの前を合わせながら、体が元に戻っていくのを実感した。
完全に戻ったかな、というところでくるっと後ろを向く。
「ごめん、しばらく後ろ向いてて」
「りょーかい」
彼が背を向けたのを確認して私は制服を着直す。冷静に、冷静に。そう自分に言い聞かせながら。
やがて全てを着用し終わり、「もういいよ」と彼に声をかけた。
「ありがとう。助かった」
「おー。で? 今回は何が原因だ? こんな人気のない所で」
「実は、依頼で猫を捕まえようとして……」
私は彼に事の経緯を説明した。すると彼は不思議そうに首を傾げた。
「何で難易度2の依頼なんて受けたんだ?」
「それは……」
目を逸らしながら、言い淀む。そしてあくまで冷静を装いながら呟いた。
「欲しいものがあって。お金稼ぐために」
内心は冷や汗をだらだら流していたが。しかし制約は発動していないので、ぎりぎり魔力漏れは起きていないようだった。良かった、何とかコントロールできているみたいだ。
言われた彼は腕を組みながら、今私が聞かれたくないことを質問してきた。
「欲しいもの?」
「うん。どうしても必要なものでね」
「そうなのか。何が要り用なんだ?」
尋ねられて私は言葉に詰まる。何で今日に限ってこんなに質問を重ねてくるんだろうと思いながら、はぐらかす。
「何でもいいじゃん、気にしないで。大したものじゃないから」
「……そうか?」
あんまり納得いってない様子の彼に笑いかける。そして思い出したかのように別の話題を出した。
「それより、カイトの方は何か用事あったりとかしないの? 急に呼び出しちゃったけど」
「あっ! そうだった、今ちょうど魔法陣描いてる最中だった」
「すまん、それじゃあ急いでるから」と慌てて去っていく彼の姿を見送りながら、私はほっと一息ついた。
まさか、本人に言えるわけがない。私の欲しいものはいつもお世話になっているカイトにプレゼントするための魔道具だなんて。
私は幼い頃に制約を掛けられた。しかし私の魔力は通常よりも多過ぎて、誰の手にも負えない代物で。誰もまともな制約を掛けられなかった。
その場合どうなるか。代替の制約を掛けられるのだ。その制約とは『魔力が漏れそうになった時、魔力の量に応じて人間より小さい動物に変身させる』というもので。
一度に魔力が放出できる量は体の大きさに比例しているらしい。つまり体の小さい動物に一時的にでも変身させることで、周囲への被害を減らそうという試みだ。
この制約であれば『魔力を完全に封じる』ものより簡単で、魔力差があってもぎりぎり対象の子供に掛けることができるとのことだった。
とにかく私はこの制約を掛けられているせいで、精神的に不安定……特に焦ったり慌てたりすると漏れなく小鳥になってしまう。
それを解除するには他の魔法使いの力が必要で。昔は家族に解除してもらっていたのだが、全寮制のこの学園に入学するにあたってそうはいかなくなった。
結局私はバディ制度を利用することになり、そうしてお相手に選ばれたのがカイト……カイト・カーレンという同級生の魔法科に通う生徒だった。
私が制約を発動する度に呼び出しを食らってしまう彼。私はずっと申し訳ないと思うと同時に、いつも付き合ってくれる彼に対して感謝の気持ちでいっぱいだった。
だから私は決めたのだ。彼が欲しがっていた魔道具を手に入れて、今までのお礼としてプレゼントすることに。