プロローグ
静かに収束していく光と感覚。何も見えず、何も感じない。ただ意識だけがはっきりと、静かに没落していく。
(――あ、死ぬのか。これが死か)
青色アキトはここ一年を思った。
(フリーターを卒業しようと――簿記試験のために寝る間も惜しんで勉強して、ようやく報われたかも知れないのに――人生最後のイベントが資格試験――これが俺の人生か)
意識に映る走馬灯の最後に、簿記試験の問題用紙が出てくる。
アキトは回答したはずのその簿記問題を再び考える。
(――この問題は確か、○○○かな)
≪...ピンポーン ≫
(ん?なんだ今の音)
≪ 解答に成功しました ≫
(――あー、まあ死に際だし、お風呂で頭打って溺れた影響とかでおかしくなったのかな)
≪ 職業『簿記』を獲得しました ≫
(――職業。まあ確かに経理を目指していたけど、職業簿記はないだろ)
≪ これより転送を開始します ≫
その直後、暗闇の奥底から膨大な光の奔流があふれ出し、瞬く間にアキトの全身を呑み込んだ。
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会場は豪華なホテルだった。
絢爛な内装に清潔なホテルマン。緊張感漂う受験生の中、ひとり場違いな感覚にとらわれるフリーター、青色アキト。
それでも今日までやることはやった。
ここ一年、コンビニでフルタイムで働きながら、合間の時間で簿記を猛勉強した。
図書館でもカフェでも家でも、しまいにはバイト先であるコンビニの休憩時間にも教材を持ち込んで勉強した。
バイト先の後輩大学生には揶揄されたこともある。
しかしその態度は当然だとも思った。
アキトは感情の起伏が少ない。喜びも悲しみも、怒りもめったにしない。
なので後輩に対し、特段怒りの感覚を覚えることもなかった。
コツコツと勉強を続け、簿記の模擬テストでは何度も合格点を出せた。
(あとは本番で成果を出すだけ。)
アキトは着実な足取りで静かな活気を帯びた試験会場の部屋に足を踏み入れた。
「受かったー」
夜、持ち帰った答案用紙を自己採点して、合格を確信した。
「いやー、これなら合格確実かな。はー、終わったー!これで受験勉強ともお別れで、フリーター脱出もかないそうだ」
さすがのアキトも感情が表出する。
それもそうで、一年間この日のために積み重ねてきたのだ。
自己採点の結果をかみしめながらお風呂場でお湯に浸かり疲労感を帯びた体をほぐす。
こんなに開放的な気分はいつ以来だろうか。アキトはそう思った。
フリーターには意外と自由がない。
将来への不安、経済的な問題、親や他人の目線。
一見自由に見えても、こういった拘束が常にある。
それもあってアキトは脱フリーターして経理の正社員を目指していた。
そして今日、その目標に大きく近づけた。その安堵が大きかった。
「ようやくフリータから卒業できそうだ――って、誰もいないアパートで誰に口きいてんだか」
ふとした瞬間に感じる孤独感。寂しさ、しかしアキトはこの感覚をむしろ好むところだった。
「――ん、眠くなってきたな。そろそろ寝るか――――よいっしょ――って危ない!!」
立ち上がろうとした瞬間に足を滑らせ後頭頭を強打する。
意識がもうろうとし、反動的な呼吸で水が肺を圧迫する。激しくもがく。呼吸ができない。
-----冒頭の続き-----
アキトを呑み込んだ光の奔流は、音もなく、しかし巨大な大河を思わせた。
(すごい。これが死後の世界か。こんなことが。ああ、これからどこにいくのだろう)
もう先ほどの不思議な声のことは頭になかった。
光の奔流はアキトを運ぶ。
それは悠久の時を思わせるようで、また刹那的とも感じさせた。
光の奔流は、しかしゆっくりと引き潮のように遠のいていき、次第に晴れていく。
目がくらむ。目の感覚がある。
「あれ?」
視界が次第に良好になる。そこには巨大で豪華な部屋と、取り囲むように立ち並ぶ多くの人がいた。
「ん?ここは。この豪華な部屋。たくさんの人」
アキトは最近見た、よく似た光景を思い出す。
「――ここは試験会場?」
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