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そのご

「違いますぅ~一年ここで頑張ったら、皇帝陛下に素敵な旦那様を紹介してくれるって約束してもらえたので、これでも楽しみにしてるんですよ!」


 は? である。

 想定とは真逆の内容だったせいもあるが、そこにいる面々が電撃に打たれたように動きを止める。

 皇帝陛下が送り出したと聞いて、俺の背筋に冷たい汗が流れた。

 この女、変人すぎて魔の森に飛ばされてきたわけではなかったのか?


 狡猾な父の関与に、俺は嫌な予感がビンビンする。

 他の者たちも同じ感想を持ったようで、それとなく女に事情を問いただした。


 なんと。

 ぽへ~とした雰囲気を裏切り、侯爵家出身という高位貴族の娘だった。

 父が宰相とはいえ、奥方が多産の安産家系だったらしく、三つ子を三回続けて産めば、姉妹九人と女ばかりの大所帯。

 全員が健康に美しく育ったのは幸運だが、その末っ子ともなれば結婚なんていつになるかわからない。

 恋愛結婚をしようにも、父親が宰相ともなれば、その辺の男とホイホイ気安く付き合うわけにもいかない。


 行き遅れになり自立するしかない未来が見えたので、早々に身の振り方を考えて魔導道具師を目指したら、想定以上の才能が開花した。

 魔導道具師の資格も一発で取得し、その上位職である魔導装具士の資格も得ることができた。

 とはいえ、魔導道具と魔導装具の学園は最速でも卒業までにそれぞれ五年かかる。難なく卒業できても足掛け十年。

 装具の学校を卒業しても現場で経験を積む必要があるし、医療の知識は日々進捗更新されているから働いて学んでいるうちに、あっという間に時間が過ぎた。


 気が付けば二十八歳独身。

 十歳から庶民に混じって勉学に励んでいたから、貴族的なたしなみには疎くなり。

 かといって庶民とは程遠く、生まれと育ちのギャップが著しくなってしまった。

 おまけに貴族令嬢の結婚適齢期である十六歳~二十歳をとっくに過ぎたことにも気づいていなかった。

 

 コレは大変不味い状況なのでは? と気が付いて夜会などにも出てみたが、貴族令嬢のたおやかさなど持ち合わせない奇妙な年増に興味を持つ者すらおらず、詰んだ、と絶望した時に皇帝陛下から声をかけられたのだ。


「魔の森の砦に出向いてくれたら、ちょうど良い結婚相手を見繕うよ」


 即時、飛びついたのは言うまでもない。

 身元のはっきりした素敵な旦那様を紹介してもらえるうえに、自分の能力も発揮できる仕事まで斡旋してもらえるなんて、皇帝陛下の胡散臭い笑顔も神々しく感じたものだ。

 魔導に魅せられている仕事しかできない奇妙な人間にとって、それはありがたい申し出だったのだ。


「この歳ですしね! 今更、初婚のピヨピヨした坊ちゃんとお付き合いなんてちゃんちゃらおかしいですし。私の歳に釣り合うなら、相手の方も年上の再婚紳士が定番ですから! 銀髪か白髪の紳士で、大人の包容力を持つロマンスグレーのダンディな旦那様に、私がぴったりの装具を作って差し上げるのが夢なんです」


 弾む言葉の調子から、ダンディな旦那様が理想の伴侶のようだ。

 まだ見ぬロマンスグレーとのラブラブ生活を想像しているのか、ポッと頬まで染めている。

 大変ご機嫌で歌うように言葉は続いていたが、そこにいた者は全員が察していた。

 ダンディでロマンスグレーの年上紳士の夢は、すでに砕け散っていると。


 その旦那候補は、魂を彼方へ飛ばしているそこの狼殿下だ。

 歳は同じだし身分も申し分ないから、釣合いは取れている。

 狡猾なケダモノと愛妃に呼ばれている皇帝陛下は、帰ってこない息子にじれて嫁候補を送り込んできた。


 うわぁ~と全員が引いた。

 流石は狡猾なケダモノと愛妾に呼ばれるだけのことはある。

 孫が欲しいという願望を叶えるためにしても、皇帝陛下のやり方はえげつない。


「素敵な旦那様の御髪を整えたり、こうやって服の乱れをちょっと直したりなんか毎朝してみたりするのが夢なんです」


 えへえへと笑いながら生きる屍と化した狼殿下をシュシュシュッとブラッシングする手にも力が入っているが、憐れみの光を瞳に乗せる。

 そして、御髪どころか毛並みも整っていいんじゃないの、と全員がそっと目をそらせた。

 

 まぁ、あれだ。

 素敵な旦那様になるかどうかはわからないが、銀髪でシュッとした筋肉質の旦那様が欲しいという要望には、今でも応えている。

 衆目監視の前で毛づくろいなど、全裸でむつみ合っているようなものだから、親密さを否定しようにも今更であった。

 良いも悪いもなく、すでに所有物のように全身から雄の匂いを漂わせているから、既成事実と変わらない。


 毛づくろいが終わるころ。

 正気に戻った狼殿下こと、俺は色々と察した。


 察したからこそ、俺も含めた全員がその事実を胸の中に収めた。

 まだ見ぬ渋くて上品なロマンスグレーの後妻に納まる新婚生活を語る女が、あまりに幸せそうだったから。


 心の中で血涙を流していたが、この婚姻は逃げようがないだろう。

 肝心の女ははめられた被害者かもしれないが、気付いていない。

 気づいていないからこそ、幸せな夢を見ていられるのだ。

 乳や尻を遠慮なく触るが、この砦の男たちも乙女の夢を壊さない程度の、小さな気遣いはできるのだ。


 理想? 何それ、美味しいの? としか言えない。

 真実など、その時になって知れば良い。

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