異世界転移イージーモード
鼻をつつくおいしそうな匂いで目が覚める。朝ご飯の匂いだろうか。
「知らない天井...ではなかった。
もはや、雪原に放り出されるよりは知らない天井の方がマシである。
どうやら、一夜明けたようだが神崎の説明通り異世界転移は続いているようだ。
その説明のおかげで、学校に行かなければと焦ることもない。
いい匂いだなぁ、勝手に部屋の外に出ていいのかな...と考えながら体を起こす。
すると、突然に元気よく声を掛けられた。
「おっはよー! ヒロタカ!」
声のした方に顔を向けると、2つの大きいお山がそこにはあった。
なんだこれ。なんだかいい香りもすr「こっちだよー!
上から再び声を掛けられ顔を向けると、ちょこんと三角の耳が2つ頭についた薄い茶褐色の
髪色の女の子がこちらを覗き込んでいた。
「オ、オハヨウゴザイマス」
「うん!おはよー!」
戸惑いながら返事をすると、また元気よく挨拶を返された。
女の子は興味津々といった具合にニコニコしながら見つめてくる。
どちら様かしら。それにしてもとても立派なものをお持ちで。あと近い。そんなに見られると恥ずかしい。
どうしたものかと困っていると、ドアがノックされた。どうぞ、と返事をすると、
「おはよう、姫路くん。よく眠れたかしら。」
神崎だ。
「おはよう。おかげさまで。」
挨拶をしながら目で助けを求める。すると神崎はため息を吐きながら助け舟を出してくれた。
「フィー、姫路くんが困っているからちょっと離れてあげて」
「はーい」
フィーと呼ばれた子は神崎の注意に素直に従って離れてくれる。その後、神崎が彼女を紹介してくれた。
「この子はフィーネル・フィースティング。シヴァティア軍アカンサス支部西方監視部隊所属よ。」
西方監視部隊というのはこの駐屯地を拠点に活動している神崎が所属している部隊の名前だ。
「フィー、こっちは姫路博峻くん。昨日カブ【裏】から飛ばされてきた転移者よ。」
「よろしくお願いします。フィーネルさん。お世話になってます。」
神崎の紹介に後だってフィーネルさんに自己紹介をする。
「よろしく!ヒロタカ!フィーでいいよっ!敬語も要らないし!カレンと同じ学年って聞いたから私とも同い年だよねっ!」
よく見ると尻尾がふりふり揺れている。
トノフ【表】とカブ【裏】では季節はほぼ真逆らしく、今は11月下旬頃らしい。にも関わらずフィーはへそ出しのトップスを着ている。寒くないのかしら。
「彼女はキツネの亜人よ。性格はまぁ...こんな感じね」
明るくて人懐っこい感じかな。キツネというよりはイヌみたいだ。
「朝ご飯できてるみたいだからホールに行きましょうか。そこでみんなに姫路くんの紹介もするわ。」
「はーい!」
そう言って神崎とフィーは部屋を出ようとする。しかし俺にはどうしても気になることがあった。
「神崎、フィーちょっといいか?」
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「魔法ってのはどうやって使うんだ?」
俺も魔法が使えると聞いてから、気になって夜しか眠れなかった。
「あぁ..確かエアポッドだったわね」
「風の超初級魔法だねー」
「Lv.1なら室内で使っても大丈夫でしょう。ではあっちの壁に手を向けてみて。」
「こ、こうか?」
言われた通りに誰もいない壁の方に右手を向ける。
「で、唱える。」
なるほど。それだけでいいのか簡単だな。俺は、大きく息を吸い込み壁に向かって渾身の詠唱をした。
「ィエアァァーーーーポッド!!!!!!!!!!」
するとゴウッ!という衝撃音が壁に加わり、ベットの布団が風ですこしはためいた。
フッ、決まった
俺が初めての魔法詠唱の余韻に浸っていると、神崎が説明を加えてきた。
「...エアポッドは、風属性の基本的な魔法で狙った位置に局所的に突風を起こすことができるわ。
Lv.1だとあまり威力は出ないけれど、Lvが上がれば人を吹き飛ばすことも可能よ。それと...」
なるほどなるほど攻撃以外にもいろいろ応用がききそうだ。
「...魔法を唱える時に声を出す必要はないわ」
「ぷっ!」
フィーに笑われた。最初に言ってよ...。なんだかすごい気合を入れて詠唱したのがとても恥ずかしくなってくる。
神崎はさらに続ける、
「魔法を唱えるとMPが消費されるわ。残りMP以上を消費する魔法は唱えられない。MPは大体一日で全快するわね。」
体内に意識を集中させると、確かにMPの表示が 16/20となっている。どうやらエアポッドLv.1はMPを4消費するらしい。
神崎は他のステータスについても説明してくれた。
・属性は全ての人が使える無属性と、火、風、土、水、光、闇の7種類ある。身体強化などの属性の無さそうな魔法はほとんど無属性に分類されるが、治癒魔法などは光、精神系の魔法などは闇に分類される。基本的には一人無属性+1属性しか扱えないが、たまに2属性扱える人もいる。
・HPは体力を表しており、0になると死ぬ。休んだら回復する。
・スタミナは減ると疲れる。0になっても死ぬことはないが動けなくなる。休んだら回復する。
・攻撃力、防御力、俊敏性はその名の通り。異種族ではそこそこ差はでるが、同種族内で数値の差はほとんど出ない。筋トレすれば少しは上がる。装備をつければ+される。
・魔法力は使用する魔法全体の効力を底上げし、スキルのLvはその魔法自体の効力を上げる。
「ステータスは人間の能力が可視化できるようになっただけで、魔法が使える事以外ヒューマンにできることはカブとそう大差ないわ。」
「そんなもんか」
「そんなもんよ。朝食時間が終わる前に早くホールに行きましょう。」
俺たち三人は部屋を後にしてホールに向かった。
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ホールには長机が置いてあり、数人が食事をとっていた。奥側には何種類かの料理が並べられており、その奥にはキッチンがあった。
朝食はどうやらビュッフェ形式のようだ。
俺が部屋に入るとチラチラと視線を向けられた。多少は噂になっているらしい。中には人間じゃない種族もいる。あ、昨日のリザードマン。
初めて見る光景に狼狽していると、知っている顔の人が声を掛けてきた。エルフのコーデリアさんだ。
「おはよう。カレン、フィー...とヒメジくん」
そういってニコッと微笑まれる。自己紹介はまだなのにもう名前を覚えてくれているようだ。
「私は、コーデリア・コーネル。ここで主に事務職を担当しているわ。種族はエルフ。よろしくね」
「姫路博峻です。昨日はお世話になりました。よろしくお願いします。」
とお互いに挨拶を交わす。ていうかこの人昨日夜勤してなかった?いつ寝てるんだろう? リザードマンの人も。
「おはようございます。コーデリアさん。置塩さんは...」
「オキシオさんは急ぎの用事みたいで朝早く王宮の方に出掛けちゃったわ」
「そうですか...。ではとりあえず副隊長の方に...」
「そうねぇ」
そういって神崎に、昨日のリザードマンと、体格の良い男性が二人で食事している席に連れて行かれる。
「ガイアス副隊長、ハルゲンさんおはようございます。こちら昨日カブから転移してきた姫路博峻くんです。」
すると、ガイアスと呼ばれた人が返答する。
「おぉ、お前がヒメジか!俺は、シヴァティア軍アカンサス支部西方監視部隊副隊長のガイアス・ガルドバスだ。種族はヒューマンだが。ドワーフの血が少し混ざっている。昨日は転移早々クマに襲われるとは災難だったな。まぁ日付が変わるまでだかゆっくりしていってくれや。」
「俺は、ハルゲン・ハルモニクス。リザードマンだ。よろしく、ヒメジヒロタカくん。」
「よ、よろしくお願いします。」
この二人、迫力あるなぁ...。
ドワーフとヒューマンの混血かぁ。この世界では、異種族間でも夫婦になれるようだ。
ひとしきり他の人とも挨拶を交わした後、一緒に食事をした。
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食事が終わると、コーデリアさんがある提案をした。
「カレン、ヒメジくん帰るまで暇だろうから、アカンサスの街を案内してあげたらどうかしら?」
「いえ!全然お気遣いなく!」
焦って遠慮の言葉を口にする。突然転移してきたのに、危ないところを助けてもらって、宿と食事まで用意してもらって十分である。
「いいからいいから~。冬は魔物もあまり降りてこないし、警備はガイアスさんがいれば十分じゃないかしら。ね?カレンどうかしら?」
「わかりました。ではお言葉に甘えてそうします。」
俺の遠慮の言葉は即座にいなされてしまい、街に行くことが決定してしまった。コーデリアさん結構強引だなぁ。
「あ!じゃあ、私も案内するっ!」
と、フィーが立ち上がり声をあげる。
「フィーは、サボりたいだけじゃない?」
「違うし!これも仕事だし!」
フィーとコーデリアさんが言い争っている裏で俺は、神崎に小声で尋ねた。
「なぁ、なんでここの人達はこんなに歓迎してくれるんだ?街の案内までしてくれるし。仕事もあるだろうに...」
「フィーの言う通り、転移者の保護や帰還までのサポートも私たちの仕事の一環でもあるわ。あとは転移者が久しぶりだからみんな浮かれてるのよ。
急に別世界に飛ばされてきたんだし、これくらいの歓迎受けてもバチはあたらないんじゃないかしら。」
そんなもんか、と俺は渋々納得し、ありがたく歓迎を受けることにした。
異世界転移って、街から追放されたり、必死に修行したり、何回も死に戻りしたり、もっと厳しい世界だと思っていた。
最初こそ熊に襲われこそしたが、どうやら俺の異世界転移はイージーモードらしい。
結局、神崎とフィーの二人に街を案内してもらうことになった。