熊はそんなに危険じゃないわ
「やはりそうか...。 となると、やっぱ魔王を倒さないと元の世界には帰れないのか?まて、そもそも女神様に与えられた祝福はどこで確認できるんだ?」
俺が、異世界召喚にあたっての基本的な疑問を口にすると、神崎は怪訝な表情で返してきた。
「魔王なんてものはいないし、すぐに元の世界には帰れるわ。女神様というのは、女神アメネーのことかしら、祝福というのはよく分からないけれど...」
すぐに帰れるらしい。異世界転移ファンタジーもののラノベみたいでワクワクしてしまい、なんだか食い気味で質問してしまったのが恥ずかしくなってくる。大丈夫? 神崎ちょっと引いてない?
「とにかくここは野生の魔物も多いし、安全なところまで案内してから説明するわ。ついてきて」
「助けてくれるのか?」
「助けるも何もあなたここにいたら熊に襲われて死ぬじゃない。帰る方法も分からないだろうし... 見殺しになんてできないじゃない。」
ぐうの音も出なかった。確かに神崎の立場からすると放っておくのも気が引ける。それにしても、さも当然かのように助けてくれる彼女はかなり優しい子なのかもしれない。俺はお礼を言いながら、彼女の親切に甘えて後ろをついていくことにした。
「では行きましょう」
そう言うと神崎の体から炎が吹き出る。
「すげぇ...!さっきも見てたけど魔法ってやつか?」
俺は感嘆の声をあげる。
「えぇ、こうしておいた方が魔物も寄って来ないし、明かり代わりにもなるわ」
そうして俺達は、はじめに見たわずかな人工的な明かりがある方向へと進むのだった。
道中、寒かったので神崎の背中にストーブ代わりにして手を近づけて暖をとった。
何度かジト目で見られたが、多分バレてない。うん。
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15分程度神崎の後をついて歩くと、雪原の中にポツンと建った背の低い1階建ての建物が見えてきた。人工的な明かりの正体だ。1階建ててあるが、敷地面積は結構ありそうで、なんだか兵士の駐屯地みたいだ。
警備をしているのか、外には何人か人がいた。その人たちの中には、あれはリザードマンだろうか、トカゲの頭をもった生き物が、服を着て二足歩行している...。
ジロジロ見つめていると、目があってしまいギロッと睨まれる。怖っ! 思わず神崎の後ろにさっと隠れる。
「心配しなくても私といれば何もされないから大丈夫よ。そもそも一人でいても急に襲われたりしないわ」
「そ、そうか...」
神崎はリザードマンにぺこりと挨拶をする。
やはりファンタジー世界。人間以外の種族も普通に暮らしているのだろう。人と一緒にいるということは、この世界では人間と他の種族との関係はかなり良好なのかもしれない。
神崎は、建物の正面にはあるが、あまり大きくはない引き戸式のドアから建物へと入っていく。俺が、どうするべきかと立ち尽くしているとちょいちょいと手招きされた。どうやら中に入れということらしい。
建物の中に入るとすぐ左側にガラスで仕切られた受付のような部屋があった。事務室か何かだろうか。
「あら、カレンお帰りなさい。遅かったわね。 それとー...」
事務室の中にいる眼鏡を掛けた短めの銀髪の若い女性が、なんと声を掛けようかと言葉をつまらせている。よく見ると耳が長く尖っている。エルフとかかしら。
「ただいま、コーデリアさん。途中ちょっと人を拾ってしまって...。向こうの世界からこっちに飛ばされて来たみたい。ひとしきり彼に事情を説明したらまた紹介します。ちょっとこっちの部屋を借りてもいいですか?」
「あらまぁ!それは大変ね。部屋なら空いてるところどこでも使ってちょうだい。じゃあオキシオさん呼んで来ましょうか。」
「ありがとうございます。いえ、みんなに紹介するのは朝起きてからにします。今日はもう遅いですし...」
「それもそうね」
どうやら言葉は普通に通じるらしい。また、『コーデリアさん』と呼ばれた人は、驚いてはいるが向こうの世界から来たという説明だけで事情が通じている。もしかして異世界転移って結構よくあることなのか?
「こっちよ 姫路くん。」
俺はコーデリアさんに軽く会釈して、案内された空き部屋に入った。玄関の時計は午前0時30分を指していた。
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「さて、何から説明すればいいのかしら」
パタン、と扉を閉めながら神崎は呟く。確かに、事情を何も知らない奴に一から物事を説明するのは難しいだろう。
「こっちから質問してもいいか?」
「どうぞ」
ならば、と、俺から質問をしてそれに答えていってもらう形にしてもらった。
「ここが異世界というのは分かったんだけど、この施設はなんなんだ?屯所って言ってたから軍の施設か何かなのか?」
「そうね。この建物はシヴァティア連合国の首都アカンサスの西側にある軍の駐屯施設よ。アカンサスの西は魔物が多く住み着く広大な山岳地帯になっていて、この施設は山から降りてきた魔物が街に入り込まないように食い止める役割を果たしているわ。ここからもう少し東に歩くとアカンサスの街に着くわ。」
「なるほど、熊とかが街に入ると危ないもんな。」
「いや、アンデットとかドラゴンとかかしら。熊はそんなに危険じゃないわ」
「えぇ...(困惑)」
俺が殺されそうになったあの熊はそんなに危険じゃないらしい。確かに神崎は一撃で倒してたもんなぁ...
てかなんだドラゴンって異世界コワイ。
「まぁいいや...。元の世界に帰れるって言ってたけどそれはどういう方法なんだ?」
「明日の24時になれば自動的に元いた場所に帰れるわ。」
「は?」
神崎の説明によると、元の世界からこの世界への異世界転移というのはそこそこ起こることらしい(年に2~3人くらい)。
転移は、必ず24時に起こり翌日の24時に元の世界に戻る。その際、元いた世界での時間は進まないとのこと。
この世界では、こちら側の世界をトノフ【表】、俺たちが住む世界をカブ【裏】と呼ぶ。
「この首飾りには、遥か昔トノフとカブを自由に行き来できたとされる女神アメネーの加護が宿っているとされているわ。」
神崎の首元を見ると、鍵の形をしたどこか神秘的な雰囲気を漂わせるネックレスをしている。
首飾りをしていると、一度でも転移したことがある者に限り、毎日24時毎にトノフとカブとの転移を繰り返す。首飾りはとても貴重なもので、転移者の中でも国家に認められた者しか持つことを許されていない。
また、カブ側でも政府関係者の一部は転移について把握しており、転移者によって形成された団体も存在する。神崎は、シヴァティア軍に属しており、転移者を支援したり外交関係を整えたりする部に属しているらしい。
それからも神崎は、俺のどんな疑問にも丁寧に答えてくれた。仕事柄という側面もあるのだろうが、優しくて面倒見がいいやつなのだと思う。
質問した中でも驚いたのが...
「魔法って俺も使えるのか?」
「使えるわよ」
「マジでか!」
思わず叫んでしまった。神崎が驚いて身を引いてしまっている。スイマセン
「目を閉じて自分の体内に意識を集中してみて」
よく分からないが、言われた通りにやってみる。
ヒメジヒロタカ 種族:ヒューマン 属性:風
HP 29/30 MP 20/20 スタミナ 18/25
攻撃力 13 防御力 3+1
俊敏性 11 魔法力 5
スキル
エアポッド Lv.1
イカイワタリ
「なんかRPGの画面みたいなのが出てきた...」
「トノフの住人や転移者にはその映像がみえるわ。属性とスキルって表示があると思うんだけど...」
「風... エアポッド...」
なんだかどこかの音楽機器のようなスキル名が表示されている。
「あぁ、その魔法なら...ってもうこんな時間。」
部屋の時計は午前1時30分をとうに過ぎていた。
「続きは明日にしましょう。この部屋のベットを使っていいから。」
そう言って神崎は部屋を出ようとする。
えぇぇ...気になる...
しかし、時間を意識すると逆らえない睡魔が襲ってきた。
「分かった。いろいろありがとう。おやすみ、神崎。」
「えぇ、おやすみなさい。」
神崎が部屋を出ていった後、俺はスイッチが切れたようにすぐに眠りについてしまった。