僕が殺した
夏至。
学生時代に所属していたサッカー部の先輩である岡田さんと、船釣りに出掛けた時の事だ。
「――いやぁ、爆釣でしたね。先輩」
「さっきのカレイ、フライにしたいね」
「今晩うちでどうですか。奥さんも是非」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「先輩って、まだサッカーしてるんですか?」
「流石にもうやっていないよ。友達から社会人リーグに誘われているんだけどね」
「いいじゃないですか。どうしてやらないんですか?」
「俺、集団行動得意じゃないんだよ」
「意外ですね」
「そうかい?」
「そうですよ。部長までやっていたのに」
「頼まれたからだよ。やれと言われたらやるけど、好きか嫌いでいえば、やっぱり大人数は得意じゃないなぁ」
「なにか、理由でも?」
「ああ、話した事なかったっけ。小学生の頃なんだけどね――」
*
道徳の授業とかで、模擬裁判をした覚えはないかい?
クラスの中で、裁判長とか被告人を決めて行うあれだよ。
僕が五年生の頃にもね、一度やったんだ。
その時の裁判は子供向けの簡単なルールで行われた。
まず、裁判全体を取り仕切る裁判長が一人いて、被告人が一人いる。
弁護士や検察官は居なくてね、代わりに残りのクラス皆で議論するんだよ。
情状酌量の余地はあるかだとか、どの程度の刑を与えるべきかを話し合う予定だった。
くじ引きで役割を分担して、僕は議論する側の一人になった。
被告人の罪状は窃盗だったよ。確か、空き巣だったかな。何万円か盗んだらしい。
それでいざ裁判が始まるとね、やっぱり居るんだよ、一人は。
冗談交じりに死刑を推す子が。
最初は皆笑ってた。被告人の子も教壇の前で笑ってたよ。
すると、次に声を上げた子がこう言ったんだ。
私も死刑に賛成ですって。
僕は怖かったよ。どうしてそんなにあっさり人を殺せるんだろうって。
でもね、三人、六人、十二人と、どんどんそれが増えていくんだ。
被告人の子も、段々怖くなってきたんだろうね。顔が青白くなっていたのを覚えているよ。
もう止まらなかった。多分誰にも止められなかったと思う。
――気が付いたら、僕以外の全員が死刑に賛成していたんだ。
きっと、大した理由なんてなかったんだと思う。
本当にただなんとなく、誰かがそう言ったから死刑でいいやって皆思ったんだろうね。
その時僕はどうしたと思う?
ありがとう。そうだね。そうするべきだった。
僕もね、死刑に賛成したんだ。
でも、僕は他の子と違った。
ただなんとなくなんて理由じゃなかった。
他の子と意見が違うのが怖かったから死刑に賛成したんだ。
つまり、満場一致で被告人の子の死刑が確定した。
その時ね、教壇の方でどさりって音がした。
被告人の子が、泡を吹いて倒れたんだよ。
緊張だとか恐怖だとか、色んなものが溢れかえっちゃったんだろうね。気絶したんだ。
その時、こう思ったよ。
ああ、僕が殺しちゃったんだって。
それから、集団で行動をするのが怖いんだ。
周囲の人が怖いんじゃない。
集団の中で変わってしまう自分が、怖いんだ。
*
「……後悔していますか?」
「そりゃあしてるよ。でもね、もしあの時に戻れたとしても、僕はきっとまた同じ事をするんだと思う」
「そんな事ないですよ」
「あるさ。僕はなにも変わってない」
「先輩……」
「なあ、君ならどうしていた? あの子達を、止められたと思うかい?」
「俺は……」
「ごめんね。余計な事を聞いたよ」
「……人間って、怖いですね」
「うん、怖いね。怖いよ、本当に」
『僕が殺した』了