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僕が殺した

 夏至。

 学生時代に所属していたサッカー部の先輩である岡田さんと、船釣りに出掛けた時の事だ。


「――いやぁ、爆釣でしたね。先輩」

「さっきのカレイ、フライにしたいね」

「今晩うちでどうですか。奥さんも是非」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

「先輩って、まだサッカーしてるんですか?」

「流石にもうやっていないよ。友達から社会人リーグに誘われているんだけどね」

「いいじゃないですか。どうしてやらないんですか?」

「俺、集団行動得意じゃないんだよ」

「意外ですね」

「そうかい?」

「そうですよ。部長までやっていたのに」

「頼まれたからだよ。やれと言われたらやるけど、好きか嫌いでいえば、やっぱり大人数は得意じゃないなぁ」

「なにか、理由でも?」

「ああ、話した事なかったっけ。小学生の頃なんだけどね――」



 道徳の授業とかで、模擬裁判をした覚えはないかい?

 クラスの中で、裁判長とか被告人を決めて行うあれだよ。

 僕が五年生の頃にもね、一度やったんだ。

 その時の裁判は子供向けの簡単なルールで行われた。

 まず、裁判全体を取り仕切る裁判長が一人いて、被告人が一人いる。

 弁護士や検察官は居なくてね、代わりに残りのクラス皆で議論するんだよ。

 情状酌量の余地はあるかだとか、どの程度の刑を与えるべきかを話し合う予定だった。

 くじ引きで役割を分担して、僕は議論する側の一人になった。

 被告人の罪状は窃盗だったよ。確か、空き巣だったかな。何万円か盗んだらしい。


 それでいざ裁判が始まるとね、やっぱり居るんだよ、一人は。

 冗談交じりに死刑を推す子が。

 最初は皆笑ってた。被告人の子も教壇の前で笑ってたよ。

 すると、次に声を上げた子がこう言ったんだ。

 私も死刑に賛成ですって。

 僕は怖かったよ。どうしてそんなにあっさり人を殺せるんだろうって。

 でもね、三人、六人、十二人と、どんどんそれが増えていくんだ。

 被告人の子も、段々怖くなってきたんだろうね。顔が青白くなっていたのを覚えているよ。

 もう止まらなかった。多分誰にも止められなかったと思う。

――気が付いたら、僕以外の全員が死刑に賛成していたんだ。

 きっと、大した理由なんてなかったんだと思う。

 本当にただなんとなく、誰かがそう言ったから死刑でいいやって皆思ったんだろうね。


 その時僕はどうしたと思う?


 ありがとう。そうだね。そうするべきだった。

 僕もね、死刑に賛成したんだ。

 でも、僕は他の子と違った。

 ただなんとなくなんて理由じゃなかった。

 他の子と意見が違うのが怖かったから死刑に賛成したんだ。

 つまり、満場一致で被告人の子の死刑が確定した。


 その時ね、教壇の方でどさりって音がした。

 被告人の子が、泡を吹いて倒れたんだよ。

 緊張だとか恐怖だとか、色んなものが溢れかえっちゃったんだろうね。気絶したんだ。

 その時、こう思ったよ。

 ああ、僕が殺しちゃったんだって。

 それから、集団で行動をするのが怖いんだ。

 周囲の人が怖いんじゃない。

 集団の中で変わってしまう自分が、怖いんだ。



「……後悔していますか?」

「そりゃあしてるよ。でもね、もしあの時に戻れたとしても、僕はきっとまた同じ事をするんだと思う」

「そんな事ないですよ」

「あるさ。僕はなにも変わってない」

「先輩……」

「なあ、君ならどうしていた? あの子達を、止められたと思うかい?」

「俺は……」

「ごめんね。余計な事を聞いたよ」

「……人間って、怖いですね」

「うん、怖いね。怖いよ、本当に」


『僕が殺した』了

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