後編
数時間前、私が大阪へ向かった時とはまるで違う、静かな四条通り。
自転車を駐めた場所に向かって歩き出すと、携帯電話が鳴る。番号を見ると、恋人からの電話だった。
「もしもし。ちょうど今……」
「私メリーさん。今あなたの後ろにいるの」
私の言葉を遮って、変な冗談を言い出す麻衣子。
まさかと思いながら後ろを振り向き、さらにキョロキョロしていると、本当に立っている彼女が視界に入ってきた。さすがに、真後ろではなかったけれど。
「おかえりなさい」
「ああ、ただいま」
まだ家に帰り着いたわけではなく、自転車で十数分かかるが、とりあえず、そう返しておく。
続いて、謝罪の言葉を口にする。
「ごめんな。用事がなければ、二人で祇園祭、見て回れたのに……」
わざわざ四条まで出迎えに来たのだから、私ほどではないにしろ、麻衣子の側にも「祇園祭、行きたかった!」という気持ちがあるに違いない。
少なくとも私の方では、その後悔は激しかった。なにしろ昨年までの私は、友人同士のグループで宵山に繰り出すことはあっても、恋人と二人で宵山デートを楽しむ機会なんて一度もなかったのだから。
「いいわよ、別に。それより……」
自転車のある方角とは反対に視線を向けながら、麻衣子は微笑んだ。
「……少し二人で歩きましょうよ」
人のいない、夜の四条通り。
まだ屋台のスタンド自体は並んでいるけれど、すでに店は閉まっている。もはや買いに来る客はいない、ということを意味していた。
少し前までは、大勢の若者たちが祭りを楽しんでいたのだろう。中にはマナーの悪い者もいたらしく、道路のあちこちにゴミも放置されていた。おそらく宵山のために、臨時のゴミ箱も用意されているというのに。
だが、悪いことばかりではない。通りに鎮座させられた山鉾たちは、見る者がいなくなっても、堂々と存在を主張していた。「動く美術館」は、動いていなくても、立派な芸術品だったのだ。
「こうして見比べると……。山鉾って、本当に一つ一つ違うのね」
「ああ、そうだな。これくらい誰もいない方が、歩きやすいし遠くまで見えるし、かえっていいかもしれない」
麻衣子に返しながら、ふと心の中で思う。
去年までの私は、せっかく宵山に来ても、屋台で食べたり遊んだりするのがメイン。山鉾そのものには、あまり注目していなかった気がする、と。
しんみりとした楽しさ、という表現は、少し変かもしれない。
だが実際、四条河原町から四条烏丸まで、恋人と手を繋いで歩きながら、私はとても幸せだった。すでに手を繋ぐ以上のスキンシップを経験している仲であっても、この時ばかりは、何か特別だったのだ。
憧れていた宵山デートとは全く違うが……。これも一つの宵山デートなのだろう。
(「人のいない祇園祭」完)