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ブラッドグッドディード Blood Good deed  作者: 瀧寺りゅう
第1章 掃き溜め世界のきまじめと魔術師
3/4

からうめ きまじめ 辛い梅② 「悪というには弱く、ふとしたことで脆く崩れる砂」

 薄暗い女子トイレ。その前に立ち、唐梅(からうめ)はすっと中を覗きこむ。


 曇り空には夕日が混じり、黄色く変わり始めていた。雲の切れ間から差した金色の光が、校舎全体を斜めに切っている。


 昼の砂漠にいる、と感じる。砂漠の夜は昼とは違い、凍えるほど寒いと言う。今は日が差してきて、このまま天気が回復すれば、春らしい気温が戻ってきそうだった。


 その光をさけるように、砂漠蔵(さばくら)が立っていた。


 砂漠蔵は、闇の中で神々しい。


 女子トイレにできた影に隠れ、それでも金色の髪のせいか、手に持つ携帯機器の明かりのせいか。砂漠蔵はキラキラと光って見えた。サイバーセカンドのCMが、細い手の中から聞こえてくる。


 いかにも素行不良の派手な髪。伸びた爪。短いスカートはこれでもかと強気だが、その強気を着ているのは、か細い少女だ。


 悪になりきれぬ寂しさがある、と唐梅は砂漠蔵を分析している。


 自分は悪人だと、砂漠蔵はよく言う。が、悪というには弱く、ふとしたことで(もろ)く崩れる砂のような印象が拭えないのだ。


 そのか細い砂漠蔵に、感情任せに乱暴を働いた辛い梅のことを思い出し、「う゛っ」と顔を苦くする。


 気を取り直す。ついでにメガネも直すと、唐梅は一歩足を踏みだした。


「さば――ぐっ」


 勢いよく足を前に出し、入り口の枠に思いっきり顔をぶつける。直したばかりのメガネが落ちた音がして、急いで床を探す。


「――あんた、ほんと目悪いよね。その目、何なら見えてんの」


 ぼやけた視界がはっきりする。メガネが戻ってきている。同時に、砂漠蔵のすました顔が逆光とともにレンズへ映りこんだ。


「前だけさ。あと、君」


「……」


 なぜか、ぐっと黙りこむ砂漠蔵をよそに、メガネを拾ってもらった礼を言い、立ちあがる。


「今日は呼びだしてないんだけど」


「ああ、そうだな」


「っていうか、あんた平気で入ってくるよね。非常識じゃない? きまじめのくせに」


「非常識なんじゃなく、非常時なんだ。非常識は君だ。君こそ平気でここに呼ぶだろう」


「私は…………ここが好きなだけ」


 静かに呟き、砂漠蔵が女子トイレの壁にもたれかかった。こんな場所を好きだと言うのは、他に落ち着ける場所がないだけなのではないか、と勘ぐってしまう。


「……職員室から出てきたな。何か言われたか」


「呼びだしくらっただけ。いつも呼びだす側だから、罰が当たったんじゃない。因果でしょ」


「因果ね……どうせ、この間のことだろう。今さらだな」


 唐梅もまた、砂漠蔵の隣に立った。壁にはもたれず背筋を伸ばし、無意識に姿勢を正す。


「でも、ゴミはよくても”あれ”は僕も許せないな。君のせいで”あれ”な関係だと思われたんだ。あれじゃないぞ。”あれ”だ!」


 口には出さない。絶対に口に出すまいと決めているわけでもないが、しかし明言したくない。


 砂漠蔵はふっと息を吐き、ニヒルな顔をしている。どうりでご機嫌だったわけである。きまじめな自分は、不真面目素行不良児の砂漠蔵にまんまと(おとし)められたのだ。


「くそっ。僕はそういう不埒(ふらち)なものが大嫌いなのに。おい砂漠蔵、スカートが短いぞ。校則じゃ膝下だろう。僕的には足首下でもいいくらい――」


「それもうワンピだし。きまじめからキリストに改名したら」


 短いスカートで、堂々と砂漠蔵が床に座った。いろいろ言いたいが、説法を抑えてキリストも隣に座りこむ。


 あぐらはかかずに、膝を抱える。生真面目な唐梅にとっては、学校でよくやる体育座りが基本中の基本だ。


「今日はいい子じゃないか。ゴミ、ぶつけなくていいのか」


 女子トイレを見渡した。ゴミは散乱していない。ゴミ箱は洗面台の隅に、きれいに収まっている。これなら確かに居心地はいい。


「ぶつけられたいわけ? SMじゃん」


「不埒な発言をするな。更生しろ。この問題児め。本当、僕には謝らないな。君って」


 自分のときと、それ以外の人間を相手にしたときで、砂漠蔵の態度はまるで違う。


 砂漠蔵は相手を選んでいる。同じ場所にいる相手を選ぶのだ。だからクラスの普通の子――幸せなところにいる子には、手を出さない。


 施設出身の自分と、家庭に問題のある砂漠蔵。細かい状況は違えど、近いと言っていい。


 僕から見た世界がゴミの掃き溜めだとしたら、砂漠蔵は夜の砂漠にいる。どちらも底冷えた世界に生きる人間だ。


 彼女が一時の孤独を埋めるため、この”じゃれ合い”の相手に自分を選んだのは、そういう理由だと唐梅は分析している。


『電脳世界研究の最高峰、サイバーセカンドの提供する電子空間、同名サイバーセカンド!』


 馴染みのCMが聞こえ、遠慮なく砂漠蔵の携帯機器を覗きこむ。


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