MIN-007「ルーナという少女」
「忘れ物はない?」
「大丈夫ですよ、どっちかっていうと、ベリーナさんを1人にしちゃうほうが気になります」
私がこの世界にやってきて、もうすぐ一か月になる。
その間に聞いたりして調べた限りでは、一年だとかは地球とほぼ同じ。
いくつか、あれって思うようなこととかはあるけど、おおむね一緒だ。
(食べ物が、どこかでみたようなのばかりなのが一番助かるなあ)
当然のように、世界地図なんてのはないから近くしかわからない。
それでも、この町がどちらかというと僻地で、どことも国境が接していないのが救いだ。
「そこは気にしないでいいのよ? ユキだって休みがあったほうがいいんだもの」
「じゃあ、行ってきます」
いつまでもこうしてても、何も始まらない。
私としては、特につらいわけじゃないから毎日お店に出ててもいいのだけど……。
ちゃんと休みを取って、見識を広げなさいと言われては断れない。
相場が不明だけど、賃金も貰った形。
何が買えるのか、買えないのか。それすらもよく考えたら知らなかった。
「苦労は、それが辛いと知った時に苦労となる……か。ちょっと違うかな」
「年寄り臭い話ね」
突然、横合いから声。
慌ててそちらを向けば、見覚えのある少女がいた。
森で出会った時と同じ服装の、ルーナだ。
「ルーナ、久しぶり……かな?」
「ええ、そうね。結局時間がかかっちゃったわ。でも、また会えた」
お人形みたいな美少女であるルーナに、真正面からそんなことを言われると女の子同士でもドキッとする。
いけない、私は塔を建てる予定はないのだ。
「この町には慣れたかしら」
「うん。みんな良い人だし、過ごしやすいし……うん、慣れた……かな?」
自分でもわかっている。
これは、旅行先で慣れてきたか、ぐらいなことなのは。
私の心は、まだ地球にあるのだから。
もっとも、すぐに帰ることは難しいなあとも感じている。
だからと言って、あきらめるというのも違うのだけれども。
「顔に出てるわよ。ちょっと退屈だって」
「ええ!? そんな表情してた?」
情報という点では、常日頃から浴びるように得ていたのが元の私だ。
刺激、と言い換えてもいいかも?
テレビも雑誌も、例えばゲームとかだってない世界。
「年寄りみたいな、達観した顔してたわよ。ついてきなさい」
「ちょっと、ルーナ!?」
自分より少し背が低い美少女に、手を引かれていくのはなかなかない経験だ。
従妹と買い物にいったときには、こんな感じだったかな?
ほぼ走るかのような勢いで、先導するルーナ。
揺れる銀髪がきれいで、まるでお忍びのお嬢様と秘密のデートをしているみたいって何を考えているのだ。
「はい、到着」
「到着って……綺麗」
宝石をちりばめたみたいな、感動があった。
小高い丘のようになっている場所は、湖を見渡せる展望台。
ベンチもあるし、間違いないと思う。
どこからか、涼しい風が吹いて火照った体がちょうどよく冷めていく。
町の外から見たときとは、似ているようで違う。
大きな鏡を、覗き込んでいるかのよう。
「退屈で何もないなんて、嘘じゃん」
「そんなこと言ったかしら? ねえ、ユキ。貴女、落とし子でしょう?」
どきりとした。
アルトさんから聞いたのかな?
いや、知る人は知っている、みたいだった。
「答えを言ってるみたいなものじゃない。別に何かしようってわけじゃないわ。あ、ちょっとあるかも? 私ね、何かしたいの」
「したい……?」
よく、わからない。
でも、だまそうというならこんなことを正面からは言ってこないだろうな。
「ユキは知らないだろうけど、この町は国の領地でも隅の方なの。近くには険しい自然はあるけど、怪物は少ない。開拓はしにくいけど危ない場所がないから、当然よね。無理せずに、暮らすには十分」
「確かに……」
それは私も感じていた。この町は、平和なのだ。
川と湖、そして海への道。山も森もあり、畑を狙う怪物なんてのもそう多くない。
そこまで考えて、ピンときた。来てしまった。
「ルーナは、ぬるま湯が嫌?」
「……驚いた。頭もいいのね。ますます、素敵だわ」
オルゴールの仕掛けのように、その場でルーナがくるりと回る。
かすかに香る香水が、女の子らしいなと感じた。
満月のような微笑みが、まっすぐに私を見る。
「少しでいい、一歩でいい。人間だもの……前を向いて、良くしたいの」
「ルーナの、自分のため?」
ささやくように言うと、ふるふると首を振られた。
自分だけのためじゃ、ないと。
「兄がいるの。その……若き領主って立場の」
「お兄さんが……って、領主!? ってことは……」
いいとこのお嬢様っぽいなとは思ってたけど……。
まさかの領主の妹、お姫様みたいなものだ。
「ルーナって呼んでちょうだい。お友達で、いたいの。駄目かしら」
「ずるいなあ、そんなこと言われたら、ヤダって言えないよ」
微笑んで、彼女の手を取った。
小さくて、すべすべして、はかなげな手。
私が男の子だったら、騎士になるなんて言い出しそうなシーンだ。
「それじゃあ、何で遊ぶ?」
「ありがとう。今の時期、良いのが釣れるのよ」
案外、アウトドアな趣味だった。
思えば、森にアルトさんと一緒にいたんだから怪物とも戦えるのかなって。
魔法、そうだ魔法だ!
「ねえ、ルーナ! 魔法、教えて!」
「ええ、いいわよ。でも、また別の日ね。今日は、遊びたい気分なの」
そんなことを言われ、私も思わず笑ってしまう。
わがままそうで、さびしがり屋のようなお姫様との、友情の時間だ。
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