MIN-077「物を売るだけが商売じゃない?」
「さあって、今日も頑張りますよー!」
「お店に出る前に、お化粧しましょうか。少しクマが出てるわよ。何がどうしたの?」
「ユキお姉さん、お水飲みます?」
数日振りのプレケース。いつものように店番を、というところで呼び止められる。
疲れが表に出ていたらしい私に、ベリーナさんは容赦なくつっこんできた。
アンナにまで心配されてしまうということは、丸わかりということだ。
呻きながら、ごまかすこともできずに正直に言うしかない。
「それで1個は報酬に貰って来た、と。相変わらずね、ユキ」
「あははは……でも便利でしょう、これ!」
「明るいです! わぁー!」
今はもう朝だからあまり明るくないけど、灯りの道具を起動する。
本来の土台を、木枠で新しく囲ってある。
そこには、色を塗り分けた石が4つ、はまっている。
(明るさ3段階と、オフ……十分だよね)
いろんな人を巻き込んで、結構な騒動になったけどその分、良い物が出来たと思う。
今回の事で、1つの事を学んだ……かな?
それは、魔法の道具がそれ単体で完成してるわけじゃないということだ。
今回の灯りの道具で、スイッチみたいに出来たように、改良が不可能じゃないということ。
「旅先はともかく、家で使うにはこちらのほうがいいわね。夜に起きるのに、薄暗いのはちょうどいいわ」
「油がもったいないって、夜更かしは怒られちゃいますよ」
「新月だとまっくらですもんね……」
電気なんてないこの世界。
電灯だってないから、夜は油の灯りか魔法の道具ぐらいだ。
使い捨てに近い魔法の道具を、一般人が使えるかというと答えはノー。
だから、一般家庭では、油の灯りが主流。
そんな世界の満月の夜は不思議なほどの白さで、新月は恐ろしいほどの闇。
自然と一緒に生きているというのは、こういうことだなと感じる。
星空は、正直お金を払ってでも見る価値はあるぐらいなんだけど、ね。
「あーうー」
「ご飯はまだですよ、ウィルくん」
「ユキのことが気になるのかしらね?」
「ほとんど毎日一緒だったのが、急にでかけるようになったからでしょうか」
目を覚ましたらしいウィルくんが、可愛らしく手を伸ばしては動いている。
今のところ、そういう相手はいないけど、こういう時には子供って良いなって思う。
でも……育てるのって大変なんだよね。
「ウィルくんが最初に話すのは、どんな言葉なのかなーと気になります。誰の名前だろう?」
「アルトは不利ね。いつも寝てるときにしか帰ってこないから……」
「あははは……仕方ないですね」
そんな話をしていると、お店を開ける時間になった。
パンの配達がその合図の1つだ。
大きな籠に2つ分のパンが届けられ、早朝の営業が始まる。
この時間にやってくるのは、朝早くから冒険に出かける人たちだ。
大体が、基本的な準備は終わっていることが多い。
「いらっしゃいませー」
「おう。ちびっこ、今日も元気だな。へへ、これこれ。パン屋にはないんだもんな」
「これは、冒険者向けのですからねえ」
そう、パン屋のミッシェルさんとお話をして、商品開発も時折しているのだ。
最初に菓子パンを作って、具材は色々試しているはず。
最近できたのは、冒険者というか動く人向けの栄養を意識したパンだ。
と言っても、パン生地に色々練り込んだ奴なんだよね。
例えばそう、食べることでも意味がある薬草の類とか。
普通の人には需要がないので、今のところプレケースにしか売っていない。
うまく行けば、酒場とかで出してもいいかもしれない。
今のところ、売れ残ったのはアンナが家で食べると買い取っていく。
「生きて帰ったら買い取り頼む!」
「ええ、いってらっしゃい!」
朝から元気な人たちを見送り、接客を続ける。
見慣れた顔と、初めての人が半々ぐらいの人の流れだ。
気が付けば、人の波が一度緩む時間。
なぜかというと、酒場が開く時間だからだ。
この町の酒場は、依頼や仕事の集まる場所でもあるようで、朝からやっているのだ。
「暇な人が、朝から飲んだくれてるのはどうかと思うのだけどね」
「まあ、確かに。何かお仕事があればいいんですけどねえ」
「私も、ここで働けなかったら薪拾いとかしてたかもです」
それこそ、釣りや森での狩りは自由だ。
かといって、暮らせるのにわざわざそんなことをするのは趣味人だけ。
暴れるのが基本で、お金が欲しい冒険者はなかなかそんなことはしないのだ。
そうなると、アンナが言うような行動になるわけだけど……。
「ダンジョンや遺跡以外で、冒険者さんが稼げる場所……でも、そんなのがあったらダンジョン行かなくなっちゃいません?」
「それもそうね。難しい話だわ」
と、話のオチがついたところで店内に泣き声。
今日は私がいるのをわかっているのか、早めにむずがり始めたウィルくんだ。
慣れた手つきで、アンナがウィルくんをあやしだす。
家に家族が増えたときように頑張る!なんて言われたら頼むしかないよね。
そのまま私とベリーナさんで掃除がてら店内を歩きまわり、在庫確認をしていく。
雑貨や小物を見て回ることができる貴重な時間だ。
(今日も良い光景だなあ……)
大好きな小物、雑貨類に囲まれている空間。
そして、その間間にもこもことした子達がいるのだ。
魔法の道具から飛び出した子もいれば、そうでない子もいる。
「これで、お前たちが暖かかったら面白いんだけどねえ」
「精霊は生き物とは違うらしいから、どうなのかしらね」
不思議と、ローズみたいな例外を除き、精霊は熱くも冷たくもない。
一部のせっかちな子は、力を発動しちゃう形で冷たかったりはする。
ベリーナさんのいうように、精霊が生き物じゃないんだなあと感じるのはこんな時だ。
「毛並みの良しあしが、性能に直結してるのはわかってるんだけど、うーん」
精霊の毛並みを良くする方法は2つ。
1つは精霊をブラッシングしたりすること、もう1つは道具の方を綺麗にすることだ。
もこもこっとした毛の感触はあるから不思議。
「ま、いいか。ほらほら、やるよー」
合図とともに、何匹もの精霊が集まってくる。
お客さんが来るまでの間、そうやって過ごすのがお気に入りだ。
今日も平和な時間が過ぎる、そう願いつつ店番を続けていく私。
お昼を食べ、ちょっと眠くなってきた時の事。
「いらっしゃいませー」
ベルの音が響き、来客を知らせる。
いつものように応対し、何を買いに来たのかと気にしようとした時だ。
目の前に、お客さんがやってきた。
「貴女がユキ?」
「ええっと、どちらさまでしょう?」
年のころはルーナの少し下というところ。
革装備に身を包み、腰には手斧。
バンダナのようなもので縛る青い髪が特徴的だ。
ちなみに、釣り目な感じの女の子だ。
「私はビエラ。依頼を、手伝ってくれないだろうか」
突然のお願いに、固まってしまう私。
平和は、あっさりとどこかにおでかけしてしまうことを、固まりながら痛感するのだった。




