MIN-070「道は1つでもなく、真っすぐでもない」
「いらっしゃいませー」
「ませー」
プレケースに、新しい声が混ざって響いた。
やっぱり緊張してるらしく、どきどきが顔に張り付いている。
金属鎧を着こんだ、赤髪で20歳半ばといった感じの冒険者さんがお客だ。
「小さい店員さんだね。ロープを2本貰えるかな」
「わかりました! ええっと……ユキお姉さん、どの長さがいいんですか?」
受けたのは良いものの、困った顔をする女の子。
私も最初は、そうだったなあなんて思ってしまうのだ。
「アンナ、こっちよ。この長さが、冒険者さんが普段使うロープ。そっちは短いのと、長いの」
「たまに、装備も身に着けずに買いに来る奴もいるからね。聞いたほうが確実さ、お嬢ちゃん」
意外と重量のあるロープ。
1人で持つには、少し重かったかもしれない。
ふらふらと持ち運ぶアンナから受け取り、笑顔の冒険者さん。
「ありがとうございます。どうですか、調子は」
「ぼちぼちだね。この土地は、自分にあった場所を選べるのが便利だ。他の場所だと、1つか2つしか遺跡もダンジョンもないもんだ」
実際、この冒険者さんも何度もお店に来ているけど、最初の時とは装備が違う。
順調に装備を更新できているということは、生き残っているということだ。
駆け出しは、3分の1は1年持たない世界なんてのがよその土地だと当たり前らしい。
冒険者になるのに、資格がいるわけじゃないからそうなるのかもね。
「ああ、そうだ。アルトの旦那が帰るのはいつも夕方かい?」
「ええ、そうですよ。大体事故が起きるのは、帰りだって言ってますから」
遺跡やダンジョンの探索は、朝早く出て昼下がりには地上へ、というのが定番らしい。
奥に行くほど儲かる可能性もあがるらしく、それが目当ての人は中で泊まり込む。
1人もしくは数名の人たちは、日帰りするのが当たり前なんだそう。
「今度礼を言わないとな……お、そうだ。俺が金出すから、旦那にいいもん食わせてやってくれよ」
「あははは。そのあたりはベリーナさんが管理してますからね、言っておきますよ」
そんなベリーナさんは、今日はご両親のもとにウィルくんの顔見せに行っている。
近くなんだし、お爺さんたちも顔を出せばいいのにと思うのだけど……。
(無責任に可愛がりそうだからって、いい人たちだよなあ)
自分が料理を担当する日に、アルトさんの分は少しチーズやお酒の量を増やそう、そう決めた。
冒険者さんを見送りながら、思ったよりアルトさんが活躍してることが多いのかな?と考える。
逆に考えると、冒険者業ってのはやっぱり危険ということになるのだけど……。
「ユキお姉さん、こっちはお掃除しなくても大丈夫ですか?」
「ん? そうね。そっちは魔法の道具があるから、私がやるわ」
今のところ、アンナは普通の子だ。
特別魔力が強いって感じじゃ……いや、そこはわからないな。
アルトさんの話だと、何がきっかけで覚醒するかわからないって言ってたもんな。
眠る才能が、目覚めない方がいいことも、世の中にはある。
アンナにお店の事を教えつつ、接客をしているといい時間になってきた。
たぶん、もうすぐベリーナさんとウィルくんが……ん?
感じる2人の魔力の気配に、追加の気配。
「ただいま。お客さんも一緒よ」
「お帰りなさい、ベリーナさん。そちらは……」
「お母さん!」
ベリーナさんのすぐ後ろにいたのは、どこかで見たような色調の髪をしたおば様。
っと、考える間もなくアンナが飛び出し、抱き付いた。
その拍子に、おば様の胸元でブローチが光る。
(ああ! そういう!)
「コラ、まだ帰る時間じゃないでしょう? ちゃんとしなきゃだめよ」
「はーい」
思ったよりしっかりしてるなと感じていたアンナも、やっぱり小さな女の子だ。
お母さんに叱られても、離れようとしない。
「大丈夫ですよ。十分働いてもらってますし、今日はもうたぶんあがりでしょう」
「そうですか? すいませんね、何から何まで」
「帰りに、気になって顔を出したら、迎えに行くつもりだっていうから、一緒にね」
そういうことらしかった。
話し込むアンナ親子に刺激を受けたのか、ウィルくんも笑っている。
そんなウィルくんが握りしめるのは、精霊の宿ったぬいぐるみ。
外じゃ、目立つから動かないというのをわかっているのか、じっとしている。
「それじゃ、またね」
「おつかれさまでしたっ」
どこで言葉を覚えたのか、きりっとした顔で挨拶して帰っていくアンナ。
うーん、やっぱり働くってすごいことだな……ちゃんとした態度だったもんね。
日も落ちて来たから、一応お店は閉める。
呼び鈴は備え付けてあるから、緊急時には鳴らされるはずだ。
「元々、お家の手伝いを良くしてたらしいわよ」
「だからですかね? 教えればすぐ覚えるんですよね」
お店を夕食の準備を一緒にしつつ、失いたくない時間を過ごす。
このまま平和に過ごせればいいなとは思いつつ、まだできることはあるかな?とも考えるのだ。
アンナも来てくれたおかげで、例えばルーナに誘われたら領主の館に遊びに行くというのもできる。
そうなれば、前よりも色々と聞かれることも増えるだろうと思う。
(そうなったら、どうなるのかな。文官……うーん、少し違うかな?)
領主の隠れた相談役、なんてことになるのかもしれない。
ロマンはあるけど、私に出来るんだろうか?
男の子が、家族のためにパン屋に働きに出たように。
女の子が、家族のためにプレケースで働くことになったように。
私も、変わっていく必要が、あるのかな?
寝床に入り、月明かりに照らされる窓を見つつ、そんなことを考えるのだった。