MIN-006「鑑定する者」
「ほーら、餌だぞー」
日常という物は、あまり変わらない気がする。
少しずつの変化が、いつの間にか大きな変化となっているのだ。
決まった時間、決まったコンビニ、決まった缶コーヒー。
逆に、それが出来ることがある意味贅沢だと考えなおしたりもする。
そのことを、異世界に来て強く感じるのは皮肉だろうか?
「あはっ、食べてる食べてる。うーん、魔力、かぁ。よくわからないけど、ゲームみたいな奴かな?」
色々やってみて、と渡された革袋。
中が湿っていて、多分魔法の道具だろうということで試したら、出てきたのは魚。
金魚……みたいな金色の魚だった。
その日は浮いて泳ぐだけだったけど、夜は元気になったように思う。
寝る前にワンコと一緒に力を意識してみたのだけど、それが当たり。
指先からワンコは舐めるし、魚のほうは空気中に出て来てるのか、何もないところをついばんでいる。
月夜に、浮かんで泳ぐ金魚とそばで走り回るワンコ……うーん、シュール。
「お前は、何ができるのかな? ってまあ、なんとなく予想は出来るんだけど」
水筒みたいで、湿ってる。でも力が失われかけている、だとね。
問題は、飲めるかどうかだけど試すのは明日かな。
「おや……すみ……」
力が抜けていく感覚と共に、ひどく眠くなってそのままお休み。
ナイフは鞘に仕舞い、革袋はよくわからないけど壁に引っ掛けておいた。
その結果……。
「ん、なんだか冷たい……~~~~~っ!?!?」
飛び起きた。それはもう、私史上最速って感じ。
マズイマズイ、ベリーナさんが起こしに来る前に片付けないとっ!
「ユキー?」
「あ……」
ちょうど、毛布をめくって抱えたところ……だった。
視線の先には、大きな大きな、濡れた染み。
私の目には、腰のあたりにはねてる金魚が見えるけど、ベリーナさんには見えないだろうなあ。
ギギギって感じで顔をあげると、申し訳なさそうな顔の彼女がいた。
「着替え、持ってくる?」
「だ、大丈夫です! たぶんただの水ですから……」
ささやくような言い訳に、え?って感じになるのも無理はない。
ため息1つ、壁に引っ掛けたままの革袋の口をしっかり閉じた。
昨晩、これを忘れていたのだ。
「何か見えなくなった……ああ、そういうこと?」
「そうです。一晩で力が戻ってきたみたいですね」
手にした革袋は、振るとチャポチャポと音がする。
しっかり膨らんでいるし、多分、そういうことだろう。
ベッドと下半身を濡らしながらのセリフとしては、随分と情けないのだけど……うん。
「わかったわ。ひとまず、こっちよ。干しちゃいましょう」
案内されるままに、毛布たちを運び出して干していく。
時間が押してしまった分、私も朝食の準備を手伝うことにしたのだった。
素朴で、地球でやったらどれだけお金かかるかな?って逆に思う朝食。
「おはよう、ユキ」
「おはようございます、アルトさん」
相変わらず、アルトさんはイケおじである。
なんというか、髭も剃って決めたら、まだ若い方に見えるんじゃなかろうか?
本人は、威厳が減るからって髭を生やしているのだが……。
「アルト、力が戻ったみたいなの。後で見てあげて」
「ん、わかった」
皆まで言うなとばかりに、あっさりとした会話。
あこがれちゃうなーと思いながら、私も食事を済ませる。
アルトさんが仕入れに出るまでの時間が、この世界の不思議に触れる時間、みたいな感じになってきた。
何かあってもいいようにと、庭に出てアルトさんと向き合う。
「これなんですよ。朝起きたら、水が溜まってました」
「なるほどな……匂いは問題ない。ぬめり気もないな。後は毒だが……ちょっと飲んでみるか」
「いやいやいや、やめてください。何かあったらトラウマどころじゃありませんよ!」
気軽にちょっと一口、なんてしそうになったアルトさん。
慌てて止めると、そのつもりもあまりなかったのか、あっさりとやめてくれた。
「大体の毒は、経験してきたからな。たぶん大丈夫だとは思うが……そこまで言うなら鑑定させるか。瓶の買取をした後、専用の場所に回すとベリーナが言っていただろう? そこに持っていく」
「鑑定、ですか……大変そうですね」
どんな人だろう、どんな感じなんだろう、と考える私。
ぽんってウィンドウが出てくるのかな? それとも、紙に書きだされるんだろうか。
そんなことを考えていると、真面目な顔のアルトさんに見つめられた。
「どうして、大変だと思った?」
「え? そりゃあ、見たくない物まで見ちゃうかもしれませんし、その結果に責任がついて回るじゃないですか。例えば、火が出せる杖ですって鑑定したけど、火力が強すぎて使いにくかった、しっかり鑑定しないからだ!とか」
これは地球での話も含めた物だ。
ブランドものだって、古物だって、鑑定には責任が付きまとうし、信頼と実績が物を言う。
知識と経験で、推測するしかないのだから。
例えば、この世界の物を持ち帰って、向こうで何年の物ですねって鑑定されても鑑定者は悪くない。
この世界でも同じかどうかはわからないけど、何か能力でわかるとしても大変なのは一緒だと思う。
「ユキは頭がいいな。よく考えている。まあ、パン屋でやったようなことは、出来るだけ控えてほしいけれども」
「うっ、気を付けます」
確かに、なんとかできそうだからといきなりナイフで刺したのは良くなかったかも。
力を使う時は、誰かに確認してからにしようと心に決めた。
アルトさんに革袋を預け、私はお店に戻った。
お店の掃除をしながら、あの革袋が思った通りなら、掃除の時の水汲みが楽になるかなとも思う。
「いや、さすがに飲み水になるもので掃除するのは、どうなのかしら」
「やっぱりそうですかね?」
ペットボトルの水で掃除をするようなもの、っぽい。
確かに、一定量水が湧いてくる革袋、なんてのは旅路に便利だ。
アルトさんの言っていたような遺跡、あれかな、ダンジョンかな?に潜るにも便利。
「ベリーナさん、私の力の訓練とか、魔法の訓練できるのに心当たりありませんか?」
「無理しなくていいのよ?って言っても、自分の力がわからないままっていうのも怖いわよね」
そうなのだ。むやみに使う予定もないけれど、知らないというのは怖い。
精霊と遊んでいると力が戻ってくる、だけでは何がどうなるか、まだわからないまま。
それに、だ。この力を身内だけでも使えるようになればいいこともある。
「他にも、アルトさんも、魔法の道具がいくつもあれば安全が増しますし、ベリーナさんも普段過ごしやすくなって、私も色んなことがやれて楽しい、そんな気持ちもあるんですよ」
決して、申し訳なさから来るんじゃなく、自分も楽したいという下心。
そういうつもりで言ってみると、笑われた。
「ふふふ。案外、贅沢なのね」
「そうなんですよ。私、贅沢なんです。わかっちゃいました?」
そうして2人して笑っていると、最初のお客さんがやってきた。
さあ、今日も雑貨屋プレケースの営業の始まりだ。