MIN-063「確かな変化」
「餌餌……餌はどこーっと」
一人つぶやく歌は、川の流れに消えていく。
少しひんやりとした空気は、地球の田舎とそう変わらない。
念のためにと着込んできて、正解だったなあと思う。
今からやること、釣りは時間のかかることが多いものだからね。
「よしっと……竿オーケー、糸も針も良し。魚籠代わりの籠もよし!」
指でつまむのは、鍛冶屋さんで作ってもらったばかりの毛針だ。
通用しない時に備えて、岩の下から餌も確保。
一応、まじまじと見つめるのはともかく、触るぐらいはできるんだよね……。
「湖で大きいのを狙ったり、網でとるからかなあ?」
良さそうな場所に陣取り、狙いを定めつつ、毛針をはじめて作ったと言われたことを思い出す。
たまたま、鍛冶屋さんがそういうデザインがわかる人で助かった。
投げる前に見ても、十分疑似餌になりそう。
(久しぶりだし、ほとんど素人だけど……)
魚が良そうな場所に、なんとか毛針を飛ばす。
ぽちゃりと音がし、針が流れに飲まれ沈み……嘘!?
「っとと、この引きがねえ……向こうじゃ、生きてる牛とか豚とかから食べることもないし……」
タイミングを計って、えいやっと釣り上げたのは当然川魚。
地球のそれと、よく似た……似た?
「……色が、なんか変」
考えてみれば、こっちに来てから新鮮な状態の魚を食べたことはなかった。
冬だったのもあるし、干した物ばかりだったような???
何かというと、派手だったのだ。
ネオンブルーな感じの色が、背中に真っすぐ尻尾まで走ってる。
変なのはいないってベリーナさんは言ってたから……たぶん大丈夫?
「あ、食べたらだめだよ、ローズ」
精霊だから食べられないとは思うけど、魚に興味があるのか足でつつくローズ。
傷がつくことはない……はず。
でも、うっかり熱でとかなったら大変なので注意だけはする。
「よく見ると、案外魚影が……どれどれ……」
釣りはほとんど素人だけど、機会があればやるぐらいには、嫌いではない。
湖で釣る用の竿だから、ちょっと大きくて太いのが難点だけど、なんとかなる。
何度か試していくと、面白いように釣れた。
これなら、他の人もやればいいのにと思うぐらいだ。
(毛針がよかったのかな? 結局、餌は使ってないし……)
都合、8匹の川魚が釣れた。
まだ一時間も経っていなさそうだ。
半分水に浸けた籠の中で、元気に泳ぐ魚を見てると、なんだか嬉しい。
「お昼は、塩焼きにしようかな……」
構ってとばかりに飛びついてくるローズ。
そのもふもふ具合を楽しんでいると、急にローズが他所を向いた。
「? 何か……いる」
ここは、町が視界に入るぐらいの距離。
全力で走れば、息が切れる前にたどり着けるだろう場所だ。
だというのに、だ。
「スラ……イム?」
人型の怪物かと思いきや、少し離れた場所に出てきたのは、大型犬ほどの半透明の塊だった。
ちなみに、私はちょこっとゲームとかをやったことがある程度。
だから、弱いのか、強いのか、よくわからないのだ。
道具を抱え、背中を見せないようにじりじりと後退する。
動物とは違うだろうけど、下手に逃げて追いかけてきたら、まずい。
「キミはいいスライムかな? 悪いスライムかな?」
そんな声が漏れた時、ちょうど抱え方が悪かったのか、魚が1匹籠から逃げ出した。
土まみれになりながら、跳ねる魚はとても目立つ。
途端、動き始めるスライム。
咄嗟に後ろに下がると、スライムは魚の上にのしかかり……明らかにアレな光景が広がる。
じゅわりと音がしそうな、溶かしている光景だ。
この動きは、逃げてたら危なかった予感。
(でも、こうなったら……)
「後でいい子だってわかるかもしれないけど、今日はごめん! ローズ!」
赤熱のナイフを構え、必死に力を集中。
燃やすというより、蒸発させてやる!
「赤き力よ、集え……いけっ」
何度か練習した通り、ナイフの先から火球が産まれる。
スライムがひるんだような気もするけど、わからないから撃つ!
当たるのを確かめる前に、もう一回集中!
下がりつつ、視線は正面から外さない。
でも、ナイフの先にテニスボールぐらいの炎が灯るのを感じる。
「まだ動くっ、ええいっ!」
2発目の火球が、さく裂する。
こっちまで、強いたき火のそばにいるみたいに熱い。
3発目を準備して下がると、炎が収まったところには、消し炭のようなものが残っていた。
「や……た!」
座り込みそうになるけれど、なんとか頑張って歩き出す。
町のそば、こんな場所で遭遇するようなら、もっと私は注意を受けているはず。
それがないということは、近くは安全なはずなのだ。
それが、覆されている。
湧きあがる不安を胸に、なんとか町に戻るのだった。




