MIN-061「教育の違い」
「このあたり、数字がおかしくない?」
「え?……本当ね、計算間違えかしら……」
プラナ様が来てから帰る予定の数日間は、プレケースはお休みを貰っている。
ウィルくんも育ってきて、ベリーナさん1人でも過ごせそうだから、ということだった。
少し寂しくもあり、嬉しくもある。
そんなわけで、前よりは身軽な状態で、私はまだ領主の館にいるのだ。
「文官に誘われるわけね……ユキの国じゃ、このぐらいは普通なのでしょう?」
「程度はあるけど、多くの人が出来ると思うよ。もっとすごい人はたくさんいるし」
友達のように、気さくな会話のわりに、机に広がる物は少し物騒だ。
去年の税収なんかをまとめたらしい書類なのだけど……うん。
(様式とか決まってないのは、当たり前か)
元OLの血が騒ぐと言えば聞こえはいいけど、私もそこまで頭がいいわけじゃない。
それでも、出来るだけ統一したほうがいいことや、計算の仕方なんかは指摘できる。
電卓なんてないから、手計算、あるいは暗算の繰り返しだけどね。
私なんかが見ていいのかは、今でも疑問なのは内緒だ。
「でも駄目ね。あまりユキを頼るようじゃ、約束やぶりになってしまうもの」
「そりゃあ……なんでもって訳ではないけれど……」
ルーナは、優しい子だ。
私が平和に暮らしたいという望みを持っていることを、よく知っている。
そのうえで、それを認めた自分を、自分で裏切るようなことはしたくないと考えている。
私が手伝いに入るのを、自分がきっかけになるのでは良くないと思っているのだと思う。
「時々来るぐらいは、大丈夫だと思う」
「そう……ありがとう」
ルーナみたいな美少女に微笑まれると、わかっていてもドキッとしてしまう。
ごまかすように、書類に目を向ければ、当然のように変化のない書面が目に入る。
「思ったより、収入は多いんだね」
「ええ、森もあれば平地もある。湖の漁も、馬鹿には出来ないわ。出来れば交易もしたいのだけど……」
思うようにいかないのは、怪物の存在と、水の上だということ。
陸路と違い、じゃあ戻りますという訳にもいかないもんね。
方角も海の上じゃ……ああ。
「方角は、この前ユリウス様に献上した方位磁石で解決だとして……風を産み出す魔法の道具を量産する?」
「風を?……ああ! 帆に負担少なく、風を当て続けるということね? どのぐらいのコストになるのか、考える価値はあるわね」
どこか元気のなかったルーナも、急に勢いづいてきた。
船の大きさ、必要な力、そういった物を魔法使いとして考えてるらしい。
あれこれと話していると、なんだか高校の部活や、大学でのサークル活動を思い出した。
あの時とは違って、相手は本当のお姫様(領主だから同じぐらいだと思う)だということかな。
「自然と、精霊と共存しながら……ええ、大事なことね」
「薬とか、作れたらいいね。冒険者の人が大怪我してもなんとかなるような」
治癒の魔法もなくはないけど、使い手が無事でなくてはいけない。
ベリーナさんが産後に飲んだように、色んな薬が増えてきたらいいと思う。
考えるだけなら、色んなことが思い浮かび、時間が過ぎていたみたい。
メイドさんが、昼食で呼びに来たことに2人して驚くのだった。
「今日は、簡単に食べられるものをとユリウス様の指示がありましたので」
「こうなること、読まれてたみたいね」
「さすがユリウス様、かな?」
にこにこ笑顔の料理長が用意してくれたのは、ハンバーガーとホットドッグの中間みたいなもの。
ふかふかの白パンに、焼いたお肉とかが挟んである。
ナイフとかで切って食べてもいいし、掴んで食べてもいいってことだ。
「アイデアは、ユキね?」
「うん、わかっちゃう? マナーも大事だけど、こういうのも美味しいよ」
なんだか、地球でのファーストフードを思い出す出来栄えに、こっそり涙腺が緩んだ。
それを隠すように、勢いよくかぶりつく。
ルーナにはバレていたような気がしないでもないけど、美味しさは間違いなかった。
パンに染みる肉汁やタレが、何とも言えない。
「プラナ様が知ったら、自分も欲しいって言いそう……」
「恐らくね……準備だけはしておいたらどう?」
頷き、クレープ以外にもこれを出せるように料理長と相談をすることにした。
新しい料理は、考えるのは楽しい。
それに、少しでもみんなの食生活に彩りが増えればそれが一番だ。
みんなが元気だと……精霊も元気になるからね。
まずは、うっかり落としても大丈夫な食器からかな?なんて考える私。
食事を終え、プラナ様の帰還に備えて準備を始める。
結局、プラナ様は戻ってくるなり、すぐに着替えて私のところへとやってきた。
クレープ以外にも新しいものがあることに、目を輝かせる姿は、こちらも笑顔になってしまうものだった。




