MIN-060「踊る思惑」
翌日、再び私は慣れない天井を見て目覚める。
鼻に届く香りは昨日の通りルーナの……じゃない!?
ベッドに腰かけている女性は……。
「あ、あれ? プラナ様?」
「早く起きてしまったものだから、忍び込ませてもらったわ」
あっさりと自白される、とんでもないことに一気に目が覚める。
昨日、ルーナは自室に戻ったはずなのだ。
(鍵はない部屋っていえば部屋だったね……うん)
「寝顔を見て、満足しました?」
「ええ、とっても。ユキは、違うもの……」
そんなことを呟く表情は、なんだか寂しげ。
一言告げて、着替え始めた耳に届いたのは、独白のようなつぶやき。
自分の血筋しか見ていない連中とは、全く違う……そんな言葉。
「親戚のお姉さんみたいですよっていうのは、不敬ですかね?」
「そんなことないわ。嬉しい……どうしても、私ぐらいになると親戚付き合いも、気軽にはいかないのよね」
椅子に座り、ため息をつく姿は疲れたOLそのものだ。
なんだか既視感のある光景に、こちらも思わず微笑んでしまう。
ふと、プラナ様の服装がどちらかというと外向き、外出用の物だと気が付く。
腰には剣を下げているし、靴だって丈夫な感じだ。
「どこかにお出かけするんですか? その、ダンジョンとか」
「ちょっと、ね。報告だけでは信じられないのよ、中央はね。だから、どのダンジョンにも定期的にこうして人手を送ってる……隠し事がないかってね」
言わんとすることはわかるけど、反発も招きそうな決まりだと思った。
でも、プラナ様の様子を見る限り、本命は別にあるような気がしないでもないのだ。
「もしかして、こうして出向くのは、出世から外れる知らせだったりしますか?」
そう、旨みがないのだ。
自分の領地があるとしても、そこから離れている時間が増えるわけで。
訪ねるのは他所の土地だしね……。
「驚いた。やっぱり、文官としてうちに来ない?」
「あははは……そればかりはすいません。私なんかでよければ、相談には乗らせていただきますけど」
ごまかしつつ、そういえば日本の識字率とか、そういうのはすごいんだよねって思い出す。
もちろん、何を勉強してきたの?って人もいるけど、大多数が最低限の知識を得られるのだ。
この世界じゃ、そうはいかないだろうと思う。
学校だって、田舎にはそれらしいものはないし……。
「ふふ、残念。さ、怒られる前に退散退散……あっ」
「? あ、おはよう、ルーナ」
そそくさと立ち去ろうとしたプラナ様だったけど、扉が勝手に開いたかと思えば彼女がいた。
人形のような冷たい瞳、でもちょっとの困惑が混ざっている。
プラナ様が本当にいた、ってところかな?
「お部屋にいらっしゃらないのでどうしたかと……ユキも、食事よ」
そうして、3人そろって朝食の場へ。
ユリウス様も交えて、夜の焼き直しのような時間が過ぎ……プラナ様が出かける時間になった。
お供の兵士達を連れ、自身も装備を整えてという状態だ。
本当に戦えるんだろうかという心配は、徐々に消えていた。
力を、感じるからかな。
「戻ったら、またクレープが食べたいわ」
「ご用意しておきますよ。干し果物なんかを挟むと美味しさが……」
言いながら、ダンジョンに向かう馬車に目を向けた時に、気が付いた。
馬の1頭に、精霊が集まっている。
「ユキ?」
「ちょっと、気になることが……」
ローズも混じって、馬の周囲をうろうろとしている精霊たち。
何があったのかと見回って、気が付く。
馬をつないでいる縄みたいなのが、魔法の道具だと。
「プラナ様、この魔法の道具はどんな効果があるんですか?」
「いえ? 普通のはずよ……おかしいわね。来る時には何も感じなかったのに」
なんだか嫌な感じを覚えつつ、確認を続ける。
幸い、すぐに何か悪さをする物じゃあなさそうだ。
どんな効果があるかは、知らない方が良さそう。
悪い部分に力を籠めると、あっさりとその嫌な感じは消えていく。
そうして、何の力もないけど、いつもの気配がするものに変えることができた。
「馬車は用意された物なのよね……はぁ」
どこの誰に、とは聞かない。
偶然かもしれないし、別の人物が意図してる可能性もあるのだ。
他には問題はなさそうなので、改めて出発となった。
「このお礼は改めて」
「いえ、そんな……ご無事で戻られるのが何よりですよ」
プラナ様を見送ると、なんだかどっと疲れが出て来た。
一体、誰が何のためにあんなのを仕掛けたのだろうか?
「プラナ様は、本人が思ってる以上に……中央に近い血筋なのよ」
部屋に戻りながら、そんな風につぶやかれたルーナの言葉が、妙に染みてくる気がした。




