MIN-058「間の悪さは世界一?」
ふと、目が覚める。
明るさはいつも通り……いや、何か違う。
「そっか、お泊りしたんだっけ。うーん、庶民には広い部屋だなあ」
小声でつぶやくと、鼻に届くほのかな柔らかい香り。
原因ははっきりしている、結局同じベッドで寝ることになったルーナのせいだ。
寝ている彼女は、まさに人形……著名な彫像、そんな感じ。
ベビードールってやつでベッドに沈み込む姿も、箱に収められているみたいだ。
(やっぱり、ルーナは綺麗だなあ……柔らかそう)
少し乱れた寝間着が、彼女の子供から大人への羽化を表現してるように感じる。
なんだろう、可愛い物をぎゅーってして愛でたい気分になる。
「おっと……危ない危ない」
そういう関係も、絶対無しというつもりはない。
でも、今じゃない。
お付き合いもしてないのにって何を考えているのか。
「お手洗いでも行こ……」
「おはよう、ユキ」
それで動いたのがまずかったのか、目を開いたルーナの声。
ささやくようなその声は、耳に優しく入ってくる。
「おはよう、ルーナ。朝は待ってればいいの?」
「呼ぶまで来なくていいってしてあるわ。そのベルを鳴らしなさい」
言われてみれば、扉のそばにハンドベル。
職人技を感じるそれを鳴らすと、確かに人の気配。
(いつの間にか私、気配を感じられるようになってる?)
そう思いつつ、すぐに魔力を感じてるのかなと思い当たる。
魔法の道具があるのがなんとなく、わかるからその応用なんだろうね。
やってきたメイドさんたちの手により、今日も私は遠縁の一人として着飾ることになった。
どこかで一度戻ろうと告げるつもりでいたのだけど……。
何やら、メイドさんとルーナが話し込んでいた。
「ユキ、予定変更だわ。どうもすぐそばまでプラナ様たち、来てらっしゃるみたい」
「そうなの? 予定だとまだ少しあったのに……何かあったのかな」
ルーナもそのことに気が付いているみたいで、真面目な顔でユリウス様の元へ。
執務室というしかないその場所で、朝からユリウス様は書類と格闘中だ。
「おはよう、ルーナ、ユキ。一応、2人も歓迎の用意を頼めるかな」
そうして手渡された紙片。小さく感じるそれは、植物紙だ。
急ぎの要件だったようで、やや字が崩れている。
「要治療者? それが急ぎの理由ですか」
「ああ、先ぶれとして早馬が来た。幸い、早い治療が望ましい、というぐらいなようだね」
「一応、治癒が出来る道具を出しておきましょうか」
やることが決まれば話は早い。
私もルーナと女性騎士さんについていきつつ、お手伝いだ。
ふと、この世界での治療はどういうものかが気になったりもした。
手術みたいなのは道具も見たことないから無理として……。
「清潔な水とお湯、綺麗な布に、うんと強いお酒とかあるといいかも」
「お酒? ああ、あるわよ。必ず何かで薄めてって言われてる奴が」
「姫様、私が」
どうやら、別の土地には蒸留酒はあるみたいだ。
護衛にいつもいる女性騎士さんが、一人駆け出した。
その背中を見つつ、次の事を考える。
清潔なと言ってもウィルスとか菌とかの話はわからないだろうから……。
途中、兵士さんたちに頼んでお湯を沸かして、布を軽く煮込んでもらうことにした。
(色々読んでてよかった……かな?)
小物好きは雑貨、アンティーク好きになり、浅く広くだけど昔のことを知ることになるのだ。
そんな中にある、薬も病院もないような時代の治療風景。
合ってるかどうかはなんともいえないけど、そのままよりはマシなはず。
「姫様、来られました!」
「私が出るわ。ユキ、この子を預ける。好きにしなさい」
「え? あ、うん。わかった。お願いしますね」
預ける、と言われてもなかなか難しいところ。
ひとまず、用意した道具を近場の部屋に運ぶのをお願いした。
視線の先では、敷地内に入ってきた馬車を、ルーナが兵士さんたちと一緒に出迎えていた
前に見たときより、ちょっとくたびれた様子の馬車が印象的だった。
「少し痛んでる? でも、矢とかは刺さってないから怪物に襲われたのかな」
つぶやいていたのが聞こえたわけじゃないだろうけど、馬車から兵士らしき人たちがやってくる。
明らかに1人は、調子が悪そうだ。
「こちらで治療をしていただけると聞いたが」
「ええ、こちらへどうぞ。ベッドもありますから」
私の見た目は、どう見ても普通の女の子だからだろう。
困惑が顔に張り付いているけど、早くと押し切る。
「まずは汚れや血を洗って、清潔な布でふいてあげてください。薬草や水薬はその後です」
「わかりました。おい、聞こえるか。痛むが我慢しろよ」
運び込まれた兵士は、脇腹を何かで斬られたようだ。
傷が深い場合、内臓が痛んでるからそうなると……ああ、魔法があるのかな。
簡単な指示だしをして、状況を見守る。
幸い、意味は分からないだろうけど手順は言う通りにしてくれたからか、兵士の様子は安定している。
内臓も痛んでいないみたいで、後は大丈夫そう。
「これで大丈夫だと思いますよ」
「まさか直々に治療頂けるとは……主に変わって、お礼申し上げます」
頭どころか、膝までつかれて内心慌てる私。
でも、相手からするとルーナたちと同じとは言わなくても、貴族の親戚扱いなのだ。
気を付けながら応対していると、足音。
「ここね! ああ、いたわ」
「プラナ様、けが人がいますからお静かに、ですよ」
それでも少しは遠慮していたんだろう。
予想よりはだいぶ大人しく、プラナ様が部屋に入ってくるのだった。