MIN-056「芽吹きの季節」
「大きくなあれ、大きくなあれ!」
「ほおお……すごいもんだ」
ポカポカ陽気の春の朝、店番もそこそこに、私は畑に来ている。
ベリーナさんのお父さんたちの畑だ。
前に、種を撒いたところはもうだいぶ成長している。
今日は、雑草を抜いたりとお手伝いの予定……だった。
「良い練習になりますよー、これ」
「そうかい。こっちとしては、面白いもんが見れたなあ」
何をしたかと言えば、葉物に力を注いだのだ。
さすがに魔法の道具を産み出す、力ある精霊になるようなものではないけれど……。
元々成長の早い葉物野菜だけど、見ているだけでもわかるほどの成長速度。
「たぶん、水や肥料なんかはその分消耗するんですよね」
「確かに、ぐいぐい吸っていっている感じだねえ」
成長した野菜の周囲は、すっかり乾燥してしまったように見える。
慌てて2人して水を撒いておく。
「じゃあ、持って行きな」
「ありがとうございます!」
結局、あまり手伝ってないけどお土産も貰ってしまった。
いいのかなあ?と思いつつ、町中を歩く。
暖かくなり、出歩く人も増えたように感じる今日この頃。
湖に、漁に出る人も増えて来た。
(そうだ、今度釣りをしよう)
ちなみにだけど、私は釣り餌は大丈夫なタイプだ。
得意というほどではないけど、触れるって感じかな。
「あれ……」
そんなことを考えながら歩いていると、前に見覚えのない焦げ茶色の髪をした青年が1人。
お供だろう人を引き連れているけど、どこかで会ったことがある。
見た目は、初対面なのにこの感覚……あ。
「お忍びですか」
「そう思うのなら、もう少し普通にしてほしいところかな」
そう、焦げ茶色の髪の青年は、ユリウス様だったのだ。
道理で、感じたことのある魔力だったわけだ。
すっかり口調の砕けたユリウス様を見ていると、あまり年上には感じない。
(見た目が若々しいからかな?)
普段というか、館で会う時は、真面目なシーンが多いからその時は大人びて感じるのかも。
なんだか、アイドルを日常の中で見つけたかのような気分だ。
「それはすいません。買い物ですか? それとも」
「両方だな。せっかくだ、プレケースに寄らせてもらおうか」
何か隠すようなものは無いので、快く案内を引き受ける。
そのままプレケースへと向かうと、なんだか変な感じがした。
「ユキ」
「はい。なんでしょうね? ただいま戻りまし……た?」
念のために、ユリウス様は後ろにいてもらって私が扉を開くと、何かが飛び出て来た。
よく見えないけど、精霊なのはわかる。
そのまま慌てず、優しく相手に手を向けてそっと捕まえた。
「ネズミ?」
真っ白で、ふわふわしてるけどネズミっぽい。
ちょっと大きさが、子猫ぐらいあるのが予想外だけど。
私に捕まったことがわかったのか、なぜかネズミは大人しくなった。
「ああ、ユキ。捕まえてくれたのね? 道具が発動してしまったのよ」
「買い取り予定品ですか、了解です」
お客として来ていた冒険者に話を聞き、改めて鑑定と買い取りへ。
ベリーナさんは、ユリウス様に気が付いたようでお茶に誘っていた。
それを横目に道具、ダガーを確認すると、確かに魔法の道具だった。
効果は、怪物の気を引く囮を産み出す、というもの。
どうやら、その機能が働いてネズミの精霊が飛び出たらしい。
「ああ、刃部分が緩んでますね。勝手に発動したのはそのせいかなあ?」
「費用は……よろしく頼む」
前払いでお金を受け取り、ささっとダガーを治してしまう。
これで、柄をひねりつつ力を意識しないと発動しないはずだ。
「ありがとうございましたー」
「ふむ、見事な物だな」
「ええ、ユキは大事な戦力ですよ」
すっかり2人は会話に花を咲かせていたようだった。
私もそのお茶に加わりつつ、お話を聞いた。
ほとんどが雑談だけど、気になることも聞けたのだ。
「また中央から使者が?」
「そういうことだな。特に指定はされていないが……」
来るのがプラナ様らしい……つまりは、私がいたほうが良さそう。
私自身は一般人なんだけどなあという気持ちが高まってくる。
でもドレスは、ちょっと楽しみだよね、うん。
そんなわけで、再び、ルーナの遠縁の親戚を演じる機会が来たようだった。