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MIN-004「身近なことから」



「携帯食料が3袋、灯り油が5壺ですね。遠出ですか? お気をつけて」


「ユキちゃんにお土産持ってくるよ、またね」


 地球での仕事を思い出しながら、お客さんを送り出す。

 朝も早いのに、みんな元気なことである。


 お店で働き始めてから1週間。

 こっちの生活にも慣れてきたと思う。


(油入れに、陶器みたいな壺があるから、そういう文化はある……と)


 在庫を整理しつつ、考えるのはこの世界の事。

 親切な2人に助けられ、生きていくことは出来そう。


 でも、戻るのをあきらめたわけじゃあないのだ。

 戻れるのなら、戻りたい。

 けれど、この生活も悪くはないなとも思うのもほんと。


「ユキ、いいかしら」


「はーい。どうしました?」


 見たことのない雑貨に囲まれ、漫画やゲームみたいな、ファンタジーの世界。

 こう、なんていうのかな……旅行とは違う、不思議な体験は心をわくわくさせてくれる。


 それに、ベリーナさんを放っておくのも、ね。


「パン屋のミッシェルが、いつもなら堅パンを届けてくれるのだけど……来てないのよね」


「そういえば、パンはないのか?って聞かれましたね……わかりました! どこにお店はあるんです?」


 さすがに、妊婦であるベリーナさんを出歩かせるのは気になる私。

 まだ町のことはわからないことの方が多いけど、お使いぐらいなら出来る……はず。


 お店の場所を聞き、持って帰る用の大きな籠を持ち、店を出る。

 町は、思ったより賑わっている。

 森で私を助けてくれた2人の片割れ、ルーナが何もない田舎と言っていた割には……うん。


「このぐらいの方が、過ごしやすいよね?」


 つぶやきは、雑踏に消えていく。

 日本の込み具合からしたら、確かに田舎と言えば田舎。

 それでも、人々が生活するには十分な人手に思う。


「ここ、かな? すいませーん」


「はい、なんでしょう。ちょっと焼き釜の調子が悪くて」


 朝だというのに、熱気のなさそうな店先。

 そこをくぐって声をかけると、中から出てきたのは明らかに元気のなさそうなおじさん。

 若くはなさそうだけど、職人って感じがする。


「プレケースから来ました。今日の分がまだ来てないなって」


「ああ! そうですよね。ただ、先ほど言ったように、釜の調子が悪くて」


 釜……石窯かな?


 全く焼けないんですか?と聞いたら、見たほうが早いと言われる。

 案内された先には、確かに石窯。

 普段なら、ここから美味しい(硬いけど)パンが産まれるのだろう。


 でも今は、確かに薪は燃えているけど思ったほどじゃない。

 これだと、生焼けとは違うけど、思うようには焼けないと思う。


「どうにも火力が上がらなくてね。だから焼きあがらないんだよ」


「へぇ……あれ、あの部分なんで白いんです?」


 釜の中を見ていると、床面の一部だけ色が違うことがわかる。

 赤熱のナイフで、鞘ごとそこを差して聞いてみると、そこは直したばかりだとのこと。

 かといって、そこが原因とは考えにくいそうで……。


(あっ、何か出て来た)


 見つめていると、にょきっと何かが出て来た。

 ナイフのわんことは違うけど、なんだか近い物を感じる私。

 動物の形ではなく、なんだかよくわからない。


 試しにと、少し鞘からナイフを抜くと、ワンコが飛び出して威嚇し始めた。


「精霊が悪さするってこと、あるんですか?」


「ん? ええ、昔から言いますねえ。だとしたら人を呼ばないと……うーん」


 悩んでる職人さんを見て、ひとり頷く。

 鞘からしっかりとナイフを抜き放つ。


 試した限り、確かに黒パンでもさくさく切れるし、ハムとかを切る時に力をこめると、焦げ目がついて美味しいのだ。

 それは精霊の力だ、とアルトさんたちは言っていた。

 となると、だ。


「えいっ」


「え?」


 釜の中にいた、よくわからない精霊っぽい何かを、ナイフで突き刺して見た。

 結果は、大当たり、かな?


 視線の先で、ナイフが刺さったところから水が蒸発するみたいに何かが震え、薄くなっていく。

 これが動物の姿だったら、説得してどいてもらうところだけど、今回は特別だ。


「どうでしょう?」


「どうって……確かに何か違う気がするけど……」


 戸惑いながらも、石窯に追加の薪を入れていく職人さん。

 見守る先で、みるみる火力が上がっていく。


「おお、これなら焼けるぞ。ありがとう! 焼けたら持っていくと伝えておくれ」


「わかりました!」


 さすがアルトさんたちの知り合いだ、なんて言われたけど……どういうことだろう。

 疑問を感じながらも、お店に戻った。


 お店では、ベリーナさんがカウンターに座ったまま、接客中だった。

 常連さんなのだろう女性と、雑談をしている。


「あら、お帰りなさい。空っぽってことは何かあったの?」


「石窯の調子が悪くて、焼けなかったそうです。でも、解決したから焼けたら持ってくるって」


 赤熱のナイフで何かを突き刺して解決しました、とは言えない。

 私からすると、初対面の人がいるわけだからね。


 挨拶ついでに観察すると、町のおばさん……ではなさそうだ。

 アルトさんみたいな、外行の格好。

 要は、旅してそうな格好ということだ。


「身ごもったって聞いて、心配したけどいい子が入ったわね」


「ええ、そうなの。頭もいいし、元気もあって、神様に感謝だわ」


 正面から褒められると、くすぐったい感じ。

 話を聞くと、やっぱり冒険者ってやつらしい。

 今日は、こっちによる機会があったから、だそうである。


「あなたも、外に用事があるときは声をかけてね。ドラゴンまでとは言わないけど、お付き合いするわ」


「その時はよろしくお願いします」


 頭を下げつつ、ドキドキしていた。

 ドラゴン、いるんだ!って。

 男の子ほどじゃないけど、私も多少はそういうものを触ったことがある。


 ファンタジーと言えば、魔法とドラゴン!である。異論は認める。

 でも、そういう相手となると……強い武器とかで戦うんだろうな。

 それに、防具だってすごい奴だろう。


「冒険かー。お宝でアルトさんが怪我しないような防具が手に入ると良いですね」


「それはそうだけど、そこまでいくと高いのよ。残念ながら、ね」


「あなたの腰にあるナイフ、何本いるかしらね」


 さすがに飯の種という奴なのか、このナイフが普通じゃないことをすぐに見抜かれた。

 そうして、しばらく雑談しているといい時間。

 またね、と出かける冒険者さんを、笑顔で見送る私たち。


 それからも、なんだかんだとお客さんはやってくる。

 そして、もうすぐお昼かなというぐらいな時に、パン屋さんはやってきた。


「お待たせしました!」


 焼きたての黒パンは、思ったよりは柔らかい。

 でもこれが、すぐに硬くなるというのだから面白い。

 予定外の出来立てに、お客さんの幾人かはさっそくそれを買っていく。


「ベリーナさん、ここって雑貨屋ですけど、冒険の何でも屋って感じですね」


「そうね。うっかりの忘れ物が無いようにって感じかしらね」


 日常である雑貨と、非日常である冒険用のあれこれ。

 それらが同居する不思議なお店、プレケース。


 出来ること、身近なことから確実にこなそうと思いなおす私だった。

 





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