MIN-045「恵みを招け」
春。朝晩は油断できないけど、昼間はぽかぽかいい気分。
散歩したりするには、一番好きな季節だと思う。
「今日は、アルトさんが店番をしてくれるんですね」
「ええ、たまには2人ででかけてらっしゃいって」
ウィルくんも一緒だから、3人だというのは横に置いておこう。
私としても、こういった外の景色を見せるのも大事だと思ってるから、ちょうどいい。
時折吹く風が、柔らかで温かい。
鼻に届くのは、地球だと感じたことのない香り。
田舎とはまた少し違う、不思議な自然の香りだ。
「この土地って、夏は短いんですよね?」
「短いというか、あまり暑くならないというのが正しいのかしらね。春と秋が長い感じよ」
恐らく、地理的にはやや北側にあるだろうこの土地。
寒冷地というほどではないようだけど、小麦よりライ麦みたいなのが主流みたいなんだよね。
冬の寒さも危険だけど、夏の暑さも赤ちゃんには大敵だ。
「ウィルくんが何か喋る頃には、夏ですねえ……」
「うふふ。そうね……あっという間よ、本当に」
感情のこもった声に、色々これまでにあったんだろうなあと感じる。
黙ったまま、ベリーナさんの腕の中であーうーと何か言っているウィルくんを撫でる。
はしゃぐウィルくんが握るのはぬいぐるみ……ではなく、ローズのしっぽだ。
赤熱のナイフに宿る赤い毛並みの、ワンコの精霊。
鍛冶屋さんに頼んで、敢えて少し抜いた状態で固定できるようにしてもらったのだ。
それ以来、お店や家のあちこちに移動しては楽しんでいるようだ。
それに、こうしてウィルくんをよくあやしてくれている。
「精霊に育てられたなんて、贅沢なことだわ」
「使える物は何でも使え、で良いと思いますよ」
町を覆う柵の付近まで歩いてくると、春の気配はさらに濃くなる。
これからさらに深くなるだろう緑の広がり、咲き乱れる花々。
飛び交う何かは、蜂だろうか?
「綺麗ですね……あ、そうだ。ベリーナさん、養蜂、蜂の飼育ってしてるんですか?」
「養蜂? ええっと、どうなのかしら。はちみつは猟師さんが山に入った時に、持ち帰ってくるのよ。年によって当たり外れが大きいけれど」
なんということだろうか。
もっと早くそれに気が付くべきだった。
(砂糖が高い以上、入手手段を気にかけるべきだった!)
かなりの偏見だけど、雑貨やアンティーク好きな人は砂糖よりはちみつ、メープルシロップ好きだ。
このあたりにはカエデが見当たらないから、はちみつが最有力候補。
「また何か考えてるわね。なら、紹介しようかしら」
私がそわそわしだしたのに気が付いたんだろう。
ベリーナさんは笑顔でそう言い、私をどこかに連れて行ってくれることになった。
すたすたと歩くベリーナさんに慌ててついていくと、小屋が見えて来た。
町から少し離れた、ぽつんとある感じ。
「獲物を捌くのに、このぐらいの場所がいいのよ。ほら、小川もあるでしょ」
「本当だ……あっちの大きい川とは違うんですね」
私が指さすのは、町のそばを流れる川。
湖に流れ込む形で、そのまま飲めそうな印象がある。
こっちの小川もそれに負けてない綺麗さだ。
「何かと清潔にしないといけない職業だから……マーク、いるかしら!」
「おう? 珍しいじゃねえか」
のそりと、小屋の裏手から熊が出て来た。
もとい、熊のような男の人が出て来た。
(熊みたいなマークさん……面白いけど、笑っちゃいけない)
偶然だろうネーミングに心でつっこみを入れつつ、相手を見る。
たぶん、猟師さんなんだと思う。
使い込まれた衣服に、腰に下げた鉈。
意外とさっぱりした格好なのは、予想外だった。
「この子達を紹介しようと思って」
「赤ん坊はお前さんのだろ? それに、そっちの嬢ちゃんのことは知ってるぜ。プレケースに手伝いで入ったってよ」
視線を向けられ、ぺこりと挨拶。
ユキと名乗ると、もう出番は終わったな、春だしとなぜか笑い始めた。
単純に雪とユキをかけてるのだと気が付き、私も微笑む。
なんだか、面白い人だなと思ったのだ。
「それで、肉が欲しいのか?」
「いえ、それは別の日に相談するけど……ユキ?」
「あ、はい! えっと、はちみつってただ巣を取ってくるだけですか?」
マークさんにしてみると、予想外の質問だったのだろう。
大きな体のわりに、こじんまりとした目を瞬かせている。
「お、おう。大体この辺だなってあたりをつけて、見に行くんだ。んで、煙でいぶして巣ごとな」
「私の田舎でやってたことなんで、もし出来そうならですけど……養蜂、やってみませんか?」
これはある種の賭けだ。
夏が短く、その分前後の春秋が長め、つまりは花の咲く時期も長いということだ。
もしその通りなら、今からでも多少はなんとかなるかもしれない。
「養蜂ってえと、蜂を養うのか。師匠に聞いたことがあるな、腕のいい猟師は、山を整えるんだと。自分の狙い通りに山の恵みを調整し、共存すると」
「同じかはわかりませんけど……」
そうして、私は覚えてる限りの養蜂業の事を話す。
と言っても、大して細かく学んではいない。
巣箱や環境を整えて、蜂が住み着くのを狙うというだけなのだ。
「なるほど。やる価値はあるな。確かに、雨風がしのげる場所に巣があることが多い……それを再現してやろうってことだ」
「そうなんです。どうでしょう?」
問いかけに、マークさんはにかっと迫力ある笑みを返してくれた。
さっそく、色んな巣箱を試そうということになり、後はお任せすることになった。
さすがに、野山を駆けまわるのは、ね。
「ユキは博識ね」
「そうでもないですよ。好きなことはたまたま知ってて、それだけです」
てくてくとプレケースへの帰り道。
久しぶりの長い散歩に、ベリーナさんも嬉しそうだ。
そんな彼女に褒められるけど、私はどちらかというともっと勉強しておけばよかったなと反省だ。
そうしたらもっと……うーん、でも……。
「急がなくていいのよ。ゆっくり、無理のないペースで進めばいいの」
「……はい!」
思っていたことを言い当てられ、やっぱり良い人だなと思い直すのだった。